説教
アリアは漁師から釣り竿を二本借りると、一本をルカに渡した。そして岩陰に潜む虫を釣針に付けると、お目当ての場所に竿を振って釣針を落とした。
森で敵に追われているときに、悠長に釣りなんてできない。ルカは、仕掛けを使った魚の取り方しか知らない。
アリアのやり方を、見よう見まねで釣り糸を垂らした。
アリアは何も言わない。あたりがないと、引き上げて、別の場所に同じように竿を振った。
ルカも、真似をした。
こういうのもいいでしょう。ゆっくり流れる時間の中、魚が釣れるのを待つ。何も考えずにね。
アリアがそういうと。ルカは心を落ち着かせて、瞑想をするような感覚で、釣り糸を垂れた。
昼を過ぎても、一向に魚は連れない。しかし、ルカは何も考えずに釣り糸を垂れることが好きになっていった。これまでの心の動揺、葛藤が嘘のように消えてゆく。
アリアが釣り糸を戻して、何も言わずに竿を置いた。
河原で何かを探している。木の棒を拾い上げると、ナイフを先に括り付けた。
そうすると、川の中に入り、魚を突き始めた。あっという間に十匹を河原に放り上げた。
今日の晩御飯よ。アリアは笑顔でそう言った。
宿に戻ると、主人に魚を渡して駄賃を渡して、料理してくれるように言った。
調理場と食堂があり、自室でも食べられるそうだ。持ち込んで金を払えば料理してもらえる。
汗かいたね。湯屋に行こう。アリアとルカは宿を出た。
湯屋は町の外れにあった。大きな煙突から煙が勢いよく上がっていた。伐採で出てきた廃材を利用して、近くの豊富な川の水を沸かしているようだった。
アリアが店番に金を渡すと、薄手の衣が渡された。湯屋は町人の共同物らしく、ほか者は木で出来た小さな板を渡すだけだった。
ルカたちの国では裸で湯に浸かるが、多くの国では、薄手の衣を着て湯に浸かった。
洗い場で汗を流すと、二人はゆっくりと湯に浸かった。お互い、何もしゃべらなかった。アリアは長風呂が好きだった。彼女はルカに、右ほほをさする仕草をしながら、先に出てもいいよと言った。
ルカはうなずくと、少し間をおいてから湯から出た。
脱衣所で着替えて待っていると、やっとアリアが出てきた。上機嫌だった。よく体を拭いて着替えると、店番のところに行って飲み物を買ってきた。ほんのり甘く、川の水で冷やされていて、ほてった体に染み入っていった。
湯屋を出ると、夕暮れだった。まだ足元は明るかった。
肌寒く思えたが、火照った体には心地よかった
アリアが前を行っていた。ルカはアリアの背中を見つめながら歩いていた。訊きたいことがたくさんある。ありすぎて何から訊くべきなのか。そもそも訊いてもいいのか。
そう思っていると、アリアが到着が遅かった理由を尋ねた。
ルカは連絡人が夕刻に来た事、街道沿いに馬で進んだこと、連絡人の情報でここまで来たことを話した。
アリアはあきれた声で、「そりゃ、三日もかかるわ」と言った。
アリアはルカを振り返りもせずに、歩きながら話始めた。
あれから街道を進むと、すぐに森に入り連絡役を捲いた。そこから奥に進み、村落にたどり着いた。さらにそこから、険しいが整備された山道で山を越えて、途中、一つ町を経由して、この町に入ったそうだ。山越えした後は、麓の町や村、街道へ抜ける道、東の都市を迂回する街道にでる道と、たくさん分岐がある。連絡役が追って来ても、すぐには此処へはたどり着けない。この町に入ったのは一日前の朝だったそうだ。
立ち寄った町では、宿の主人に金を渡して、嘘の情報を流すようにさせたとも語った。
「反乱分子が目の前にいたんだよ。自分で行動してれば早かったのにね。待つまでもなく、連絡役の方から、ルカの事を追っかけてきたさ。」
「連絡役の追跡能力は低い。雇われている剣士を監視するのが主な任務だからね。追跡専門の連中は所在不明の剣士を探す専門家なの。勘違いしちゃだめよ。」
「連絡人は一般人と目が違うからすぐにわかる。訓練されている証拠ね。合図なんか、もらわなくても分かるものよ。監査役は論外ね。終わってから、のこのこ出てくるだけだから。そう言いうわけで、捲くのは簡単なんだ」
こんな時でも監査役への皮肉は忘れない。
アリアは歩きながら落ちていた小枝を拾い上げると、何気なく振りながら続けた。
「連絡役が来るまでの間で、何回、地図を開いた?馬の世話人に何か聞いた?情報を持っている奴は、目の色が違う。連中の欲しいものは金だよ。刺繡の入ったハンカチじゃない。奴らの目を見なさい。情報を持ってなくても、金を渡せば、情報を持ってくる。それに、あなたみたいに若い子なら、町人や宿の主人にそれとなく、困り顔で近づけば、無下にはしないさ」
手厳しい指摘が飛ぶ。いつものアリアの優しい口調も、褒めて労わる言葉もなかった。
「馬は何頭潰したの?。連絡役が手配した?連中が手配を忘れていたらどうするの?宿の窓から、私が自前で調達したのを見たでしょう。私たちが、まとまった金を持たされているのは、どうしてか分かっている?」
全くその通りだった。何もかも指示がなければ、何もできていなかった。全部、お膳立てされたうえで仕事をしてきた。そんなことに気づかずにいた自分に腹が立った。
全部、自分が悪いって思っているの?
アリアはそういうと。唐突に振り返った。
夕日を背にしたアリアの顔は、悲しみに満ちているようだった。
「あなたは剣を振るう事しか知らない。そして自分を傷つけことしか知らない。」
そういうと、ルカを抱きしめた。
まだ熱を持った躰がふれあい、気持ちよかった。