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剣士の国  作者: quo
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窓の景色の向こう側へ

リリスが古着屋に入ろうとするとガーランドが引き留めた。

ガーランドはいつになく険しい表情を浮かべている。


「黒幕は射抜いた。確実だ」

「アウロラはどうしている」


ミストラは何も答えない。

馬車にたむろする男たちを見ると、この国の官憲の様だ。


店の二階から官憲が二人降りてた。

ミストラは官憲に言った。

「待つまでもないでしょう。回収の段取りがあるから、早く行ってもらうと助かるわ」

官憲たちは何も言わずに馬車に乗り込むと、そのまま走り出した。


「一体、どういう事だ。アウロラから頼まれただけなのに、なぜお前らがいる」

「あいつらは一体誰なんだ」


リリスがミストラに問い詰めると言った。

「まだ息がある。会いたいなら早くして」


リリスはミストラを睨みつけると、二階へ駆けあがった。


部屋にはディートスの遺体が転がっている。

その隣でアウロラは足を投げ出し壁にもたれ掛かっている。


胸の傷を何重にも重ねられた布で押さえつけている。

急所が外れている。剣を引き抜かれているせいで血が出過ぎている。


布は血に染まり、吸い込んだ血が滴り落ちている。

息は浅く早く手は震え、布を押さえる力を失いそうになっている。


リリスはシーツを引き破ると手と布ごと体に巻き付けた。

助からない。戦場でいつも見て来た。


「大丈夫か」


リリスがアウロラに話しかけた。

アウロラはゆっくりと目を開きリリスを見た

口が動いている。何か言いたそうだが、もう声が出せない。

目も見えていないだろう。


親しい仲ではなかった。騙されもした。敵だった。

なのに、アウロラになぜか悲しい影を感じて、斬ろうとは考えたことは無かった。

だから、今回の件も引き受けてしまった。


呪縛から解放されるため。


アウロラには、こんな方法しかなかったのか。

「大丈夫か」

リリスはまた同じ言葉をかけた。この言葉しか思い浮かばない。


「ありがとう」


アウロラは残り少ない力を振り絞っていった。

そして、そのままゆっくりと目を閉じた。

アウロラの体から力と精気と力が抜け、リリスの胸の中に眠るように倒れ込んだ。


リリスはアウロラを抱きしめると、そっと抱きかかえベッドに寝かせてやった。

布を取り傷口と手についた血を拭きとってやった。


どこにでもある動きやすい服。

でも、襟に袖に金の刺繍が施されていた。

小さな鳥たちが若葉を口にして春を喜ぶかのように舞っている。


ミストラとガーランドが部屋に入ってきた。


「彼女からの提案だったの」

ミストラは話始めた。


東国はこの件の主な関係者の引き渡しを要求してきた。その中にはディートスとアウロラも入っていた。

国は引き渡しに難色を示した。二人は国の重要人物。機密が漏れる可能性と東国に利用される可能性があったからだ。


国は東国との話し合いの末、ディートスとアウロラだけはこちらで処分し、その結果は東国の者で確認をすることで合意した。


決定がエドに伝わった日、ミストラの前に彼女が現れて言った。


囮になってディートスをおびき寄せ自分で始末する。

自分の事も始末をつけるから手を出さないでほしいと。



「リリスの事は聞いてなかったわ」

「ディートスを相打ちにもできない事が分かっていたから、貴女に頼んだみたい」

「せめて、ディートスが苦しみながら死んでゆくのを見たかったんでしょうね」


「さっきまでしゃべることは出来てたの。一目で苦しいのは分かったわ」

「でも、彼女は頑なに介錯を拒んだの。貴方を待っていたのかも」


何故かリリスの目から涙が零れ落ちた。


「官憲には助からないってことで、さっさと帰ってもらった」

「机の引き出しにお弟子さん宛ての手紙と金があった。この姿を見せるには酷だから入らせなかった」

「商館の町の彼女の店で働くように手紙にはあったようよ」


ミストラはリリスに渡すものがあると言って、袋と手紙を取り出した。

リリスが振り返る。

いつもの戦士としての顔はそのままに、両目から涙がとめどなく零れ落ちている。


ミストラは何も言わずにそれを渡した。

リリスは手紙を読んだ。


"この前、出店でハンカチを買っているのを見かけました。二枚ですね"

"誰かに贈るものかと思いますが、刺繍がなっていません。見る目がありませんね"

"まだ贈っていなければ、こちらをお勧めします。私の刺繍が入っています"

"あと一枚は貴女に贈ります。私の刺繍入りなので包帯なんかに使わないでください"


袋を開けると三枚のハンカチが入っている。

控えめだが若草が絡み合い穏やかに春の喜びを感じさせるような刺繍。


ミストラが、そろそろ国の者が回収しに来ると言った。

リリスは遺体は国に持ち替えるのかと聞いたが、ミストラはかを横に振った。

墓は作るのかと聞くと、同じく顔を横に振る。


リリスが家族はいないのかと聞くと

「いい加減にして!アウロラは私の国の者なの!どうするか国が決める!全部よ!」

ミストラは部屋を出て行った。


ガーランドがミストラの事を言った。

「放っておいてやれ。生きてどこかに逃がすだの、特使と散々やり合った」

「誰もがそうだが疲れている」


リリスは、そうだなと言いうと短剣を抜いた。

そして、すまないと言ってアウロラの髪を少しだけ切って髪につつんだ。


ガーランドが何をしているのか聞いた。

「ミストラの国ではどうか分からない」

「私の国では遺体を持ち帰る事が出来ないときには、代わりに髪を持ち帰る」

「故郷に帰る事もないし墓もない。家族もいないなら、どこか景色のいいところにでも埋めてやろう」


窓から見えるのは寂れた建物。矢を通した建物の間から見える緑と青い空。


頬杖をついて一日中、窓の外を見ていたアウロラ。

彼女の望む景色が見える場所を探しに行こう。


リリスは彼女の髪を包んだ髪を懐に入れると、部屋から出た行った。


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