反乱の予兆
ミレイラは貴賓室に軟禁されていいた。
エンデオ領から派遣されたと言う衛兵が外に立っている。
使用人が入る時には、衛兵の二人が身体検査を行う。
初日は部屋の中にまで入ろうとしたところ、「無礼」一喝した。
さすがの衛兵たちも、それ以来は部屋に立ち入ることは無くなった。
ミレイラは二、三日おきに部屋を移動させられた。
貴賓室、私室、ティファニアの部屋。
外部への連絡を警戒しているようだった。
部屋は分厚いカーテンで覆われている。日にあたるのは小さな採光窓か、広間での食事と読書の時間だけだ。
広間ではさすがに衛兵が見張っている。
ミレイラはカーテンのわずかな隙間から外を覗いた。
あの暗闇、あの森の中。そこにルカ達の間者がいる。
ミレイラは何も伝える事が出来ない事にもどかしさと、焦りを感じていた。
焦りの原因は騎士たちにある。
屋敷の衛兵の隊長に取り入っている執務官によれば、騎士たちが強引に蜂起しようと考えている事だ。
執務官が止めてはいるが、騎士たちの熱量は高い。
向こうに取り入っている以上、この情報を執務官が衛兵の隊長に伝えなければならないかもしれない。
執務官を通じて、止めるように伝えたいが、騎士たちの詰所に入る理由を作るのに難儀していると言う。
衛兵の人数は十五名程度としかわかっていない。
巡回時間もそうだ、もしかすると後方に待機している兵がいる可能性もある。
やるなら、ルカ達と連携ししないと勝ち目はない。
ミレイラはふとルカに渡した手紙の事を思い出した。
あんな手紙を渡しておきながら、何を期待しているのか。
ミレイラはルカに期待している自分を恥じた。
そして、これは私の戦争だ。
ミレイラは長椅子に横たわると天井を眺めた。
そして、ルカと一緒にいた日々を思い出した。
側にいてほしい。
自分の偽りのない感情を押さえて書いた手紙。
弱く何もできない自分を隠すために書いた手紙。
ミレイラは孤独感が自分の心を覆ていくのを感じた。
十二人を一瞬で斬ったルカの背中を思い出す。
私はルカの背中ばかり見ていた。そして、安心して頼っていた。
ミレイラは短剣を胸の前に出して握り締めた。
リロワの隠れ家に向かうときに、ルカが太ももに撒きつけた短剣だ。
衛兵が駐留するときに、一回だけ行われた身体検査。さすがに太ももの裏までは触られなかった。
天井に向けて鞘から抜き出す。
どういう鍛え方をしたらこうなるのか。薄く曲がらず鋭い刃がある。
刀身は美しい。ミレイラの瞳を映し出している。
泣いている。
ミレイラは気付かないうちに、その深い瞳に涙を湛えて、それは今にも零れ落ちそうになっている。
ガレスは必ず私に会いに来る。その時を逃さない。
ミレイラは短剣を鞘に収めると胸で抱きしめた。
ミレイラの部屋の扉がノックされる。
衛兵が執務官が来たと告げる。
一日に一回、執務官が明日の予定を伝えに来る。
何もないのだが、そうでもしないと心が折れそうになる。ここは私の屋敷なんだ。
執務官が、明日は部屋の移動がある。来客は無いと明日の予定をミレイラに伝えて。
そして、いつもの雑談に移る。
ミレイラはいつも通り、庭の手入れの話をし始めた。
「窓際に立てない。庭の様子はどうか。カーテンも邪魔でしかない
「隊長殿に申し入れできないか」
そう言いながら、ミレイラは指をテーブルの上で滑らせた。
執務官は袖の飾りを気にするように触りながら、
「庭師はよくやっておりますが、衛兵が手入れの時間を制限しています」
「少々、草が気になります。申し入れは行います」
読唇術は出来ない。筆談も痕跡が残る。
時間が経つにつれて緩慢になり始めた衛兵の隙を狙って、打ち合わせた伝達手段。
互いにテーブルに手帳に文字をなぞるように書き、是か非かなら袖に手を付ける。
最近、やっと意思疎通が出来始めた。
平時からこの位の事は出来るようにしなければ。
ミレイラは、騎士になる事に没頭して、領地の安全に気を配らなかった自分を恥じた。
今日の執務官の報告は、驚くべきことだった。
「騎士たちの反乱は洩れている」
「私は騎士たちを、煽ることを命ぜられた」
騎士達はこのような状況に、直線的な判断をする。
まわりがどうあろうと。
しかも、執務官を敵に近づけたのが裏目に出た。
皆を落ち着かせるつもりだったが、このような致命的場面で利用されるとは。
執務官には無理承知で、引き伸ばすように伝えた。
こんな指示を行えば、彼の身も危ないと言うのに。
本当は、「ミレイラが待てと言っている」と伝えさせたかったが、ガレスを討つ機会を逸してしまう可能性がある。
これが人の上に立つと言う事か。
いっその事、ガレスを討つなど考えずに、軍門に下るのがいいのでは。
誰かが命を落とすことは無いだろう。
ガレスを討つために犠牲を払うのは、騎士たちと同じで自らの欲求を満たすだけの事ではないか。
領民の生活が脅かされなければ、それが一番いいことではないか。
ミレイラは耳を塞いで長椅子にうずくまった。
もう何も考えたくない。聞きたくない。見たくない。
ミレイラはまた、ルカの顔を思いだした。
そして、かすれるような声で言った。
「助けて。ルカ」