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第三王子は聖女が気になるようです

作者: リンゴスキー

とある大陸の南側にノーズワルド王国という国がありました。

お話はその国の第三王子から始まります。


15歳の彼はもういい年齢にもかかわらず婚約者がいませんでした。

彼が拒否したからです。


ベルムというその王子はあまり頭の出来がよくありませんでした。

よくないというと少し語弊があります。

上の2人の王子と比べると頭がよくありませんでした。

というか上2人が良すぎました、ベルムは貴族や王族で言えば普通くらいで、ベルム本人もそれを認識していました。


ですがやはり、王となるには不足していました。

もし上の兄2人が何らかの不幸になった場合、自分は公爵家から人を呼んでその人に王になってもらおうとまで考えていました。

拒否されたら王政を辞めて重鎮を中心とした議会制に移行宣言をするつもりであるくらい本気でした。


「だから健康には気を使ってくれよな。兄さんはまた少し瘦せたのでは?」


なんなら口に出して公言していました。

自分が婚約者を作らないのもそのためでした。

流石に本人にその気がなくとも、第三王子となればそれなりに格式高い家の令嬢と婚約することになるでしょう。

もしそんなことになれば、婚約者の実家がどんな思いを秘めているかわかりません。

兄たちに警戒される事も嫌でした。


「だがな、アリーダも心配しているのだよ」


妻も心を砕いている。

24歳の第一王子はそう語ります。

まだ彼らの父上であたる王様は来年40歳を迎える年齢で、バリバリの現役でした。

24歳の第一王子は他国からの使者への対応で経験を積む毎日です。


20歳の第二王子は王都より少し離れた王家の直轄領で税制や法律の改革の試験を行っています。

失敗しても直轄領ですので、何かあれば税率を戻すなり下げるなり、最悪反乱がおきても王軍を放り込めば済むからです。

こうして積み重ねた経験をまとめ、第一王子が戴冠した際にはその集大成を奏上する予定でした。


つまりノーズワルド王家はそれなりに安定していました。第三王子が婚約者不在である点を除けば。


「しかし…」


王家は家族仲が良好でした。

第一王子もその伴侶も、本心から自分の事を想ってくれているだろうことはベルムも理解していました。

何か上手い言い訳はないだろうかとベルムは適当な言葉を並べながら考えます。


「俺の初恋は義姉上でしたからね。どうしても比べてしまいます。あまり同年代に興味がもてないんですよ」


第一王子の伴侶たるアリーダは公爵家の出身なのですが、キリリとした感じの美人でした。

目力が強いというか尖った印象がある彼女ですが、スタイルも良く、身内には公の場でなければ優しい女性でした。

ベルムも義理の弟であるため、当然身内に含まれます。


「確かにアリーダは昔から美人だったからな」


第一王子は政略結婚の割に伴侶たるアリーダとは仲睦まじく、弟の発言に腕を組み「せやな」といった雰囲気で頷きます。

ちなみに先のベルムの言葉は100%嘘でした。

当時公爵令嬢だったアリーナが魅力的な女性であった事は確かですが、彼のテーマは癒し系でした。

第一王子もなんとなく察していました。

つまり茶番でした。


第一王子は腕を組んだままウムムと知恵を回します。


「そうだ」


何か閃いたようです。


「北方の聖女の噂を聞いたことがあるか」


「はぁ」


突然の別方向への切り替えしに、ベルムは気の抜けた返事を返します。


確か、北方辺境伯の末の娘にそんな噂がありました。歳は2つ下の13歳だったはずです。


この国は大陸の海に面した南側にありましたが、当然国の中で東西南北があります。

国の形は地図上では四角形に近いのですが、北側は高い山脈があり、国の平均としては温暖なのですが北領は雪国という気温変化の大きい国でした。

オーストラリア大陸みたいなものです。


「ドラゴン・ラインですか」


ベルムは聖女云々よりも、その土地について思いを馳せます。

この世界には魔法があり、自然界には魔力がありました。

人類は食糧だけを食べれば生きていけますが、自然界には空気中の魔力も摂取するように進化した生命もいます。

その内特に食糧と魔力で魔力側の摂取に偏っているのがこの国の北領に生息するトカゲの進化系…つまりドラゴンでした。

おそらく山脈の土地は大地の奥深くに流れる大きな魔力の流れが噴き出す間欠泉のようなものがあり、食糧の少ない冬山で大量にドラゴンが生息していると考えられています。

このドラゴンはタチの悪いことに、生物学的に雑食で肉がまずく、可食部も体積に対し少ない人類を捕食することを好みました。

できれば1匹残らず今すぐ死滅してほしいくらいには厄介な存在です。


人類が滅んでいないのは北の山脈ほどの濃度の魔力が溢れる地帯でなければドラゴンはそもそも生きていけないからです。

しかしそれはそれとして、ドラゴンは布で包装されたオヤツ感覚で人類を食べにやってきて、食い荒らしては北の山脈に帰ってゆくのでした。

それはまさしく害獣でした。

ちなみに山脈の南側にはドラゴニア辺境伯家がありますが、他の方向には人類どころか動物すら住んでいないエリアがかなりの広さで存在します。

言うまでもなくドラゴンのせいです。

神の視点で分析すると、ドラゴニア辺境伯が存在しない場合はドラゴンは王都まで飛翔し、そこを食べつくしたら山脈の四方の荒野をさらに超えてその先の人類に襲い掛かったでしょう。


そんな害獣から王都を守り、ドラゴンの進撃を防いでいるのが北方ドラゴニア辺境伯家であり、彼らの住まう地は彼らの功績を誰もが忘れないために家名ではなくドラゴン・ラインと呼ばれていました。


(中央から遠いし、ドラゴンの相手が忙しいと言えば帰ってこなくてもいいか)


