生きたい
アリア達は遠くに火薬の弾ける音を聞いた。
始まったか。
情報が速かったおかげで間に合いそうだ。
先ずはミレイラの状況だ。救出で来ていれば兵力を出城に集中させることが出来る。
アリアは先頭を駆るイーゼルに言う、
「先行して出城を叩いて。私も続くわ。ワイズの部隊から何人か抜いて屋敷に行かせて」
イーゼルは了解と言いうと、後続のワイズに手信号を送る。十人程が屋敷へと進路を変えてゆく。
アリアはナタリアを呼んだ。
「ここですよ」
ナタリアはアリアの後方斜めに付けている。
「屋敷への分隊について行きます」
アリアが指示をする前に分隊の後に続いた。
一瞬だが、彼女の顔が笑っているように見えた。
それは、子供の様に無垢な笑顔の様だった。
あいつも何か持っている。
アリアは自分を含めて東国に派遣された連中は、何かしら疎まれる存在のような気がしていた。
よく考えたら薬士で間者であると言う者は存在するのか。
「おい!」
イーゼルがぼやっとするなとアリアに叫んだ。
アリアは余計なこ事を頭の中から振り払うと、イーゼルと出城へ馬を走らせた。
ナタリアのついて行った屋敷への分隊が屋敷に近づくと、剣士が手を振っている。
屋敷は掌握出来たようだ。
剣士が状況を聞くと、ミレイラの救出は失敗。出城方面へ動ける者で追撃中との事だった。
すでに伝令が出ている。アリア達はそのまま出城へ向かうだろう。
ナタリアは負傷者の状況を聞いた。
剣士が負傷しているが自力で手当てをして、屋敷の警備にあたっている。
それよりも広間を指さし、ルカを診てくれと言った。
ルカが手傷を負っているのか。
話では東国に落ち延びたであろう剣士に歯が立たず、ルカが一人で相手したそうだ。
ナタリアは馬を降りると、血の海が広がっていた。
ルカの甲冑が血に染まっている。
ナタリアはルカをみた。ほとんどの傷は浅い。血は返り血だと分かった。
急ぎ近寄ると深手の傷の手当てに入った。
甲冑を脱がせる。傷は深いが致命傷ではない。
だが、縫っている時間は無い。
ナタリアは道具箱を開けると、傷を消毒して短冊のようなものを張り付けてゆく。
縫うほどではないが、傷が開かないようにする。
あとは傷口を覆うほどの湿布を張り付けた。
あと二か所か。
そう思いながら処置を続けるナタリアは、ぼんやりしているルカが気になっていた。
血が出来過ぎたか。それとも背骨に一撃食らっているのか。
ナタリアが負傷の状況に頭を巡らせていると、ルカがしゃべりかけて来た。
「ナタリアは何人救ったの?」
あまりにも唐突過ぎる質問だった。戦場で負傷した剣士の手当てはしたが、その後は知らない。
「多分、沢山かでしょうか」
そう答えると、
「敵も味方も?」
と聞いてきた。
「多分いたような気がします。目の前に運ばれて来た人間に治療を施すのが私の役目ですから」
そう言いながら、次の傷の手当てに移った。
「もう助からない人も居た?」
「それはもう、沢山ですよ。治療を施すまでもない人も運ばれてくるからね」
ルカは男を見て言った。
「あの男は生きようとして必死だったと思う。斬っらなかった方が良かったのか?」
「どう思う?」
ナタリアはルカの言葉を聞きながら男をみた。
「頭と胴が遠く離れているみたいですね。本人の意見も参考にしないと分からないです」
手当が終わりナタリアはルカの体を入念に診始めた。
「ナタリアは生きようとする人を斬ったことはある?」
ルカの問いかけにナタリアは、ただ斬れば事が済むことに疑問を持っていると思った。
「斬るとかどうかではないですが。助かりそうにない人を沢山。苦痛が長引いても仕方ないので」
「もちろん。望まない人にはしませんよ」
ナタリアはルカの首元と頭に傷が無いことを確認し終わると言った。
「処置するときに、みんなではないですが、母親を呼ぶんですよ。男も女も」
「生まれ出る事は、そう言う事なんでしょうね」
ナタリアはこの話に深く入り過ぎたかもしれないと思った。
ルカはこれからまた、人を斬らないといけない。
気持ちが揺らぐと、彼女が斬られかねない。
「私は子供を授かってもいいのかな」
ナタリアは言葉に詰まった。
大丈夫と言ってあげたい。でも、この子の事はよく知らない。
今の彼女の気持ちに寄り添える人間でもない。
「後の傷は軟膏でいいでしょう。丸薬は飲みましたか?」
「時間がありません。行きましょう」
ナタリアは答えることなくルカの手を引いて広間を出た。
ルカは何も言わずに、いつも通りに馬にまたがると走り出した。
ナタリア走り出すとルカに並走した。彼女の横顔を見るといつも通りだ。
あの男が命乞いしたとは思えない。
彼女の中で何かがあったんだろう。
でも、今は任務に集中してほしい。ミレイラも含めてみんなの命がかかっている。
ナタリアは、そうルカに叱咤できない自分を情けなく思った。
純粋な少女の問いに答えてあがられない。
そして、彼女に下がって休みなさいとは言えない。
ナタリアは、自分の心こそ揺らいでいると思い、自分に叱咤するように、いつもは抜かない剣を抜いて馬を走らせ始めた。
ルカは前に出るナタリアを見ながら、何か気分を損ねる事を聞いただろうかと思った。
ナタリアは子供が嫌いなのか。
「みんな母親の事を呼ぶ」
ルカの頭の中に過るナタリアの言葉。
私は母の事を呼ぶだろうか。
先の見えない闇夜。わずかに差し込む月の灯りが街路灯のように道を照らす。
ルカは闇夜を引き裂き、ただ真直ぐに馬を走らせた。