軍隊
星空は綺麗だ。
後はこの暑さが無ければいいのだが。
アリアは屋敷の縁側に寝椅子を置いて夜空を眺めていた。
部屋の中が暑い過ぎて寝ていられない。
井戸水からくみ上げた水をタライにはって足を入れると気持ちがいい。
ナタリアが作った虫よけの香は焚いても強く匂わず、それでいて一匹の虫も寄り付かない。
肌着になって籐で編まれた長椅子を揺らしながら、天に向かって手をかざした。
星がつかめるかもしれない。
優雅に蒸し暑い夜を過ごしていると、人と馬の集団が近づいているのが分かった。
小隊のが来たのか。せっかく気持ちよく過ごしていたのに。
世話役が出てきて兵舎に案内している。
突貫工事で別棟は立派な兵舎になっていた。
休まず駆けて来たのか、みんな疲れ切っている。
その姿を優雅に見つめていると一人の剣士がアリアに近づいてくる。
剣士は久しぶりだなと声をかけてきた。
同期で序列を授かった幸せ者だ。
そして、私をグリンデルのところまで連行した男だ。
忘れてはいない。
アリアは挨拶を返さずにつま先でタライの水をかけようとするが当たらない。
諦めると剣士は水で濡れた縁側に腰かけた。
「ここは暑いな」剣士が言うと、「知ってるわ」と剣士を足で体を押して遠ざけようとした。
剣士は難なく足をはねのける。
剣士がいい加減にしろと言うので止めてやった。
剣士が言う。
「俺たちは近々にお前らの指揮下から抜ける」
「臨時議会が開かれる。そこで軍務相が押し切る。国では大隊の編成が準備中だ」
アリアは軍務相の事を思い出す。強硬派の中心人物。執行人制度の廃止を唱える者達の急先鋒だ。
しかし、王が軍を動かす許可を出したのか。
「軍はディートスとその一味の討伐を行う。大隊の編成が完了したら東国からの防衛即応準備で国境付近まで移動させる」
軍務相の権限の範囲か。しかし、ディートスの目論見も居場所も分からないのに何故。
剣士は立ち上がると、旦那によろしくと言って兵舎へ向かった。
私たちが役に立たないと言いう事で、軍が先んじて問題を解決。
東国の一部と対立すれば、予算も人材も獲得できる。ついでに東国に剣士派遣先の市場が出来るかもしれない。
そして、念願かなって私たちを解散に追い込むことが出来る。無能無策の集団として糾弾するだろう。
筋書きは東国だけではなく国も舞台に作られているのか。
間者の女とグリンデルはいつまで持ちこたえることが出来る。
あの男を村で逃がしたのが悔やまれる。
アリアは椅子から立ち上がると足でタライを跳ね除け水を庭に捨てた。
ナタリアが虫よけの香の出来栄えを見に来たところだったが、その姿をみた瞬間、部屋に急いで戻った。
今度は首を絞められるだけでは済まされない。
ガーランドは泊まっていた町から転々と町を移動していた。
訳ありで護衛を頼む人間を探す。
足で稼がなければならないが、この近辺は傭兵の仕事が少ない。
誰かに取られているかもしれない。
東に位置する町に入った。山間だが商隊の休憩地点になっている。
ここで護衛が終わる者、始まる者。他の町よりかは仕事がある。
町に入ると声をかけてくる男がいる。聞いた声だ。
「久しぶりだな」
男は言った。リリスと商隊護衛で何回か一緒になった男だ。
リリスに手を出そうとして回し蹴りを食らって気絶した男だ。よく覚えている。
「これから商隊と発つ。こっちは足りたが次の便があるらしい。話を通してこうか」
傭兵同士で馬が合うと何かと助け合う。金が良くても信頼のおけない人間とは一緒になりたくない。
ガーランドは礼を言うと、話だけきいて金額が合わないと言って断った。
男は相場が下がっているから選り好みは止めておけと言った。
「もっと高値の仕事は無いのか」
ガーランドが言うと、斡旋所で依頼を掲示するのに断られた男が居たと言った。
いくらでも出すと言っていたが、身分証と護衛の行き先を言わなかったから、担当官が許可しなかったそうだ。
「止めておけよ。お尋ね者と相場が決まっている。もめ事に巻き込まれるのがオチだ」
そう言うと時間だと言って別れた。
ガーランドが礼を言うついでに男の特徴を聞いた。男は考え込むと「どこにでもいるような顔」といった。
ガーランドが斡旋所に入ると閑散としている。昔のような人だかりは無かった。
確かに、本当に仕事を探すならさっきの男の紹介にのるくらいしかない。
これが平和と言うものなのか。
いつもならさっさと町を出るが、さっきの訳ありの男が気になる。
窓口で男の事を聞くと、衛兵の詰所に報告したと言う。
最近では怪しい人間は通報しておくのだそうだ。
窓口の担当官は、男は身分証を無くしてエンデオ領に帰るつもりだと言っていた。
デンデオのとこだと問うと答えに詰まり、金はあるんだと財布を見せてきたと。
ガーランドは男の居場所を聞いた。
金を持っている割に安宿は何処だと言ったので、職探しの人間が集まる宿を紹介したと言う。
担当官は個人のやり取りには口を出さないが、相手が罪人なら共犯で牢獄行きだと忠告した。
ガーランドは礼を言いうと最後に担当官に聞いてみた。
「俺の事も衛兵に報告するか」
担当官はガーランドを見ずに、時間外だと言って窓口を閉めた。
ガーランドが安宿に向かっていると、途中の酒場から大声が聞こえてくる。こっちは活況だ
安い酒に安い食い物。仕事にありつけなかった憂さ晴らしをする。
ガーランドもそんな時があったと懐かしんだ。
「仕方あるまい」
そう言って酒場に入ると一番安い酒と料理を頼んだ。
ティファニア達の護衛で金はある。
しかし、傭兵である以上、仲間と一緒に仕事のない悲しみを共にするのだ。
ガーランドが大いに飲み大いに食べていると、隅のテーブルの男たちに話しかける男が居る。
傭兵がしつこいと怒鳴ると、他のテーブルの傭兵達に話しかけるが無視されている。
店の主人が見かねて店から追い出した。
ガーランドが主人に聞くと、斡旋所から追い出された男だそうだ。
傭兵連中の耳は早い。皆怪しい人間とは取引しない。
ガーランドは主人に勘定を頼むと、男の後を追った。
ガーランドは男の後をつけたが、どうやら一人の様だ。
宿に入る手前で男に声をかけた。
振り返った男は確かにどこにでもいるような顔だが、陰鬱で目の下にクマが出来ている。
眠ることが出来ないでいる様だ。
「あんた、護衛する人間を探しているんだってな。話が聞きたいんだが」
そう、ガーランドが言いうと男の顔は爽やかに晴れ渡った。