ベルムは頭は上の兄2人には劣るものの剣と魔法の才能は見るべきものがありました。

勇気にも不足しない彼は危険な場所に飛ばされるという認識はとくにありません。

彼は第一王子に心の奥まで見透かされており、そのためにこのような話を持ってきたのだなと思いました。

兄には知恵比べでは勝てないのです。だからこんなことになっているのです。


「少し考えてみるよ」


ベルムは弟の顔で答えました。


「辺境伯家の分家が王都に婿入りしてきている。話だけでも聞いてみなさい。時間は取ってもらっている」


「アッ、ハイ」


ちなみに退路はありませんでした。


ドラゴニア辺境伯の分家、グレンダ子爵家の次男は公爵家の分家である同じく子爵のリリウム家に婿入りしていました。

ちなみにその公爵家は第一王子の伴侶の実家です。

逃がさないぞ、という意志をベルムは感じました。


用意のいいことにグレンダ子爵家からリリウム子爵家に来た男は王城に呼び出されていました。

彼はドラゴニア辺境伯からドラゴンの素材を王都に輸入する一番太いラインを持った男でした。

ある意味彼よりも格が高い他の多くの貴族よりも重要な人物です。

第一王子と同じ24歳の彼ですが、国王ですら彼と会談をする際には気を使います。

何故ならドラゴニア辺境伯家は年がら年中ドラゴンと喧嘩をしている国内最強の…いえ人類最強の武闘派だからです。

そんな事はありえませんが、もしドラゴニア辺境伯家が反乱を起こした場合、ノーズワルド王国は数年で滅びるだろうと少なくとも国王は認識しています。



国王は見ているからです。

リリウム子爵家を通してドラゴニア辺境伯家から献上されたドラゴンの牙を。


それは真新しく、成人男性の足の付け根から足先まで程の大きさで、とてつもなく硬く。

そんな牙を持つドラゴンは、きっと特別なドラゴンなんだろうな。と馬鹿でもわかるようなものが毎年届くのです。

年中そんなドラゴンと生存競争を行っている連中を敵に回すほど、歴代の王家は無能ではありませんでした。


婿入りしたリリウム子爵はベルムに相対するとメガネをクイッと持ち上げ一番にこう告げます。


「やめたほうがいいでしょう」


ベルムはズルッと椅子からずれ落ちそうになりました。

もちろん心の中でだけです。


「いきなりだな。訳でもあるのか。こう、末の娘には聖女だとかいう噂があるが」


「末の娘というのは誰もがかわいがるものです」


ですが、と線の細いリリウム子爵は続けます。


「私が王都に婿入りしたのはですね」


リリウム子爵がやや前のめりになり、まるで秘密を伝えるかのように小声で囁きます。


「あの子が、誰からも愛されるあのメアリアが――――」



ドラゴンよりも恐ろしかったからなのですよ。


献上されたドラゴンの牙を見たことがあるベルムは思いました。

まて、あの牙を持つドラゴンより恐ろしい13歳って何だ。


何か逆に興味が出てきたな。


この時「ちょっと見に行ってみるか」と思い立った彼の判断を、後年の自分自身がどう評価するのか。

それは当然ですが、まだ誰にも分りませんでした。



半年後。


北方ドラゴニア辺境領、通称ドラゴン・ラインの北端の砦。

ノーズワルド王国最前線であり、人類で最も苛烈で、最も長く続く戦線にて。


