後衛
ルカが盗賊の射手に手傷を負わせ、カイン達が駆け出すのを見ると、すぐに振り返った。盗賊が九人、茂みから出てくるのが目に入った。二人がボウガンでこちらを狙っている。ルカは外套で身を隠した、相当の衝撃だったが、貫かれることは無かった。ボウガンは再装填に時間がかかる。外套を払って駆け出すと、一番近くの盗賊を抜刀して、頭を切り落とした。
剣は片刃で、刀身のうす暗い色と対照的に、刃は鈍く日の光を反射していた。
橋の前方から、カイン達が斬り損ねた盗賊三人が橋を渡ってくる。そして、騎士の女がそれに気づかずに、こちらに向かってくるのが見えた。それを横目で見ながら、一人目を斬った返す刀で、反対側の盗賊を首から胸にかけて斬った。
斧を持った男と、大剣を振りかざす男が、それぞれ走ってきたので、ルカは馬から飛び降り、そのまま低く構えて、大剣の男の片足を切り落とした。悲鳴が上がったが、すぐに立ち上がって、首を切り落とした。ひるんだ斧の男の片腕を切り落とすと、今度は悲鳴が上がる前に首を切り落とした。
ボウガンの男の一人が再装填を終えた。ルカに狙いを定めると、喉に重たいものが当たった衝撃を感じた。息をしようとしたが、出来なくなった。一気に目の前が真っ暗になった。
ルカの放った投擲用のナイフがボウガンの男の首に深々と刺さると、膝から崩れ落ちた。衝撃で矢が放たれ、橋の方へ飛んでゆくと、馬の鳴き声が聞こえた。振り向くと、騎士の女が矢の刺さった馬から振り落とされ、尻もちをついていた。
そこへ、橋の向こうの三人が追いついた。ルカは自分の馬に乗せていた弓を引き、二本の矢をそれぞれに放った。二人は平等に首に矢を受けて倒れこんだ。
立ち上がった騎士の女は、残った一人と斬りあいを始めた。
ルカは翻って、奪った鎧なのか、身に合っていない鎧を着た大男にとびかかった。男が剣を振るうと剣で受け流し、顔を斜めに切り裂いた。ひるんだ隙に、鎧で守られていない右腕の付け根を斬りつけた。鮮血が飛び散り、後ろに倒れこんで悲鳴を上げた。背後に近づく者の気配を感じ、そのまま低い姿勢になって、勢いよく回転しながら斬りつけた。短剣を振りかぶった男が胴を、鎧ごと切り裂かれて立っていた。
視界に再装填の終わったボウガンの男がこちらを狙っていた。胴を切り裂いた男の後ろに回って、盾の代わりにした。男の背中から、わずかだが、矢の先が突き出た。
盾にした男を捨てて駆け出すと、丸坊主の男に斬りかかった。二人は正面から斬りあった。男が、この盗賊の頭と名乗る前に、男の剣をはじき上げると、胴を蹴りつけ間合いを取った。一瞬、剣を引くと、腰を落として一閃を放った。男の首は地面に落ちて、ルカの足元に転がった。
横目に、空のボウガンをもって呆然としている男を見ると。素早く喉に剣を突き刺し引き抜いた。
ふと目をやると、騎士の女と残った橋向の男は、つばぜり合いをしていた。ルカは男に近づくと、喉に剣を突き刺した。男は喉から息を漏らしながら、崩れ落ちた。
全部で十二人だったはずだ。
見渡すと、腰を抜かして、震えて座り込む男がいた。近づくと、命乞いを始めたが、構わず首を切り落とした。
ルカの剣は、鎧を斬ったにも関わらず、刃こぼれ一つなかった。虚空に剣を振るうと、血の曇りはきれいに消えた。ルカは剣を鞘に収めると、ボウガンの男の喉から短剣を引き抜き、まだ息のある者にとどめを刺していった。
騎士の女は、一瞬で十名以上の人間を斬ったルカを見つめていた。
人間ではない。そう思った。取り残された少女を救うために戻ってきたが、逆に助けられた。
街道は盗賊の骸であふれていた。
騎士の女が立ちすくしていると、ルカが彼女の乗っていた馬近づいた。この子は助からない。馬は浅い呼吸をしながら倒れこでいた。女の騎士が、気を取り直すと、うなずいた。
ルカが馬を安楽死させると、ごめんなさいとつぶやいた。
騎士の女は、はっとして、橋の向こうに振り返って「母上!」と大声でいった。
ルカは、とりあえずは騎士が脱落せず、カインが先頭に立って、走り抜けたと告げた。
そして、追いましょうと言うと、一緒に馬にまたがり、走り始めた。
カイン達は時折、後ろを警戒しながら走っていた。相手は馬を持っていなかったが、油断はできない。従者の要望で、途中で小休止を入れた。馬の疲労も激しい。
足に短剣の突き刺さった騎士の具合も気になる。出血は少ないが、早めに処置しないと足を切り落とすことになりかねない。
まだ傷を負っていない騎士が、見張りに着いた。
騎士の老人は、馬車の中の人間と、しきりに、取り残してきた騎士の女の事について話をしていた。
ルカの話題は出ていないようだった。
カインは近くの倒木に腰かけて、水筒の水を飲んだ。あの娘は使い手だ、しかし、最後にカインが見たときには、ソロゾロと盗賊どもが森や茂みから現れ始めていた。一体、何人になったのだろう。
助けに行った騎士の女は、戦力にはならない。むしろ、あの娘の足手まといですらある。
騎士の女は、剣すらまともに触れないお飾りだ。それは初対面でわかった。
何人か斬った後、混乱した隙に逃げていればいいのだが。橋にいた盗賊全員に深手を負わせられなかった事が悔やまれた。
騎士の老人がこちらに近づてきて言った。
「私と君とで、彼女たちの捜索に出る」カインは無茶だ。この先も、盗賊が出るかもしれないと言った。
騎士の老人は、この先に商館がある。そこに従者と騎士を先行させる。決まったことだ。と突き放した。騎士と従者は準備を始めた。
前金だけ頂いて、さよならでもよかった。しかし、娘の安否が気がかりだ。馬をやられ、森をさまよっているかもしてない。森に入っても、あの娘なら上手くやるかもしれない。少しの希望に賭けてみる気になったカインは、重い腰を上げた。
その時、かすかだが馬の鳴き声がした。
カインは、皆に警戒するように伝えた。いつでも剣を抜けるように構えた。
しかし、それは杞憂だった。近づいてくる馬にあの娘。ルカが乗っていた、そして後ろに騎士の女が乗っていた。騎士の女は、甲冑を着ていなかった。
騎士の老人が駆け寄り、落涙しながら、騎士の女の無事を喜んだ。騎士の女は馬から飛び降りると、馬車の中の人間に、無事である事を告げた。中の人間も、騎士の女が無事であることを喜び、声をかけた。女性の声だった。
カインはルカに近づいた。ルカは馬から降りると、追ってく者はいないと言い、馬を撫で始めた。
騎士の女の馬がやられ、馬に負担がかかっていたので、騎士の女に甲冑を捨てさせたが、頑強な抵抗にあったそうだ。しかも、途中で水筒の水を半分も飲んだとも言った、そして、相変わらずの無表情で、はっきりと「不満だ」と言った。
カインは、一体、どうやって盗賊の集団から逃げ切ったのか。なせ、追って来る者は居ないと言えるのか。色々と尋ねたかったが、今は止めておこうと思った。
彼女は水筒の水を大切に飲んだ。頬の傷が、ほんのりと赤くなっていた。