ガレスとミレイラ
夜が明ける。濃い霧の中で太陽がぼんやりとした光を放っている。
時間とともにに霧は消え、本当の大地と空が現れる。
快晴で雲一つない。風は緩やか大地の緑を揺らしている。
ミレイラは城の待機室で甲冑をつけ始めている。
シエルが慎重に肋骨に厚手の布を巻いて固定している。
「痛くないですか」
シエルが心配そうに言うと、ミレイラは大丈夫と言った。
昨晩、ペレスとシエルが大声で言い合っていた。
ペレスは大事な姪を思い、城に守りにつけと言ったがシエルはそれを頑なに拒否した。
籠城戦はしない。事実上、戦闘に参加するなと言う事だ。
ミレイラは敢えてシエルにその事を聞かなかった。
彼女も騎士なのだ。
「終わりました」
ミレイラは礼を言うと、騎士たちが待つ平原に向かった。
騎士達は思い思いに待機していた。
馬を撫でる者、剣を砥ぐ者、素振りをする者。
皆、これから起こることに、心を落ち着かせようとしていた。
左翼を見るとルカの国の兵が整然と並んでいる。
騎士団は実戦経験がほとんどない。
一方、彼らは豊富な経験を持つ。
城に一番に飛び込んだ隊長が言った言葉が忘れなれない。
「俺たちは死に慣れている」
彼らの前にルカがいる。誰かと話している。
昨晩、ミレイラが眠れずに屋上にいるとアリアが来た。
そして、自分たちの介入の話してくれた。
ミレイラは頷くしかなかった。
ペレスがミレイラの下に来て言った。
「もはやお止めはしません」
「ですが、ミレイラ様の後は追わせていただきます」
ミレイラは、分かりましたと言うと騎士達に向き直った。
彼らの一報とガレスの到着。どちらが早くともミレイラと騎士たちの意思は変わらない。
ガレスの兵が到着した。騎士団が皆が騎乗する。
ミレイラ達の前に布陣する。
数は騎士団の三倍と見える。
ルカ達の兵団に動きはない。
ミレイラはペレスと共にゆっくりと馬を進めた。ガレスの兵団と騎士団の中間で止まった。
ガレスも副官と二人でミレイラに進んできた。
「久しぶりですね。ガレス」
「お久しぶりです。ミレイラ様。少し見ないうちに成長なさいましたな」
「貴方と貴方の兵団は、王に対する逆賊として西の国の者に殲滅させられます」
「その前に、貴方をローレイラの者として、私の名において処分します」
ミレイラはガレスに選択肢を与えた。
しかしガレスは言った。
「私は大騎士に仕える者です。そのほかに存在する意義は無い」
「分かりました。大騎士に仕える者よ。私と貴方とで一騎打ちをしましょう」
「無駄に血を流すことはありません」
「反乱の疑いのある貴女と、王から逆賊とされようとする男が一騎打ち」
「それもいいでしょう」
ガレスはミレイラをみて思った。
大騎士の血を引き、この短期間で成長し騎士の道を歩み始めた立派な者だ。
しかし、いくら大義のためとはいえ妻と、この娘を安全なところに置こうとしたのは間違いだった。
貴方は、妻と娘に正されるのです。
ガレスは副官に言った。
「どちらが勝ったとしても、あそこに控える西の国の兵団が、我々を潰しにかかるだろう」
「若い者だけでも、今のうちに逃げさせろ」
副官は頷くと兵団に戻った。
二人は剣を抜いて対峙する。
ガレスが先に剣を大きく振り下ろした。
ミレイラはまともに剣で受け止めてしまった。
体がそのまま砕けそうになる衝撃が走る。
固定した肋骨が軋むようだ。
何とか受け流すとミレイラは踏み込みガレスの首を狙うが、難なく躱されわき腹に肘を入れられた。