14歳になったドラゴニア辺境伯家の末の娘、メアリアは城壁とも呼べるほど頑強な石造りの壁の上に立っていました。

腰まで続く白金色のふわふわとした髪を風で靡かせ、全身をもこもことした白い毛皮のコートで包むその姿は戦場には似つかわしくない妖精のような出で立ちでした。


彼女が見下ろす雪原には、3000の兵が並びます。

この場にいるドラゴニア辺境伯本家の人間は彼女だけでした。

つまり、彼女がこの対ドラゴン最前線の指揮官でした。


剣も振るったことも無さそうな儚げなこの小娘が。

軍学にも通じてなさそうな、花をめでることだけが好きそうなこの少女が指揮官でした。


兵士の中でそのことに不満を持つものはいませんでした。

彼らは城壁の外で、城壁の上に立つメアリアを見上げていました。

つまり彼らの背中側にはドラゴン山脈があり、もう目視できる位置までドラゴンが迫っていました。

それでも彼らは何一つ不安を抱えていませんでした。


ただ眩しいものを見るように。

愛するものを見つめるように。


メアリアだけを見ていました。

メアリアの、大きくクリッとした青い瞳を見つめていました。


物音ひとつ立てず、ただ3000の呼吸だけが雪原に重く広がっていきます。


「さぁ――」


城壁の上に立つ少女は、友達に話しかけるように口を開きます。


「はじめましょう」


雪原に爆発するかのような鬨の声が燃え立ち、振り向いた兵士たちはドラゴンの群れに突き進むのでした。








メアリアという少女は産まれつき豊富という言葉が陳腐に感じるほどに膨大な魔力を持っていました。


彼女は攻撃魔法に関する適正は完全にゼロでしたが、回復魔法と強化魔法に凄まじい適正を持っていました。

特徴的なのは、その膨大な魔力を使い切ろうとどれほど大規模な魔法を行使しても、全くその魔力が尽きぬことでした。


RPGでいうと、MPが上限の桁まで9で埋まっているうえに、次のターンには必ずMPが全回復しているといった具合でした。

まさしく理不尽を形にしたような少女でしたが、彼女は本来は聖女でもなければ地球のゲームのステータスを持って転生してきたわけでもありません。


メアリアはドラゴニア辺境伯家の悲願の結晶でした。

ドラゴンをこの世から駆逐するという妄執の果てに産まれた存在でした。


長い長い、本当に長いと時と。

多くの失敗作、つまり膨大な死の上に成り立つ奇跡でした。


彼女は生物的には人類でしたが、魔法生物学的には人類ではありませんでした。

つまり摂取する栄養が食糧だけではなく、人工的に魔力も摂取することができる体質をもった生命でした。


彼女は大地の深くまで掘った鉱脈の最奥にある、家屋ほどの大きさの結晶化した魔力との契約を成功させた初めてのケースでした。

その結晶は大地深くに流れる魔力の大いなる流れから無限の魔力を汲み出し続け、メアリアに送り続けます。

そう、メアリアは、極論すれば意志を持った魔力の受信機に過ぎませんでした。


城壁の上に立つメアリアの全身から、緑色の魔力が噴き出し、まるで大樹のように枝分かれしてゆきます。

まさしく魔力の触手でした。

それぞれが指ほどの太さに分岐すると、3000の兵の背中に突き刺さります。


誰もが一呼吸喘ぐ様に息を大きく吐き出すと、ぐん、とその進軍速度を上げました。

兵士一人一人に、幻聴が聞こえ始めます。


