古着屋
ミストラはリリスとの合流地点に着くと、地面に腰を下ろした。
湿地が近いのかカエルの鳴き声がする。
正直言って眠い。火の番をしてリリスが出て行くのを見送るとここに来たわけだ。
事務員の時には定刻で上がって家で湯につかると、飽きるまで本を読んで寝ていた。
学校では剣の腕前は良かったが、史学を学んでから文官を目指すことにした。
国は三百年から戦争をしていない。西方では小競り合いしか起こっていない。
その理屈が分かり始めてから、枝葉の知識にまで興味を抱いた。
よく先生の家に上がり込んで、朝まで質問攻めにしたものだ。
先生ごめんなさい。
文官の登用試験で上位になると、色々な部署をたらい回しにされて現在に至る。
今、思い起こせば初めからここに配属させる予定だったのかもしれない。
どこかで気付いていればこんな事にはならなった。
しかし、最近は歴史の渦中に居ると考えると、楽しくて仕方がない。
不謹慎とは思いつつも、国が三百年の時を経て戦争をするのかもしれない。
人は歴史に学ぶ。そして歴史は繰り返す。
この出来事を記録に残そう。そのためには生き残らなければ。
ミストラは立ち上がると、一言「よし!」と気合を入れた瞬間、背後から「何がよしなんだ」とリリスが言った。
ミストラは驚き悲鳴をあげたが、リリスは黙れと言った。
リリスはミレイラと会え、ある程度の情報を得たが大したものではなかったと言った。
しいて言えば、軟禁され母親から遠ざけられるだけの話だ。
しかし、それとは別にアウロラの話を聞いたそうだ。
エンデオ領の端の町にアウロラが居る。彼女自身がミレイラと会って言ったそうだ。
しかも、こちらの人間に会いたいと。
ミストラはリリスからアウロラの事は聞いていた。もし、会いたいと言うのならリリスと会いたいと言うだろう。
彼女たちとなれば、こちら側の人間なら誰でもと言うことは考えられなくもない。
アウロラの意図が分からない。
誘い出して消されるのか、偽の情報で混乱を引き起こすのか。
ミストラもリリスも、とにかく会わなければ話が始まらないと端の町に行くことにした。
リリスが早速、馬に乗って向かおうとする。
「眠いんですが」ミストラが言うと、意外なことに馬を降りて休むと言い出した。
夜明けまで時間が無い。ミストラが横になるとリリスが隣で西の国々で強い男はいないかと聞いてきた。
うるさい。
仕方ないのでアリアの二番手を紹介すると言いうと絶対だぞと言う。
どこに居るのか知らないが。
いい大人が少女じみた話をする。ふと思ってリリスに年齢を聞いたら年下だった。
ミストラは、この事実にリリスに可愛らしさを感じた。確か妹分が弟と一緒になったんだっけ。
しかし、その事と旦那探しは別だ。自分で手当たり次第に喧嘩をふっかけて探してほしい。
ミストラは暫し眠りについた。
日が昇るとアウロラのいる町へと向かった。
昼にはその町へ続く街道に出たが、行き交う者はいない。
街道は所々陥没している。長らく補修がされていないようだ。
暫く進むと、街道は森に続いている。昔は並木道になっていてのであろう。
遠くには尖塔が見える。町の中心か何かだろう。
森は待ち伏せすするのに格好の場所だ。
入るかどうか迷っていると、街道を外れて道があるのが分かった。
人や荷馬車が通って自然に作られた道だ。
遠くに荷馬車に乗った男を見た。
男を待って話を聞くと、隣のソレイク領から来たと言う。
通行料は高いが町を抜けると近道らしい。
町の様子を聞くと、寂れていて商売するところではない。
治安はいきなり襲われるほど悪いわけではないが、泊る気にはならないそうだ。
街道の道はすでに使われなくなっていて、男が来た道を行けば町の入り口に着くそうだ。
ミストラ達は男に礼を言うと、町の入り口に向かった。
程なく入り口が見えてきた。
雨風をしのぐ程度の小屋がに衛兵が二人いる。暑いのだろう。ひさしの影で椅子に座っている。
ミストラ達が近づくと、座ったままで町に来た理由を聞いてきた。
友人を訪ねて来たと言うと、滞在費と言って金を払わされた。
だらけてはいるが横柄な態度は無く町の事を教えてくれた。
委任統治されて役所は仕事をしているが予算が無い。
だから町は修繕が行き届いていない。
衛兵はいるが夜には居なくなる。彼らも日が沈むこころには街はずれの詰所に帰るそうだ。
巡回もしないし何かあっても翌朝の対応だと言う。
自警団が居るが、当てにするなと言われた。
夜は出歩くな。安宿には泊まるな。
それが彼かからの忠告だ。
ミストラ達は衛兵に礼を言うと町に入っていった。
町に入ると確かに活気が無い。
仕事が無いのか広場の椅子に腰かけ、酒をあおっている者がいる。
繁盛しているのは昼間から開いている酒場くらいのだろう。
申し訳程度に道の補修をしている職人がいる。
全部の補修を終わるのには百年はかかりそうだ。
商店では必要最低限の雑貨が安価で売られている。品質は値段相応だ。
雑貨屋の店主に宿の話を聞くと、やはり安宿には泊まるなと言う。荷物がなくなるのは当たり前だそうだ。
町の中央に宿があり、相場の二倍のはするが傭兵を雇っていて安全で快適だそうだ。
長距離を移動する商隊が使う。通行料に滞在費。安全の提供が町の主な収入源だ。
店主に古着屋は無いかと聞くと、通りから奥に入ったところにあるそうだ。
話しの礼に、心もとなかったランプの油を買うと古着屋に向かった。
店主の話の通り、通りの奥まったところに古着屋があった。
こんなところで客は来るのか。事実、誰もいない。アウロラさえいない。
ミストラとリリスが店が違うのではないかと話していると、奥から一人の青年が出てきた。
奥で型紙をとっていたそうだ。
青年は待たせたことを詫びると「姉さんのお客さんですね。来ると聞いていました。上に姉さんいます。おあがりください」
リリスはミストラに、アウロラに弟が居るのか聞いたが知らないと答えた。
そもそも、存在自体が謎なのだから。
二人は青年に案内されて店の二回に上がった。
リリスは罠かもしれないと思いつつ、剣の柄に手をかけるが青年はいたって普通で、二階に複数の人間の気配はしない。
青年が部屋の扉をノックして来客を告げると女の声がした。
「ぞうぞ。お通ししてください」
アウロラの声だ。
青年は下階に降りてゆく。
ミストラ達が部屋に入るとアウロラが椅子に腰かけて窓の外を見ている。
ゆっくりとこちらを向く。
「お久しぶりです。そちらの方は初めましてですね」
そこには疲れ切ったアウロラの姿があった。