弟と妹
グリンデルは憂鬱な気分が晴れなかった。
窓の外は晴天だと言うのに。
またも委員に呼び出されて早期解決を迫られた。
議会の話は聞いている。軍が動く。
しかし、時は熟していない。必要なものはそろっている。
今、こちらが動けば中途半端に終わる。
強硬派の一掃。そしてディーストの処理。
最大の目的は強硬派の一掃だが、ティートスが存在する限り東国へ人を送り続けなければならない。
執行人たちが我々の手の及ばない地で剣士を狩る。あまり考えたくない。
振り返ると白い絹のローブをまとった女がいる。
「今後は私も出る。国内はいつでも事を進めることが出来る」
「王はルカの動きを見ている」
確かにそうだ。送った者、現地で行動を共にしている者。その中心になぜかルカがいる。
ローレイラのミレイラか。東国の鍵となる人物との関係もそうだ。
いや、ルカがそうさせているのか。
「ルカには悪がない」
そう、グリンデルが言うと女は、
「それが危険だ。良しとすることに従って行動することに迷いが無い」
そして、それが国の命令に反する事でもと言った。
白いローブの女は、近衛兵を預けると言って部屋を後にした。
グリンデルは、あの女がルカの前に立ちはだかる時が来るとは予想していなかった。
いつも動かず見るだけの女が、自ら動くと言う。
人の感情を取り戻しつつあるあの子に、自らの覚悟の為にこの組織、そして私にすら背を向ける事を選択できるのか。
開け放たれた窓から風が入り込む。
見ると風に乗って空高く舞い上がる鳥が見える。
グリンデルはその鳥をずっと眺めていた。
カインは宿をした後、隣のソレイク領へ向かっていた。
彼の生まれ故郷だ。
主な産業は農耕と牧畜で、王朝の食糧庫になっている。
政治は中央管理体制が強く、あまり自由な気風とは言えない。
だから、あまり特別な産業が発達することが無かったが経営資源を集中することが出来た。
カインの家はそんな環境の中で特異な存在だった。
領地運営の要は委託制度だ。
領主フェリックスは、管理に必要な業務を一族や豪商に委託することで、管理体制の維持強化に力を集中させた。
委託は建設や修繕、医療、入出国管理など多岐にわたる。
直轄なのは軍と司法、警務、外交、財務だけだ。
後は業務の委託先が仕事をしているか監視するだけだ。
この方式は効率的で、それぞれの委託料が決まっている。創意工夫をすることで経費を削減しすれば利益が多くなる。
しかし、これは表裏一体で業務の質の低下も起きる。
補修保全に使う工材を安価て質の悪い物にかえたり、行うべき業務をしたように見せかけたりするなどの不正が行われていた。
委託先が変わるのは、ままある事だった。
カインの生家のフォルト家はその中でも重要な業務を委託されていた。
それは徴税であった。
全ての領民、すべての委託先に税を回収するための権限を与えられいる。
フォルト家は領主一族の直系の一族だ。
フェリックスの弟が家長である。フォルト家はソレイク領の財務を司っているともいえる。
その権限は大きく、唯一私兵を持つことを許され、税逃れを行うものを拘束できる。
そして、徴税は誰からも好まれない仕事でもある。
フェリックスはフォルト家に領民の嫌悪する仕事を押し付ける事で、領民の支持を得ている言っても過言ではない。
これまでの増税で、恨みを買うのはフォルト家だった。
カインはフォルト家の長男であったが家を出た。今は次男が家をついている。
徴税と言う仕事に嫌気がさしたからだ。
私兵が金のない貧乏人の家に上がり込んで、財物を根こそぎ差し押さえる。子供心に胸が痛かった。
カインは気が進まないままソレイク領に入るとフォルト家に向かっていた。
途中ですれ違いう人、宿の主人。みんなが後ろ指を指しているかのように思える。
フォルト家の屋敷に着くと使用人がカインの姿を見るなり、執務官を呼びに走った。
執務官は飛び出てくると「お帰りなさいませ」と涙を流して、カインを屋敷に迎え入れた。
屋敷は大きいが質素な作りだ。前代は徴税の仕事を請け負う一族として、質素堅実を旨としていた。
今思えば立派な人間であった。
しかし、子供頃のカインには友達がいなかった。外に出るにしても学校に行くにしても、常に嫌われ後ろ指を指された。
ただ、それだけの理由で家を出たのだ。
執務官は広間に通すと、弟を呼んでくると言って執務室へ走っていった。
程なくした男が部屋に飛び込んできた。
「兄さん!」
カインと弟は熱い抱擁を交わした。十年ぶりの再会だ。
弟のセルマーは家を捨てたも同然の俺の帰還を喜んでいる。
妹は仕事で領主家に出ているそうで、急ぎ帰るように使いを出したと言った。
弟がいじめられて帰ってくると、飛び出して行って相手を容赦なく打ちのめしたものだ。
未だに弟と妹がかわいい。
血の絆が強い証なのか。
セルマーは妹のエレナが帰って来るには二日ほどかかると言った。
そして、夕食を共にしようと楽し気に言った。
セルマーは、片付ける仕事あると言って部屋を出た。
すべてが懐かしい。カインは広間を見渡すとすべてが懐かしく思えた。
代々、補修だけで済ませいる家具類に隙間風の入る窓。
ふと見ると、兄弟三人で父親に送ったコートが飾られている。
父は大事にし過ぎて、一度も袖を通すことが無かった。
カインは暫しの間、父の姿を思い出していた。
そして、父の最後に立ち会わなかった自分を責めていた。