――来たな。


――あぁ、来たよ。


――怖い。


――やってやる。


それは兵士一人一人の心の声でした。

全ての兵士の心の声が、全ての兵士に共有されていきます。


――お前、この前の戦いで引退するとか言ってなかったか?


――だって


――姫様が来てるんだ


――あぁ、そりゃあ


「仕方ないよな」


槍を抱えた兵士が言の葉にして空気を揺らします。

異常な光景でした。

ですが、彼らにとっては日常でした。


メアリアは魔力の線を相手につなげることで離れた人物へ回復魔法を発動することができました。

その際につなげた相手の心の声がいつも聞こえていました。

それはメアリアにとっては「最初からそう」であり、普通の事でした。

治療される際に兵士はメアリアの声を聞いた気がしましたが、負傷が原因の幻聴だと思っていました。


最初の内は。


ですが、同時に回復しようと複数の魔力の線をつないだ時にわかったのです。

この線は、回復魔法だけではなく、心の声もつなげてしまう事に。


たったそれだけの事で、3000の兵はドラゴンの大群にすら恐れぬ集団と化してしまったのです。



足の速い小型二足歩行の竜と兵士たちの前線がぶつかります。

小型といっても、竜なので馬よりも巨大です。

ですが大盾を持った者が肩を盾に押し付けるようにその突撃を受け、後ろの者がそれを体当たりするように支えます。


竜の突撃を受けた盾持ちの腕と肩は、当たり前のようにへし折れ砕けました。


「いってぇぇぇぇぇ!!!!」


―――よくやった!!


痛みの感情が伝播するも、竜の群れの先頭が止まった事が――城壁上にいるメアリアが見る風景を共有された全兵士が知りました。

後ろに控えていた槍持ちがすぐさま盾の群れの隙間から躍り出て、竜の喉笛を引き裂いていきます。

痛みに絶叫した兵士はそれでも竜の群れをにらみつけ、絶叫したまま盾に刻まれた魔法陣に魔力を注ぎ込みます。


「てぇぇぇぇ治ったァッ!死ねや!!!」


次の瞬間、背中からカッと熱のようなものが全身を巡ると、折れた腕が、砕かれた肩が元通りになっていました。

大盾持ちの代わりに前に出ていた槍持ちが一斉に伏せると、直後にその背中を1mほどのサイズの火球が通り抜けます。

それは一か所の出来事ではありません。

竜の群れと激突した戦線全てで、全く同時に発生しました。



メアリアは争いに全く向かぬように見えて、事実全く向いてませんでした。

ですが、そんなことはどうでもよいことだったのです。



勢いを失い、槍持ちに喉を切り裂かれ倒れた竜。

そのすぐ背後に控えていた竜の後続へ、火球は激突するのでした。


――騎兵は無視して周りこめ


――飛竜が来る前に大型を狩るぞ


――見ろ、もう飛竜が


――チクショウ、今日は来るのが早くないか


――頼む、魔法隊



「言われる、までもないッ!」


兵士の群れの後方に陣取っていた魔法部隊が既に対飛竜用の魔法を詠唱していました。

長々とした詠唱を、合唱をするように完全にタイミングを合わせて詠唱していました。

30人を超える人間の声が、混ざることなく、クリアに聞き取れるほどにそのタイミングは完璧でした。


――1班から3班は右


――4班は小さいのを


――残りは


――真ん中のデカイのだ!



