ミレイラの剣
日が傾ていく。空は赤く焼け長い影が地を這っている。
城の中庭には、まだ先の戦闘の痕が残る。
まだ片付けられて間もない会議室。椅子は破壊されなくなっている。
ミレイラは整列している騎士を前にして言った。
「ガレスが兵を伴ってこちらに向かっています。兵力は我が方の倍です」
「籠城したところで援軍が来るとは言えません」
「西の国の者から話がありました。我々が潰えたときには、ガレスたちを制圧してここを西の国の管理下に置くと」
騎士達は何も言わない。ミレイラは騎士達の一人一人の顔をみた。
皆、恐怖も迷いまなく、騎士である事の誇りに満ちていた。
ミレイラは、ガレスたちが明日の朝にはここに達することを伝えて言った。
「生きてください」
騎士達の目に涙があふれ出した。
この季節も終わりに近づいているのだろうか。
日が落ちると少し冷え、朝には霧が出る日が多くなった。
ミレイラは体を拭いて平服を着ると、剣を持って城外の草原に出た。
囚われていた時にできなかった、日課の素振りをするためだ。
剣を構えて振り上げると肋骨が痛む。
それでも、ゆっくりとだが体の芯を整える為に剣を振った。
疲れより先に痛みで汗が噴き出す。
ミレイラはナタリアの薬をもらっておけばよかったと思った。
強がりばかりで空回りして人の好意を無駄にして、結果、人に助けられてしまう。
ミレイラは、自分の身勝手さを思うと泣きそうになった。
しかし、明日はそうはいかない。
ルカ達も手を出さない。ガレスたちが率いるだけの兵と対峙する。
ミレイラはガレスの動向を伝えに来たアリアに、騎士の中で生きている者がいれば保護してやってほしい。
そして、領民には手を出さないでほしいと言った。
アリアは欲張り過ぎだと言って、取り合わなかった。
ルカは自分の事を強欲と言った。私も強欲だ。
ミレイラは空を見上げた。
雲は晴れ星空が広がる。手を伸ばせば星が取れそうだ。
ミレイラは子供の様に空に向かって手を伸ばした。
「何している」
ミレイラが驚いて振り向くと、ルカが立っていた。
あまりの恥ずかしさに、剣技の研究と言って手を降ろすと、また素振りを始めようとした。
「きっと痛みで剣圧に耐えられない」
そう言うとルカは剣を抜いてミレイラに打ち込んできてと言った。
ルカがミレイラの首を狙う。
その剣を打ち払うために剣を振ると、ミレイラの剣はルカの剣をすり抜けた。
そして今、ルカの剣はミレイラの首元にある。
何度やってもそうなった。
首に手足。もう斬られるところは無くなった。
ルカは避けるのではなく、手元を少し翻すだけだと言った。
ミレイラが何回か手ほどきを受けて、ルカに打ち込まれる役に交代した。
はじめは上手くいかなかったが、まっすぐに振られる剣を当てることなく躱すことが出来るようになった。
「素人相手なら何回で使える。でも、使い手には一回限りだ」
「それも通用するか分からない」
ルカはミレイラを見つめてそう言った。
何気に素人扱いされたミレイラはその事には触れず、今日の剣の仮面の女との一戦の事を聞いた。
「始めから剣を斬ろうとしたの」
ルカは首をかしげながら考えて言った。
「深く潜って言ったら、目の前に水の流れの塊が見えた」
「それが膨らみそうだったから手をかざしたら、相手の剣を斬っていた」
そして、
「あの水の流れの様なヤツは、黒いのと白いのが上手く混ざりきれずにいたような気がする」
「本当は、みんな透明なはずと思ったけど。それが分からなかった」
ミレイラに聞いたすべての話が分からなかった。
しかし、ルカはミレイラの届かないはるか遠い存在になっているのだけは間違いないと思った。
唐突にルカが言った。
「明日の戦争が終わったら剣を教える」
「私は人に何かを教える事をしたことが無い」
ルカはミレイラに、お願いしますと言った。
明日の戦争が終わったら。
終わらないかもしれない。終わったとしても私はここに居ないかもしれない。
ミレイラはルカがそんな世界で生きてきた事を思い出した。
明日が無いかもしれない。
でも、ルカは明日を見つめて生きている。
騎士達に、生きてくださいと言った私が、明日が来ることを信じなければならない。
「ありがとう。ルカ。出来るようになるまでずっと教えて」
ルカが分かったと言うと、正面門の方を振り返った。
灯りもなしに馬が列をなして走ってくる。
西の国の剣士が騎乗している。
彼ら一人一人が死を纏って走りくる。
明日も明後日もここに居る。
風が吹く。ミレイラの体から汗が引き熱が冷めてゆく。
剣を握り締め、ミレイラは城内に向かった。