深酒
ピーナッツや瓶詰のオリーブ、アンチョビの缶詰などが次々と開けられた。
「デュラハンったら飲み過ぎよ。魔王様に言いつけちゃうぞ、キャハハ」
「あーやめてやめて。酔いが醒める」
……いや、本当に醒める。魔王様に言いつけるとかガチでやめて。これまで培ってきた私の評価がガタ落ちしてしまう。勤務中に飲酒中。
「それで、なにか聞いてほしい話があるんじゃないの」
「あ、そうだった」
すっかり忘れていた。
「じつは、魔王妃が私と同種族の雌を無限の魔力があれば創りだせると誘惑してきたのだ。もちろんキッパリと断ったがな。フッ」
さっと前髪を手串で整える。首から上は無いのだが。
「分かるー。それは喉から手が出るほど欲しいわよね」
……。
察しがいいぞ! さすがは四天王の一人、妖惑のサッキュバスだ。
「でしょでしょ。だが、魔王妃は信頼できない。信頼してはいけない」
「嘘おっしゃい」
「? うそ?」
嘘などついてはいない。
「デュラハンにとって、魔王妃は信頼できるから相談しに部屋へ行ったのでしょ」
「……」
「わたしよりも信頼しているんでしょ」
上目遣いで見られると返答に困ってしまう。
「いや、そんなことは……」
無いとは断言できなかった。サキュバスの部屋に来ると……勤務中でも酒を勧められて中々帰れないから入りにくいのが本音なのだ。今も隣に座り体をピッタリと密着させてくる。距離感が近過ぎるのが怖い。
「サッキュバスはどう考えているのだ。魔王妃のことは信頼してもいいと思っているのか」
「わたしは信頼しているわ」
「意外だな」
同じ女同士だから敵対しているとばかり思っていた。
「今はよ」
「今は」を強調して言ったのを聞き逃さなかった。
「これからは違うということか」
「違うのではなくて、変わるかもしれないってことよ。揺るぎない信頼関係なんてものは、現状が変れば刻一刻と変化していくわ。良い方向にも悪い方向にも」
「……」
お酒のせいで、ちょっと何言っているのか分かんないや。話がややこしいぞ。
「魔王妃が魔王妃として魔王様に仕え続けるのであれば、信頼は揺るぎようがないわ。でも、魔王妃が魔王様以外と結託して無限の魔力を手に入れようと陰謀を企んだりすれば、信頼なんてしない」
「なるほど」
「なるほどじゃないわよ。あなた次第ってことよ」
「――!」
思わず持っていたお酒を零しそうになった。
「わたしのところに相談に来るなんて、デュラハンも成長したじゃない。今までだったら可愛い女子に目がくらんで自分の意思をコロコロ変えて酷い目に遭うのが『鉄板』だったのに。プッ」
鉄板だったの――! すべらない話――!
酒飲んでなかったら物凄く凹むようなことをサラッと言われたような気がする。
「傷つくようなことを言われても傷つかなくなるのも、成長よ」
「……成長か」
魔王様も、私がどれほどタイトルで叱責してもぜんぜんヘッチャラなのは、成長している証なのか。
「魔王様も成長しているのか。色々と」
PVは成長していないが。とは言えない。笑えない。
「当り前よ。あんな魔王妃と結婚して夫婦円満に生活しているのだから、ここ数百年で考えられないほど飛躍した成長っぷりよ」
「……自己嫌悪だ」
成長してないのは私の方だったとは。
「わたしも成長しているわよ」
「……そうは見えないが」
四天王として着実に力を付けているというのなら……油断できない。
「え、見たい? 少しだけなら見せてあげようか」
そう言って淫らな服装の胸元に人差し指をかけて挑発するのはやめてほしい。R18に引っ掛かるから。
「残念だが、私は金属製鎧にしか興味が無いのだ」
金属製鎧の胸元とか、曲線美とか、細かく彫られた装飾とか、独特の金属臭とか……。あ、皮の鎧もそこそこ好きだった。
「あら残念。でも、だからといって魔王妃の誘惑に負けちゃ駄目よ。人間が全員全身金属製鎧の女子に変わったら、大変なことになるのだから」
「ああ、分かっている」
「よぼよぼのお爺ちゃんも、カッチカチの女子になるのよ。何百人も」
「――!」
そこまでは考えていなかった……。「若返った~!」と喜んでくれるのだろうか。それとも首から上が無くなったと嘆き悲しむのか……。
顔のシワを一生気にしなくていいのは、我らの特権なのだぞ。
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