突如魔法部隊を竜巻の暴風が包み、雪が巻き上げられ彼らの姿が一瞬見えなくなります。

そして弾かれるように雪交じりの竜巻が四散した瞬間。


ぞり


と何かを刻み込むような音と共に。

蝙蝠のような竜の羽、その被膜が裂け――――


轟音と共に飛竜共は頭から雪原に落下したのでした。



「かかれぇぇぇぇぇ!!」


――ァァァアアアア!!!!


最早声にならぬ絶叫が響き、騎馬隊の一部が落ちた竜に挑みます。


『グルルルルル!!』


落ちた竜も絶命したわけではありません、羽そのものが切り落とされたわけではありません。

被膜が切り裂かれ、飛べなくなっただけであり、その凶暴さは一段と際立ち――


そして、ただそれだけの事でした。

新兵に、ベテランがよく言う言葉にもあります。

ドラゴン・ラインではよくあること、と。


もちろん、全ての戦線で人類が有利なわけではありません。

無尽蔵に回復し、全身が強化され、攻撃魔法を使ってもすぐに補充される兵士といえど。

ドラゴンに対しては、それでもあまりに脆弱な存在であることは変わりません。

流石に折れた骨や引き裂かれた体程度であれば数秒で回復する兵も、食いちぎられた四肢は傷が塞がるだけで新しい手足が生えてくるわけではありません。

頭を砕かれるか心臓を引き裂かれれば死にます。


そしてそれは、ドラゴンにとって――――


あまりに簡単な事でもあります。


勢いに飲まれ竜の群れに押しつぶされた隊がありました。

食い殺される兵が居ました。



ある少年兵は――

周りじゅう竜だらけで、足を食いちぎられ、武器も落としてしまい、数秒後には途絶える命でした。

戦友の声も聞こえず、一人竜の群れの中。


原始的な恐怖が湧き出るのは、止めることができません。

恐怖が、全ての兵に伝播します。


それなのに


それなのに


城壁の上でくるくると舞う少女は微笑みます


――好きよ


少年兵はこれが「その時」かと。

歯を食いしばって指先を一匹の竜に向けました。


少年と、全ての兵が感じていました。

今メアリアの意識は、戦場のすべての兵とつながるメアリアの意識は。

同時にたった一人の少年に注がれていました。


――好き


メアリアは、その魔法の特性から人の心に物心がついたころから触れてきました。


――大好きなの


なので、人の心に暗い部分がある事など言われるまでもなく当たり前で


――たまらなく、愛しいの


嫉妬、妬み、怒り


――そんな貴方だから


そして恐怖は、当然のモノであると


全ての負の感情を、メアリアは肯定します


――抱きしめてあげたいくらい


そしてその恐怖に抗う心を持った人間が、大好きなのでした

精神が繋がっているからこそ、そこに繋がっている人間すべてが理解しています

メアリアはこの瞬間、嘘偽りなく、全くの本気で



一度も会話をしたことのない少年に


今から死にゆく少年に





恋をしていました





「あああああ!!!」


少年の指先からちいさな、小指の先ほどの炎が、しかし高速で竜の瞳に着弾しました。


その炎は、体を食いちぎられ、竜に囲まれた恐怖を押し殺して放った炎は。

竜の眼球を弾けさせる事無く

ただその表面を少しだけ炙り

片目の視界をほんの少しだけぼやけさせ


――私の英雄


少年の命を1秒も延命させることなく、その命は大地に散りました。


例えその先が残酷な死であろうと


その行動が、なんの効果がなくとも


――愛してるわ!!


