掃除をする
深夜。教練に励んでいた剣士達は家路に付いた。
夜間訓練はここ数週間、教練課程から外されている。
王都を出歩く者はいない。
王城の中にある一室に近衛兵団の執務室がある。
浅黒い肌に、たくましい体に黒い制服を着た近衛兵団の兵団長がいた。
窓を開き夜風を招き入れるが今日は風が無い。
部屋にはグリンデルが座っている。部屋に入ってから互いに何も話さない
椅子に腰かけたグリンデルが冷めたお茶を口に運んでいる。
二人とも知らせを待っている。
扉がノックされ隣の司令部から副官が入ってきた。
「掃除は問題は無く終わったとの事です」
近衛隊長は頷くと副官に、各隊に行動を開始せよと伝えるように言った。
副官は復唱すると指揮所に戻った。
軍令部に近衛兵が列をなして入っていく。
宿直の剣士達はそれを見守る事しかできない。
作戦部、補給部に近衛兵は入ってゆく。同刻、装具部と財務部にも近衛兵が立ち入りが開始された。
近衛兵が資料を根こそぎ持ち出していく。
宿直の職員はそれを黙って見ていた。
家の扉ををノックする者がいる。
「こんな夜更けに誰でしょうかね」
夫人が扉を開けると近衛兵が立っている。
「軍令部長をお迎えに参りました」
夫は分かっていたかのように身支度をすると近衛兵と闇夜に消えていった。
夫人はそれを呆然と見るだけだった。
このような事が、王都に町に村に同時に起こっていた。
その一つ一つが司令部に報告されゆく。
最後の報告がなされると、副官が兵団長にその事を告げた。
グリンデルは立ち上がると、部屋を出て行った。
兵団長が従卒に、二名付くように指示を出した。
グリンデルは軍務相のロワイスの居室に向かった。
王の居城のを取り巻くように建つ各省庁の塔。
軍務相の塔にはひときは大きく威圧的に建っている。
ロワイスの居室に向かうグリンデルの足音が廊下に響き渡る。
グリンデルが部屋に着くと、部屋をノックするが返事が無い。
近衛兵が慎重に扉を開けようとしたが、鍵がかかっていない。
中に入るとロワイスは執務机に突っ伏している。
机からは大量の血がながれ、床に流れ落ちている。
グリンデルがロワイスの執務机の前に立つ。
彼は自ら首の短剣を突き立て果てていた。
グリンデルは近衛兵を残すと、一人で王の居室に向かった。
同じことは東国でも起きていいた。
一部の貴族に王の召喚状が届けられた。
召喚されれば領地は没収され、牢獄で暮らすことになる。
一縷の望みに掛けて逃げ出した者は王の直下の兵に捕縛された。
鉄鋼組合の主は、不正に得た情報で鉄の需要の利益を得ようとした嫌疑で官憲の立ち入りを受けた。
あの鉄職人は手下と官憲に抵抗して、一旦は官憲を退かせたが、軍によって組合ごと文字通り壊滅させられた。
鉄鋼組合は若手集団の第二組合が引き継ぐことになった。
金の流れを管理して上前を撥ねていた商人と地下の人間はだんまりを決め込んでいた。
しかし、一部の人間が減刑をちらつかされ、密告が相次ぎ、次々と内部から崩壊していった。
エンデオで最大の商館を預かる男は、金に関わる人間たちが一気に摘発されるのか分からなった。
深夜になると、あらかじめ用意しておいた隠れ家に向かう途中で男たちに行く手を阻まれた。
次の日、貧民街の川に死体が浮いていたが、誰も気に留める者はいなかった。
エドとティファニアはエイオン卿の屋敷の一室にいた。
白いひげを蓄えた老躯には、静かだが威厳に満ちた目をしている。
ティファニアの遠縁で王の血脈につながる者。ティファニアも王の血筋の者だ。
机には黒い表紙の報告書がある。
「王にお届けした。大変驚かれていたよ」
「ティファニア殿と特使殿に感謝の言葉を伝えるように言われましたよ」
エドは自国の者が関与したことを詫びた。
そして、ソレイク領のフォルト家による忠義が無ければなければ達しえなかったと言った。
「まだ早いとお思いですが、フォルト家、引いてはソレイク領とも友好な関係を築きたいと考えております」
エイオン卿は、それは良い考えだと言い、この件を乗り越えた両国が末永く共存することを願うと言った。
エドは王の側近として復帰する考えは無いかと尋ねたが、エイオン卿は首を横に振った。
「この度の件は私の落ち度に有ります。王のお近くに居ながら、このような大きな悪の根がはびこっていたことに気付かなかった」
エイオン卿は大きくため息をついた。
「事態が収まり次第、王と特使殿との謁見は成るでしょう」
そして、エイオン卿はティファイアに言った。
「王の血筋の者よ。今回の件は国を分断する程の事であった」
「エイオン卿は反逆の首謀者としてすでに収監されいる」
「しかし、貴方は王の血を受け継ぐ者として国を思い、忠義が厚く勇敢な者を集め破局を未然に防いだ」
「貴女の功績は王はよく理解していらっしゃる」
「王のお考えを待ちなさい」
ティファニアは深々と頭を下げた。
エドは中庭に出ると、ミストラが庭園の椅子に腰かけて本を読んでいる。
ガーランドは隣に腰かけて空を仰ぎ見ている
「あの爺さんは気前がいいのね。王の系譜の書をくれたわ。写本だけど」
本を閉じるとミストラはエドが持っている黒い表紙の報告書を見せてくれと言った。
「駄目だね。製本して互いの国で一部ずつ保管する」
「両国の国交樹立の闇が記されている。見ることが出来るのは王だけになるだろう」
「だが、読まずともお前は生き証人だろう。それで満足しておけ」
エドはそう言うと鍵の付いた鉄の鞄に入れ込んだ。
「ティファニアは当面ここに居る。お前たち仕事があるんだろう」
エドが馬車を呼んだ。
「そうね。途中まで乗せて行って」
ミストラはガーランドを振り返る。
「気が進まない」
ガーランドが言うと、私もよとミストラは言った。