無慈悲な命令
立ち上がれない。足に力が入らない。
早く立ち上がらねば、ガレスに斬られる。
わき腹が痛い。目がかすむ。手が切れて震えと痛みが止まらない。
剣は何処だ。私の剣は何処だ。
ペレスが駆けつけミレイラに肩を貸して立ち上がらせた。
「ガレスを討ちとりました」
ミレイラはその事を聞き、前を見るとガレスが倒れている。
ガレスの副官が駆け寄ってきている。
良かった。これで彼らはここから立ち去る。
命令が届く前に、すべてが終わった。
ルカはその様子を見ていた。彼女に表情は無い。
隣にいるクヴァルドが言った。
「もう待てません。ご指示を」
ルカは何も言わずに頷いた。
ミレイラはルカを方を見た。終わった事を伝えようと手を上げようとした。
一人の剣士が弓を引き絞っている。
放たれた矢が副官の頭を貫いた。
ミレイラは何が起こったか分からなかった。
何かの間違いだ。ルカに伝えなければ。ガレスは死んだんだ。
手を上げて知らせようとするが、満足に上がらない。
剣士の兵団が矢をつがえ、ガレスの兵団に狙いを定めた。
「放て」
一言、ルカが命を下すと一斉に矢が放たれた。
矢は放物線を描いてカレスの兵団に降り注ぐ。
一部の兵がすり抜けて駆け出す。
間断なく放たれる矢は、その兵へも降り注ぐ。
兵団は身を隠すところもなく矢に貫かれて死んでゆく。
弓を収めた数十騎が騎士団とミレイラの下へ駆け出した。
騎士団は突入するが剣士に阻まれる。
そして、戦場を汚す行為だと剣士に猛烈に抗議した。
剣士は、東国の王の命を受けていると繰り返すだけだった。
ミレイラの下へ向かった剣士達はミレイラとペレスを敵兵から守るために円陣を組んだ。
「止めて。お願い。見えるでしょ。ガレスは討った。終わったのよ」
剣士にすがるように言うが、剣士は何も答えない。
ルカの姿を探すが、剣士と馬が邪魔で見えない。
ミレイラはルカの名を叫び続ける。
剣士が道を開ける。ルカが来てくれたと思ったミレイラは、ルカの名を叫んだ。
入ってきたのはナタリアだった。
「ナタリア。ルカは何処にいるの」
ナタリアは何も言わずに体の傷を診ている。
「甲冑を外しますよ。背中の傷を見ます」
「息は浅く。肋骨は折れていますよ」
ミレイラはナタリアに言った。
「命令はまだ届いていないのよね。早く兵を止めて。ガレスは討ったわ。彼らは戻って処罰をうける」
「早く。お願い」
ナタリアは背中の傷を触る手を握り締めるミレイラの手を振りはらう。
「これを飲んでおいてください」
ナタリアは丸薬を取り出すと、ミレイラに飲ませようとするが手で跳ね除けた。
「傷が腐りますよ」
そう言って、口を無理やりこじ開け水で流し込んだ。
ミレイラは激しく咳き込みながら言った。
「早く止めさせて。分かるでしょ。剣士に言って」
ナタリアは何も言わずに、ミレイラの手をこじ開け消毒の酒で傷を洗い流した。
剣士の一人が言った。
「右だ。五人」
ミレイラが見ると、剣士達の隙間から矢が刺さりながらも突進する兵が見えた。
次々と矢が放たれ、皆倒れていく。
ミレイラはもう、声が出なくなっていた。
ペレスが手当ての終わった手に手を添えた。涙を浮かべて何度も謝っている。
ミレイラはもう考え事を止めた。
空を見つめる。吸い込まれそうに高く青い空に鳥が待っている。
ミレイラは、痛みと絶望の中で気を失った。
剣士は剣に付いた血を拭た。
目の前には若い兵が、何本もの矢を受けて倒れている。
「あちらも概ね終わったようだ」
「森に逃げえ込んだ連中も処分した」
ガレスの兵が退くのに備えて分派されていた剣士達は、エンデオ領の向かう一団を発見した。
比較的若い兵で構成されていた。
止めて誰何すると襲いかかってきた。
見た目通りに経験不足な兵だったが勇敢だった。
次々と矢に翻弄されながらも前に進み倒れていった。
目の前の兵は矢を受けながらも最後まで迫って、剣を抜かざるを得なかった。
剣士は倒れた兵を見つめている。
他の剣士が言った。
「遺体はどうする」
剣士は剣を鞘に収めて言った。
「脇に寄せておけ。無かったことにするらしい」
「後で誰かが回収に来るんだろう」
剣士達は遺体を丁寧に運んで草むらに寝かせると、矢を引き抜き彼らの剣を抱かせてやった。
「行くぞ」
剣士達は本隊のいる城へ馬を走らせた。
振り返ると荷馬車の群れが見えた。
アリアは戦場を眺めていた。
剣士達が息のある者に止めを刺している。
「遺体袋は一袋だけでしたね」
「ミレイラは騎士団が連れて行きました。傷はあらかた処置しましたから問題ないでしょう」
「遺体袋は一旦はこちらで預かると言ったのですが。騎士団に囲まれましたので彼らに渡しました」
ナタリアが言うとアリアはご苦労さまと言った。
ナタリアは城に向かった。
暫くすると荷馬車の一団が現れた。
人が数人降りてくると遺体を回収し始めた。
まるで、丸太を運ぶように荷馬車に投げ入れている。
日が傾くころ、アリアに色白の文官風の男が歩いてきた。
臭気に耐えられないのか、口と鼻に布をあてている。
「ガレスの遺体が無い様ですが」
「知らない。狼が食べちゃったんじゃない」
アリアが答えると、上に報告すると言って立ち去った。
ルカは遺体が回収された戦場をいつまでも歩いている。
夕日に照らされ、大地に突き刺さった剣が墓標のように影を落としている。
ルカはその一つ一つを弔うようにいつまでも歩いている。
アリアはそんなルカをいつまでも見つめていた。