「「「「「  クソトカゲが殺してやる!!  」」」」」


意味は、あるのです


戦場で、あまたの死に精神で触れ合いながら――


少女は頬を染めて愛を叫び。


兵士は怒り狂い竜へと躍りかかります。


その時でした。


「おやめください!」


メアリアのすぐ後ろで、彼女の兵とはデザインの違う騎士が叫びます。近衛兵でした。

次の瞬間、城壁から大剣を担ぎ飛び降りる剣士の姿があります。


彼の名はベルム。


ノーズワルド王国の、第三王子でした。



なんだこれ、なんだこれ、なんだこれ――――


ベルムがメアリアに会おうと思いついてから、彼がここまでたどり着くまでに半年がかかりました。

王子が向かうのですから、当然先ぶれとして王家とドラゴニア辺境伯家でやりとりがありました。

当初、辺境伯は王子来訪に否定的でした。


「我らは多くの対竜戦線を抱えており」

「週に一度は竜の群れの襲撃にあっている」

「命の保証ができぬ」


もっと直接的に言うならば、ほぼ拒否をしていました。

流石に王子を前線に向かわせる気は無い王家はこれに懐疑的でしたが、続くやり取りで辺境伯が何を言っているのか理解し……やはり理解できませんでした。


「当家の末の娘メアリアは、その最前線の砦に常駐している故」


14歳の少女がなんで世界で最も危険な場所に常駐しているのでしょうか。

おもしれー女といったレベルを遥かに超越していまいした。理解不能でした。


「おもしれー女じゃないか」


ただベルム第三王子は、頭の出来は悪くなかったのですが。

いわゆる脳筋だったのです。


そして王子が「やっぱりやめとこうか」という言葉をオブラートに包んだ兄の静止を振り切り、なんと間が悪いことに竜の襲撃日早朝に砦に到着してしまったのです。


あぁ、これは確かに。


「恐ろしいな」


彼もまたメアリアの魔力の枝に繋がっていました。

そして理解します。

戦場のすべての兵と繋がる感覚。

魔力を通したネットワークによる精神の共有。

それはまるで、自分の精神がどこまでも、肉体という檻を超えて広がっていくような。

ありとあらゆる感情が共有され、命の価値は誰もが等しく。

ただそこには兵を愛する末の姫と。

末の姫を愛する兵がいるだけでした。


戦う者を愛し。


死にゆく者を愛し。


後に託して死ぬ者と。


託されて戦う者。


先ほど死んだ若者を、羨ましいとすら勘違いしてしまう。

きっとあの若者は、満足して死んだのだろう。

いや、満足して死んだのだ。

精神が繋がった王子には理解できてしました。

死ぬ瞬間までつながっていたからです。

そしてあの少年兵が死ぬ前に死んでいった者たち。

同じ隊の者たちも同様でした。



そう、愛でした。

死にゆく者達は、愛に包まれていました。

それはメアリアからだけの愛だけではありません。

戦場で繋がった全ての戦友からの愛に包まれていました。


だからこそ、兵はより沸き立ち、死を恐れず戦列を組みます。



――――知らない気配だ


――――昨日まで感じなかった


――――誰だ?


「俺は――」


名乗ろうとした王子は一瞬だけ逡巡し、答えました。



――――俺はベルム




「参戦させてもらう!」


走りながら、王子の目からは涙があふれていました。

感動したからではありません。

恐怖からでもありません。

ただ精神のキャパシティを超えた拡張に、感情の暴走に肉体が耐えられずに涙を流していました。


片手で保持した大剣を肩に担ぎながら竜の群れに肉薄すると、

空いた片方の手のひらを竜の群れに向けます。


――――雷撃魔法の援護だ!


――――突っ込むぞ!!!!


とにかく広範囲に、そして竜だけを目指して王子の手のひらから電撃が走ります。

それは竜を殺すには全く足りず。


けれども竜の群れを一瞬だけ止めるには十分な威力でした。



――――殺せ!


――――殺せ!殺せ!


――――もっと戦果を!!


――――もっと戦果を!!!


――――姫よ


――――我らの愛する姫よ!


――――どうか御照覧あれ


――――我が魂の、燃え上がり、燃え尽きるその瞬間を


――――メアリア!!



