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剣士の国  作者: quo
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別れの時

ミレイラは朝早く起きると平服に着替え庭に出た。

うす暗く、星がまだ空で瞬いている。

空気は澄んで冷たく寒いくらいだ。


聴取が終わるまでは広間で軽く運動するくらいだったが、今は庭でいつものように素振りをしている。

武器を持つことは禁止されていたので、拾った木の枝で代用していた。

強く振ると折れてしまうので、力を抜いて型を繰り返し練習した。


ミレイラは脱力した振りから、ルカから習った剣の捌きを思い出した。

あの剣をすり抜けるような動き。思い出しながら繰り返し練習するが、それが正しいのか分からない。

もう一度ルカに手ほどきを受けたい。


ミレイラは振る事を止めた。

希望はもたない。


ミレイラは基本の型を繰り返し振った。


使用人が朝食の準備が出来たと知らせに来た。

ミレイラは素振りを止めると、すぐ行くと言った。

日は昇り周りは明るくなっている。汗で服がべっとりと肌に張り付いていた。



朝食を済ませて食後のお茶を飲んでいると、使用人からこの後、迎えが来ると告げられた。

ミレイラは取り乱すことなく、分かりましたと答えた。


騎士の礼装に着替えて広間で迎えを待っていると、衛兵がミレイラの剣とナイフを持って、王都での帯刀が許されたと言った。

ここに来てから没収されていたが、帯刀すると急に安心感がわいてきた。

それは、もう一人の私が戻って来た感覚だった。


使用人が迎えが来たことを告げる。

玄関に出ると馬車と正装した国の騎士が一人立っていた。

衛兵とは違い、深い藍色に金の縁取りをされた服に腕章をつけている。


年老いているが大柄で隙が無い。

白く蓄えられた白いひげと、顔には深い皺が刻まれている。

大戦で戦い抜いた気迫が感じられる。それは父から感じられるそれと同じに思えた。


老騎士は何も言わずに馬車の扉を開くとミレイラは乗り込み騎士も乗り込んだ。

馬車がゆっくりと走り走り出す。



馬車の中でミレイラと老騎士は向かい合って座っている。

ミレイラはぼんやりと外を眺めていた。静寂の時が過ぎる。

久しぶりに見る外の風景。城下町でも王城に近い。行き交うのは馬車や官吏の服を着た者くらいだ。


老騎士はミレイラの父と戦友だったと言った。

平和と現実に起こりうる戦争への備えについて、為政者として悩んでいる事を打ち明けられたとき、何もしてやれれなった事を悔いていると言った。


まさか、本当に自らが戦争を起こすとまでは思わなかったと語った。

そしてまた、馬車の中は静寂に包まれた。


白く塗られた大きなつくりの建物に着いた。貴族や官吏が使う医療棟だ。

裏口から中に入る。

老騎士は棟の一室に案内すると言うと上階への階段を昇った。ミレイラの心は不安でいっぱいだった。


老騎士は歩きながら、父が病に長く蝕まれ最後が近いと言った。

そして、友が妻と娘に一目会いたいとの願いで連れて来たと言うと立ち止まり、ミレイラに向かって言った。

友は信念と共に騎士としての最後を迎える事を望んでいると。


ミレイラは病室の前に立つと、扉を開けるのに逡巡したが意を決して扉を開けた。

そこには母とベッドに横たわる父がいた。


母はミレイラに駆け寄るとミレイラを抱きしめた。

懐かしい母の匂い。ミレイラは母の胸に顔を埋めた。

母は疲れからか痩せていた。

生家に帰ると血縁をたどって事の終息に奔走したと言う。ミレイラはその心労を思うと泣きそうになった。


母との再会をの抱擁を終えると、ミレイラはベッドに歩み寄る。母はそれを見守っている。

ベッドには痩せて別人のようになった父が横たわっていた。

父は震える手でミレイラの頬に手を添えるとかすれる声で言った。


「立派になったな」


ミレイラは父の手に自分の手を添えると、堪えていた涙が一気に流れ出した。

膝をつき父の手を握り締める。


「お父さん」


あんなに大きかった父の手は小さく痩せてしまっている。

ミレイラの涙は止めどなく流れ続ける。


老騎士は医官が巡回に来るまでの間だけだと言った。

来るのは夕暮れ時と言うと扉を閉めた。


父と母、娘の時間。

許された三人だけのささやかな家族の時間。



老騎士は部屋を出ると目を閉じた。

戦友の娘に言った事は、あまりにも酷だ。いくら彼自身の頼みでも。


老騎士は家族の時間が終わるまで待ち続ける。

廊下に差し込む日の光が奥へ奥へと差し込んでゆく。

そして、少しずつ柔らかだった光は赤く染まりだす。


老騎士は目を閉じて部屋の前にいた。

医官が部屋に巡回に来た。彼が扉をノックしようした時、内側から扉が開いた。

ミレイラだ。


彼女は医官に一礼した。

医官が部屋に入ると、ベッドは血に染まっていた。

ベッドの傍らにティファニアが座っている。


医官は入ってきた老騎士と横たわる男を見た。

男は短剣を自ら喉に突き立てていた。

医官は脈を取ると彼の死を宣言し、老騎士は同じく立会人としてそれを認めた。


老騎士はもう涙の枯れた母と娘に、向かいの部屋で待つように言った。

娘は母を抱きしめ、優しく手を引いて部屋から出て行った。


老騎士は戦友の顔をみた。それは穏やかにみ後悔しているとも見て取れた。

そしてつぶやいた。これでよかったのかと。



ミレイラとティファニアは待合室で寄り添って座っていた。

夕闇が部屋を包む。ランプの光もなくうす暗い部屋で、ティファニアは今日が最後だと言った。


全てはなかった事にされる。父は病死として扱われ、ミレイラはローレイラへ、自分は生家に戻ることになる。

それでも二度と反乱が起こらぬようにと、二人は領地、生家から出る事を禁じられる。

手紙のやり取りも禁じられると告げた。


何もなかった。表向きだけ。

そして、娘は母の最期を看取る事もその知らせも受け取ることもできない。

どんな罰よりもより残酷だ。


もう涙の枯れた二人は、抱きしめ合った。

お互いの温もりを忘れないように。



老騎士が部屋に来ると、それぞれの宿へ戻る準備が出来たと伝えに来た。

そして、最後だと言って大騎士の病室に案内した。

父親である大騎士エルンストは血をきれいに拭き取られ、正装を身にまとい大剣を抱き、穏やかな顔で横たわっている。


老騎士は遺体は丁重に扱うとしか言わない。

父もまた故郷に帰る事も、歴代の大騎士の眠る霊廟に行くことも許されない。

本当に家族の最後のひと時だった。


遺体は運び出され、母と娘も最後の別れの言葉を交わすことなく、別々の入り口から馬車に乗せられ宿へ返された。


ほんのひと時の家族の時間だった。

でも、これまでに過ごした時間より大切な時間だった。

ミレイラは母の温もりをいつまでも忘れないように胸に手を添えた。


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