最終話 ずっと一緒に
ミレイラは宿で数日を過ごした。
何か胸に穴が開いたような、空虚な気持ちになって何も手につかない。
本を読もうとしても、朝の素振りでも心ここに有らず。
官吏が宿に来た。
書斎で二人きりになる。官吏は裁判は行われないとミレイラに告げると、今後の事について話を始めた。
その身が終わるまで領外へ出る事なく、ローレリア領の領主として当地を治めて欲しい。
そして、国はローレリア領を保護するにあたって、内外からの手紙は一度、派遣する国の官吏にみせる事が必要があると。
ミレイラは、分かりましたと言うと、官吏は明日の朝に国の騎士団が迎えに来ると告げ、部屋を後にした。
書面も何もない。口頭だけでのい言わされた処分。
何もなかった。だから記録は存在しない。
そして、私は生涯を領地で暮らす。
それはいい。
ミレイラは拳を握り締めた。母とは一生会えない。
胸が締め付けられる。心の整理はつけたはずなのに。
ミレイラは部屋を出ると、使用人から正装するように言われた。
会いたいと言う人がいる。向かって欲しいそうだ。
今更と思いながら支度をし、すでに待っていた馬車に乗り込んだ。
馬車は城から離れた緑が豊かな区画に入っていった。
背の高い木々に覆われた道を進むと、こじんまりとした屋敷についた。
馬車から降りると使用人が屋敷の中へと案内する。
質素な作りだがよく手入れされている。
外に覗く庭は、家庭のそれと同じくらいの広さで淡い紫色の花が植えられていた。
使用人が一つの部屋の前に着きノックすると、部屋の中のから返事がした。
ミレイラは使用が扉を開けると部屋に入った。
中には壮年の男性が居た。白い衣を身にまとい国の象徴をあしらったガウンを羽織っている。
ミレイラはこの人を知っていた。
幼い頃、父に連れられて行った戴冠式でみたあの人だ。
この国を統べる者。
ミレイラは跪こうとすると、王はそのままでと言った。
「今回の事は残念だった。君たち母娘には惨いことを命じる事となった」
「許してくれ」
ミレイラは王の心遣いに感謝の言葉を述べた。
王はすまないと言うと、ミレイラとティファニア、そしてカイン達を勇気ある者として称えた。
そして、ミレイラに尋ねた。
「西の国の者と一緒にいたね。この国の人間の誰よりも長く、そして多くの苦難を共にした」
「君から見て西の国の人間はどう映ったかな」
ミレイラは答えた
「とても誠実で戦いにおいてその身を顧みず、その力は悪を行う者にしか使わない」
ルカの事を思いだす。
「そして、とても優しく友人として、隣人として信じあうことが出来ます」
王はミレイラの瞳を見つめた。
その瞳には曇りなく清廉さしか映していない。
王は一言、ありがとうと言った。
それから庭に出ると、二人で花を愛で、ひと時お茶を飲んで過ごした。
次の朝、ローレイラへの帰途につく時間になった。
ミレイラは衛兵や使用人たち一人一人に礼を言った。
皆、ミレイラのこれからを察してか、涙する者もいた。
騎士達の馬車が来る。
ミレイラは別れを言い、馬車に乗り込んだ。
騎士の号令でゆっくりと馬車が動き出す。これまで長い間、世話になった人たち。
ミレイラは馬車の中から手を振った。
馬車の中からのぞく景色が、だんだんと故郷の景色に近づいてゆく。
草に木に花に、そして空に。
日が天中にかかり間もなく領内に入ろうとしたとき、ミレイラは騎士に言った。
「ここで降ろしてください」
ミレイラは自分の足でローレイラへ帰りたいと言った。
騎士達は口々に歩くにはまだ遠く、一人では危険だと言ったがミレイラが再度、願い出ると馬車を止めた。
扉を開くと騎士が手を差し出す。ミレイラは手をとりゆっくりとローレイラに降り立った。
騎士はミレイラに跪いて礼を捧げると、お気を付けてと言って見送ってくれた。
ミレイラは歩き続けた。
空気は乾き冷たく、雲は薄く空に走る。
木々が次の季節に備えて硬い実をつけ始めている。
ミレイラはもっと早く歩き出す。
草は緑を追いやり金色になり季節が変わる事を知らせるように、冷たい風を浴び揺れている。
ミレイラは走り出す。
おの丘かに行こう。
ミレイラは丘を目指して森に入ると、茂みをかき分け何度もつまずき転げそうになりながら丘を目指した。
手に足に小枝が小さな傷を作ろうと走り続けた。
森を出ると丘からの景色が目に飛び込んできた。
私の故郷。私が生まれた場所。これから最後まで暮らす場所。
丘は枯草で黄金色に輝き風で波打つ。
戦争の後は無くなって、何事もなかったかのように道が続いている。
城は無くなりわずかに残る城壁の跡だけが残っていた。
遠くに見える町や村。畑では農夫が収穫に追われている。
実りの季節に包まれている。
ミレイラは肩で息をしながら、その景色を眺めていた。
冷たい風が汗を優しく拭う。
「ミレイラ」
声のした方に目を向けるとルカが馬に乗ってゆっくりとこちらに向かっている。
あの時、馬車で見たときにように消え去ってしまうかもしれない。
ミレイラは動けずにいた。
ルカはミレイラの前まで来ると手を差し出した。
「乗って。みんな待ってる」
ミレイラはルカの手に捕まる。暖かく力強い手に引き上げられて馬にまたがった。
「行くよ」
ルカが馬を走らせ風よりも早く駆け抜ける。ミレイラは振り落とされないようにルカの背中にしがみつく。
「ルカ。国に帰らなかったの?」
ミレイラは風の中でルカに聞いた。
「約束したでしょう。剣を教えるって」
「お願いがある。剣を教える間、ミレイラのところに泊めて。国から帰って来るなって言われた」
ミレイラは唖然とした。でもすぐに笑い出した。
「いいよ。いつまでも泊っていって」
いつまでもいていいよ。
ミレイラはルカの背中を抱きしめる。
二人は黄金色の草原の海を駆けていった。
これで、ルカとミレイラ、二人を取り巻く人々の物語は終わりです。
誤字や安定しない文体でしたことをお詫びいたします。
そして、これまで読んでくださった方々に感謝いたします。
思いつくままに書いた小説でした。
テーマは親と子が心の溝を乗り越える事でした。
ルカが母と。ミレイラが父と。
はじめはルカが自身の力で母との和解を成し、ミレイラには剣を通じてそれを伝える。
ルカは流浪の剣士の設定でした。
100話で完結させるところを、書いているうちに、話がいろいろな方向に広がり過ぎたと反省しています。
章でのでの区切りで、もっと物語にメリハリが出て来たのではないかと思います。
エピローグや、ルカとアリアが初めて出会った時のエピソードも準備していましたが、妙に説明文的になってしまいましたので、掲載することを止めました。
毎日、欠かさずに同じ時間に掲載することを目指していましたが、忘れてしまっていたり仕事の迫る中、掲載時間が守れなかったことがありました。
毎日、原稿用紙5~7枚程度の話を書くのが、大変なことを学びました。
これからは加筆訂正を行っていこうと考えています。
また、次回作ではアウトラインをしっかりさせてから書いていきたいと考えています。
改めて読んでく下さった方々に感謝をいたします。
ありがとうございました。
ご意見、ご感想がありましたら教えていただけると幸いです。