誰かの心が末の姫を呼びます。

戦場でなければ、口に出せばもちろん不敬罪で斬首です。

ですが戦場であれば、その心の内であれば、その自由は保障されていました。


――――メアリア!メアリア!!メアリア!!!


姫を呼ぶ心の波が戦場に伝播してゆきます。


――――えぇ!


メアリアも答えます


――――愛してるわ!


誰よりも先頭で竜に挑むもの


不利な味方に駆けつけるもの


手足を食いちぎられた戦友を引きずって下がるもの


戦場が瓦解せぬように、たった数秒の時間稼ぎのために死に飛び込むもの


その誰もが狂おしい程愛おしい


――――みんなみんな、愛してるの!



繰り返しますが、メアリアは全くの本気で本音でした。

本気で恋をしていました。

戦場で、いと高貴なる方が散りゆく兵士1人1人を最後まで見届けてくれる事が果たしてあるでしょうか。

愛を語ることがあるでしょうか。


それが正真正銘、嘘偽り無く、心からの言葉だと、感じ取る事ができるでしょうか。



全身全霊の肯定と


一点の曇りもない愛に包まれることが



――――たまらなく愛しいの!


それは人間賛歌でした。


人として生まれ、生き、死ぬことを賛美する讃美歌でした。


彼女にとって全ての兵士は愛すべき英雄であり。



――――戦いましょう、どこまでも、どこまでも――!!



この高揚の中が、彼女が生を実感できる場所でした。


――――竜を滅ぼすその刻まで!!!





一時間後


襲撃に来た竜は全て倒され。

人類側の死者は557人、戦闘不能者は58人でした。


勝鬨を上げる兵士の中で、王子はぼんやりと空を眺めていました。


「あぁ…」


未だ意気軒高の兵に囲まれた中で、慣れぬ彼は虚脱感に包まれていました。


彼の心の内を一言で言うなら、こうでしょうか。


「終わってしまった」


あの一体感。

名も知らぬ兵1人1人の死に恐怖し、悲しみ、怒り。

生と死の両方に包まれ、助け合い、共に吼え、生きる喜びを分かち合う。


これ以上戦友が死ななくてよかった。

もっと戦っていたかった。

魂が燃え尽きるまで戦っていたかったのに、残っていたはずの魂が、今は燃え尽きてしまったかのようだ。


精神が繋がり、疑似的に高次元の群体生命と化した状態から、接続が終わって一人ぼっちに戻ってしまった。

物理的には周りに人がいるのに、冬の山にただ一人、まわりに誰もいないような孤独感のようなもの感じる。


からんと剣を取り落とし、王子はそのまま動くことができず。

近衛兵が慌てて回収したあと10日ほど廃人のようにぼんやりとしていました。


ふと王子が意識を取り戻すと。

口の中に温かいものがありました。


どうやら粥らしく飲み込んでから自分がどうなっているかを見ると、どうやら自分はベッドの上で上半身を起こして食事をしていたようでした。


「あぁ、よかった。戻ってこられたのですね」


鈴の音のような声に顔を向けると、スプーンを差し出す少女の姿がありました。


「めあ、リア…嬢」


そこに居たのは、妖精のような少女でした。



それからいくつもの季節が周り。


王城に一人の男が謁見に訪れました。


全身を竜の鱗で拵えたその鎧を纏った男は、左腕の肘から先を失っていました。

目は右目が眼帯で隠されていました。


そしてその姿を笑うことができる者は、誰一人居ませんでした。



「以上をもって、竜の根絶を――ここに宣言いたします。王よ」


代替わりした王は苦笑しながら答えます。


「まさかふらっと向かったまま30年も戻らぬとはな」





    お帰り、ドラゴニア辺境伯。



    ただいま、兄さん。




北方辺境領は解体され、開拓団が編成されました。

人類は失った土地を急速に回復していきます。

その最先端には、竜の鎧を纏う男と、妖精のような妻が並んで歩いていました。










おかしい、思ってたのと違う

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