反旗
朝日が高くなり、昼に近くなってきた。
開け放たれた窓からは、風が少し湿気をはらみながら、緑の香りを運んできていた。
もう春だ。
昨日とは、打って変わって快晴だった。
アリアは空を眺めていた。部屋に目をやると、ルカが剣の手入れをしていた。気になるところがあるのか、刃先を指先でそっとなぞっては砥いでいた。
その姿を眺めながら、昨日の彼女の言葉を思い出していた。「人を苦しめたくない。私も苦しみたくない」。
「飽きた。」アリアは唐突に言った。「どこに行こうかな。」
ルカは刃を研ぐ手を止めた。彼女の言葉の意味が分からなかった。困惑した様子の瞳で、黙って彼女を見つめるていた。
私は意地悪をしている。
この子は、困ると口を閉ざす。嘘をつくときもそうだ。沈黙して考え、嘘とも言えないような、稚拙なことを言う。アリアは初めて会った時から感じていた。
執行人は仕事が終わると、指示があるまで待機する。監査役は駒を操るように執行人を動かす。基本的に調査中の剣士の元へ向かわせる。結果が出ればすぐに仕事ができるように。
夕方までには、連絡役が来る。いつもそうだ。
ルカは、またアリアの変な性格が出たのだと思った。剣を拭き上げ、手入れ道具を片付けると、アリアに「連絡役がもうすぐ来るよ。お昼を食べよう。」と、言った。
アリアは、「連中が来る前に発つよ。お昼ご飯は、どこかに立ち寄って食べようかな。」
そして、「東がいいかな。大きな都市がある。割と楽しいだろうな」というと、荷物をまとめた。そして、立ち尽くすルカに目もくれずに部屋を出て行った。
ルカが窓に駆けよると、アリアが宿から出て行くのが見えた。彼女は旅人を捕まえると何か話している様子だ。旅人の馬を譲ってもらうための交渉のようだった。交渉は成立したらしく、旅人の持っていた馬にまたがると街道を東に駆けて行った。
ルカは暫く呆然としていた。いつもの冗談かと思っていた。
我に返ると動揺した。これは反逆では?監察役からの命がないのに勝手に行動している。いくらアリアが自由人と言っても、やりすぎではないのか。もしかして誰かの命を受けているのか。そもそも目的は何だ。
連絡役はまだ来ない。ルカは混乱していた。
彼女は怒っているのか。何が原因だろうか。昨日の夜、愚痴を言ったからか。今朝、眠りこけてしまっていたからか、愛想を尽かしたのか。
ルカはそののまま座り込んでしまった。待とう。もしかすると気が変わって、帰ってくるかもしれない。
夕闇が迫っていたころ、部屋の入り口に人の気配がした。しかし、アリアの気配ではない。
扉を開けると、男の旅人が立っていた。いつもの合言葉を言う。連絡役だ。
アリアを斬れ。連絡役はそう言った。馬を準備してあることを告げると立ち去った。
ルカは荷物をまとめると、馬に乗って駆けだした。闇夜の中、東へ馬を走らせた。
命令だ。アリアを斬る。