意義ある進攻
ガレスはローレイラに向かっていた。
日差しは強いが風が涼しい。
森林地帯を抜けると草原に出た。
草原を風が波が駆けるかのように揺らしている。
この美しい草原が戦場になる事を考える。
草木は燃え踏み荒らされ、互いの兵士が倒れ重なり合っている。
それが地平の彼方まで続いている。
ガレスは後ろを振り向く。
古参の兵に加えて若い兵が付いてきている。
平静を装ているが緊張と恐怖が入り混じっているのがよくわかる。
ガレスもそうだった。
後方の隊列が乱れている。
部隊長が声を荒げて整頓を指示しているが上手くいっていない。
実戦を知らない学校出の兵卒だ。
もし、ここで敵に急襲されたら敵兵の思うつぼだろう。
飾りの軍隊。偽りの平和。
真の平和などない。いつ誰かが挙兵するか分からない。
実際に西の国はローレリア領を下し、軍を進めている。
そこに赴き領土を守るのが、この素人の集団だ。
軍の予算は毎年、へらされっている。
ここで未だ戦乱の可能性を示し、軍を強化する。
そして、皆が常に危機の戦争の火種がくすぶっていることを心の底に植え付ける。
これでよいのですね。大騎士よ。
貴女の妻と娘。領民を犠牲にしてまで、それを自らが行う。
ガレスは空を仰ぎ見る。
空には鷲が風を捕まえ天高く昇ってゆく。
ガレスの下に伝令が走ってきた。
「後続は王都守備に徹する。貴殿の部隊で事に当たられたし」
発令は大隊長ではなく軍令部長からである。
ガレスは副長に各領主が供出した兵の状況を聞いた。
「集結地点へ向かうも、行軍は遅滞し作戦時間に間に合わない可能性あり」
副長は言った。
「所詮は漁夫の利を狙った烏合の衆。出城が落ちた以上、様子見するつもりでしょう」
「志がない者共へ期待はしておりません」
ガレスは副長の言う通りだと思った。
どこからともなく湧き出る金で説き伏せた連中だ。最初から頭数には居れていない。
しかし、軍令部がこの時点で後続の軍を進めるのを止めた理由が気になる。
予定ではまだ先のはず。
ガレスは副長に言った。
「悪いが、こんな状況だが最後まで付き合ってくれ」
副長は何処へでもと言って笑った。周りの古参の兵たちも一緒に笑う。
若い兵は何が起こっているのか分からずにいた。
イーゼルはルカの剣をまじまじと見つめた。
黒い刀身に刃だけが鈍く光っている。何か重ねて打っているわけではない。
そして、剣を斬ったのに刃こぼれ一つない。
誰から授かったかと聞くと、さっきの仮面の女からだと言う。
ルカに剣を返して、やたらと人に自分の剣を人に渡すなと注意すると、今度は斬られた剣を見始めた。
かなりの業物と分かる。こちらの剣も容易く剣を斬る事が出来るだろう。
だとしたら、二人には早さと正確さの違いだけしかなかったと言うことになる。
イーゼルには、正直に言って二人の剣は見えなかった。この中で見えていたものは居ないだろう。
ルカを見ると斬られた剣に興味が無いのか、もう立ち去っていた。
アリア。恐ろしい者を生み出した責任はとれよ。
イーゼルの下に伝令が走ってきた。
仮面の女が言った通りに軍から裂いた部隊が速度を上げて向かっているとの事だ。
数を聞くと二百騎だと言う。
千か二千を相手にするには少なすぎる。
あの女が言ったように期待はしていなかったが。
伝令は付け加えた。
大隊兵力が速度を緩め、野営の準備をしていると。
イーゼルは軍に正面でやり合うつもりが無いと考えたが理由が分からなかった。
こちらが押されるなら、ローレイラを捨て大隊が布陣する場所まで後退しなければならない。
その時は、相手方が小さいながらも城を手に入れてにらみ合うことになる。
しかし、相手の補給線は伸びる。こちらは国に近い分こちらが有利になる。
国境線を明確にするつもりか。
イーゼルが斬られた剣を弄んでいると、後ろからアリアから背中を突き飛ばされた。
油断していたイーゼルは剣で指の薄皮を斬ってしまった。
「いい加減にしろよ」
薄皮一枚と思っていた傷は深く、血が流れ始めた。
「油断しているからよ」
アリアは楽しそうに言った。
「手紙が来たわ。エドからよ」
「エンデオの軍は気にしなくていいって。その代わりエンデオ領には一歩も入るなって」
「あと、ミストラと槍の大男はよくやっているそうよ。ティファニアがいるから仕事が進んでいるみたい」
イーゼルはエドの動きは知らないが、ミレイラの母親が味方につけていることに感心した。
たしか、この近辺の領主をまとめる王の系譜の女だ。
アリアは考えを巡らせているイーゼルを見ると言った。
「ガレスと言うミレイラの父親の片腕の部隊だけ動いている」
「あとは貴族連中の寄せ集めが静観している。ガレスは止まる様子はない。彼らとの一戦になるわ」
イーゼルは分かったと言って城へ向かおうとした。
アリアはイーゼルを引き留めてるとミレイラの事だと言って話始めた。
「あの子がガレスを討つ。私たちは手出ししない」
「ルカにも言ってある」
そして、むごい話だと言いながら、
「ミレイラが討たれたら、私たちが騎士団もガレスも制圧する。これでいいわね。」
イーゼルは、それが戦争だと言って城へ向かった。