真直ぐに踏み込んだ体は横からの打撃に耐えられず、吹き飛んでしまった。
地面に叩きつけられたが、すぐに立ち上がる。
すでに横から襲い掛かる剣をかわし、飛びのくがガレスの連撃を躱し受け止めるしかない。
ミレイラは体勢を立て直す余裕なく、後ずさりし防戦する一方だった。
ガレスの剣は止まらず、ミレイラの剣の刃は削れていく。
衝撃とわき腹の痛みで手が上がらくなってきている。
このままでは駄目だ。
ミレイラはルカの体の傷を思い出した。
それは、深く切り込まれた証だ。
命を捨てて飛び込まないと勝てない。
ミレイラは自らを奮い立たせてガレスの剣を受け続けた。
ガレスはミレイラの動きが変わるのを感じた。
自らの命を顧みない気迫。
そう。それこそが剣の道。
生き残る事を考えない。自らを燃やし続ける。
しかし、もう遅い。体格差も経験も技も足りない。
そして、わき腹をかばっているが、容赦はしない。
ガレスはミレイラの剣のみを打ち上げると、一瞬、空いた胴に蹴りを入れた。
ミレイラはたまらず悲鳴をあげた。痛みで気を失いかけたが、なんと次の一撃を躱した。
ガレスの剣は容赦なくわき腹を狙ってくる。
痛みは増し、膝に力が入らなくなってきている。
ミレイラの意識は朦朧とし、剣は大振りを重ね、身を躱すことが出来なくなってきた。
気力だけがミレイラを立たせていた。
もう、終わりにしましょう。
ガレスは振りかぶると渾身の一撃をミレイラの頭上から振り落とした。
受けたミレイラの剣は根元から折れた。
ミレイラは衝撃に耐えかね、地に突っ伏した。
ミレイラはうなだれ、弱々しくガレスを掴もうと手を上げようとしている。
「覚悟をなされませ!」
ガレスは剣を持ち替え、ミレイラの頭上に構えた。その剣を首に突き立てようとした瞬間、ミレイラは顔を上げた。
目が合った。彼女の目には精気にみ満ち溢れている。
これまで朦朧とし、焦点の定まらずにいた目とは違う。それ敬愛する大騎士のそれと同じだ。
ガレスに心の乱れが生じた
ミレイラはそれを見逃さなかった。ガレスに飛びついた。
ガレスが突き立てようとした剣が背中を引き裂く。
ミレイラは構わず腰の短剣を抜くと、ガレスのわき腹に深々と突き刺した。
ルカから貰った短剣は薄く、甲冑の隙間を抜けチェーンメイルを引き裂きガレスのわき腹をえぐった。
ガレスは振りかけた剣の柄で何度もミレイラの背中を打ったがその力は弱まることは無い。
剣を地面に突き立て、両手でミレイラを引きはがし、地面に叩きつけた。
わき腹には短剣が鍔まで食い込んでいる。
厚い鎧とチェーンメイル、そして筋肉。致命傷ではない。
剣を持ち直し構えると、ミレイラが雄叫をあげ剣を持って迫っている。
ミレイラは折れた剣の刀身をそのまま握り締め、ガレスの喉に突き立てた。
ガレスは剣を手放し刀身を掴み押し返そうとした。
ミレイラの手から血がしたたり落ちる。
最後の力を振り絞って折れた剣を手のひらで押しつけ喉に沈めていく。
ゆっくりと。ゆっくりと剣はガレスの喉に沈み込んでゆく。ミレイラはガレスの目を見続ける。
その瞳には死への恐怖など微塵もない。
ガレスは次第に力を失い、剣は血で滑って一気に喉の奥に達した。
ガレスはミレイラを跳ね除けると地面に膝をついた。
震える手で剣を引き抜くと血が噴き出し大地に降り注ぐ。
ガレスは倒れ込んでもなお、立ち上がろうとしているミレイラに手を伸ばした。
声なき声を発している。
ガレスはそのまま、自らの血の海に倒れ込んで動かなくなった。