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剣士の国  作者: quo
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独立部隊

アリアはミストラからディートス居場所を示す地図を片手に隣の兵舎に向かった。


立哨の兵に小隊長の居場所を聞くと、裏の水場に居ると言う。

水場に行くと、上半身裸で井戸からくみ上げた水を、頭からかぶっている男がいる。

細身だが桶を振りかぶった時の肉の動き、膨らむ姿は彼が重い剣を軽々と振り抜くことを容易に想像させる。


「イーゼル!」アリアが呼びかけると小隊長は振り向きもせずに、忙しいと言った。


忙しいのはこっちの方だ。


アリアは近くの丸太に腰かけて、イーゼルの背中の眺めた。

深く刻まれた傷がある。

西の国々が大きく衝突しない中で、多くの紛争地域を駆けた者の印だ。


ようやくイーゼルが体を拭きながらアリアの隣に座った。

剣を振っていたのか、まだ体から湯気が立っている。


「暑苦しい。もっと離れなさいよ」


イーゼルが無視して、何の用だとアリアに言った。


アリアは地図を見せて、ディートスの居場所だと言った。場所はエンデオ領の奥地だ。

「どうするの?」


イーゼルは地図を返すと言った。

「さっき、上から指揮権が軍に移ったと通達があった。お前らの情報では動けん」

アリアはそれを聞いて驚かない。


そして、小隊が東国を動かす餌になっていると言った。

どちらかが動いて偶発的な衝突が起きる。それを理由に軍が動く。

落としどころは、ローレリアかその付近までの領地獲得だろう。


イーゼルはそこまで言うと、上着を着て立ち上がった。

「だから俺がここに派遣されたんだろう」


イーゼルはアリアと学校の同級だ。

腕前は同じで、二人とも派遣前に序列を授かると言われた程だ。


アリアは退学になるほどの自由奔放さで脱落。

危うく無理やり文官に任官させられるところを、グリンデルに拾われた。


イーゼルは序列の一位まで行きながら、小隊長に降格された。

派遣先の国の紛争で副指令を務めていた。無能な指揮官の命に逆らって大隊を一時後退させた。

自らが戦場に赴き殿を務め、瀕死の重傷を負った。それがあの背中の傷だ。


あの判断が無ければ、包囲されていた。

指揮官はそのことを隠ぺいして抗命罪で告発したが、結果から小隊長への降格で済んだ。

その時の指揮官は今の軍務相のロワイスだ。


「さっき、東国とつながっている男をこっちで押さえたって連絡がきたわ。男は追われていたんだって。追っ手は誰だか分かる?」


イーゼルは何も答えない。アリアは軍の特務隊だと言った。

監査役の組織内の間者に比べれば、子供の集まりでしかない。

実際、ガーランドに蹴散らされている。


イーゼルは地図の場所に行ってもディートスはいないだろうと言った。

あくまでも、本人を押さえなければ意味がない。

逃げた剣士や、東国で促成栽培された剣士を捕縛しても、動き出している筋書きは変えられない。


アリアは、珍しく弱々しい声で言った。

「一緒に来ない?国に帰れなくなるけど」


アリアは足を組んで、ぼんやりと前を見てる。

イーゼルは、アリアを見つめている。


沈黙の時が過ぎる。


二人とも所帯持ちだ。国に帰らなければならない。帰りを待つ人が居る。

アリアが家庭のためなら任務もすっぽかすことは有名だ。

そのアリアが、帰れないかもと言う。


「勝率はどのくらいだ」

イーゼルが言うと、アリアは五分五分と答えた。


イーゼルは声を上げて笑った。

「いいじゃないか。ロワイスに一泡吹かせてやろう」

「勝てば英雄。負ければ反逆者か。面白くなってきた」


そう言い放つイーゼルをみて、アリアは立ち上がると微笑んで言った。

「そうね。負け戦じゃないわね」

「英雄として凱旋と行きましょうか」


イーゼルは早速、塀兵舎に帰って志願者を募ると言った。

もう一つの小隊にも声をかける。


そう言って兵舎に戻っていく。

アリアはその背中を見つめている。彼が兵舎の中に消えてゆくまで。


アリアは空を見上げた。湿気は相変わらずだが雲の流れははやい。

拠点は林に覆われて風が流れない。

馬を駆って丘を駆け抜け抜けると気持ちいいだろう。

しかし、その時は戦場かもしれない。


アリアはミストラの事を思った。彼女は文官だ。帰してやってもいい。


そう思いながら屋敷に戻ろうと歩いていると、ルカが馬にまたがってこっちを見ている。

両脇に剣士を従え、ルカは剣士の手を取って馬から降りた。


なにが起きているんだ。


ルカはアリアに、特使の村の剣士達が軍の指揮下に入った事を告げた。

両方に同時に命令を下す。イーゼルと共闘させないために分断を狙っている様だ。


こちらもそうだと言うと、イーゼルは覚悟を決めていると言った。

その話を聞いて察したのか、二人の剣士が言った。

「我々だけでもルカ殿のお側に置いていただきたい」

そうして言って、ルカに膝をつく。


「ルカ殿」と言ったか。なにが起きているんだ。


「後の者にも伝えますゆえ、しばらくこの場を離れます」

そう言って馬を走らせ消えていった。


ルカに聞くと、エドが襲われたと言った。

土地でない者が土地の物を使う。国の特使を東国の者に襲われる。エドが倒れていたなら国同士の問題になる。

これも、特務隊辺りの仕業だろう。見え透いた手口を使う。


アリアはルカに襲ってきた連中をどうしたかと聞くと、全員斬ったと言った。


聞くだけ無駄だったか。そろそろ生け捕りにすることを覚えてほしい。


アリアは今後は襲われても極力斬れないように言った。ルカは「外交問題にならないようにする」と答えた。

アリアはルカの答えに驚いた。まさにその通りだ。エドの下で学んだのか。


ふと、アリアが連れて来た剣士達の事を聞いた。ルカは自分の護衛だと言った。

そして、エドを襲った連中を斬った時から、守ってもらっていると言った。


お前を護衛しているんじゃない。お前が引き連れているんだ。


アリアは三十人からの剣士を率いるルカの姿を想像した。

恐ろしい。小国なら滅ぼしかねん。


アリアはルカを見ると、相変わらずの仏頂面に黒い瞳でこちらを見ている。

思わす「三十人を率いて戦える?」聞くと、ルカは少しの間、考えて答えた。

「三十人を相手にすることの方が簡単だと思う」


それは事実だ。人を統率すると言う事は、命を預かると言う事だ。

ルカは学び、成長している。


しかし、普通の人間は三十人を相手にすることを簡単とは言わない。

アリアはルカには、もっと多くの事を学んでほしいと思った。


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