悩んで成長する
「グヌヌヌヌヌ」
魔王妃の部屋からさりげなく立ち去ったつもりだが、頭の中はさっきの誘惑の声がガンガンこだましていた。
――この機会を無くせば、俺は一生独身――。同じ種族の雌を知ることも触れることもなく一生が終っていくのか――。
「わたしなら出来るわよ」
魔王妃の言葉が鮮明に脳裏に焼き付いて離れない。
「あああ。やめてくれ」
「わたしにしかできないかもよ」
「うふふ、うふふ」
頭がおかしくなりそうだ。これが幻聴か。マインドコントロールか! 魔王妃に耳元でささやかれているような気分だ。
「耳、ないやん」
「……」
幻聴がパッタリと止んだ。首から上はないのに耳元でささやかれるのは矛盾している。
辺りを見渡しても魔王妃の姿は見当たらない。スライムが数匹……私を痛い目で見守ってくれているのに涙が出そうだ。
「デュラハン、悩み事があったら僕達に相談してよ」
「そうそう、話くらい聞いてあげるよ」
「失せろ!」
……スライムに、「失せろ」と言われたぞ……。これでも四天王なのに。シクシク。
魔王様は私に成長していないとおっしゃったのが今更ながらよく分かる。魔王妃に少し誘惑されただけで骨抜きのようになってしまった。職務すらろくに手につかない。窓拭きしていていても、逆に指紋で汚してしまっている。
両手はガントレットだから……指紋も無かった……。
「はあー」
ため息しか出ない。
成長とは一体なんなのだ。これまでの自分と、成長した自分と、いったい何がどう変わればよいのだ。
魔王妃は私にとって、やはり気を許せない敵だ。なんとか口車に乗せて自分の私利私欲を達成しようと企んでいるのが見え見えだ。だが、それは私と変らない。結局は似た者同士なのがさらに自己嫌悪だ。ガッカリしてしまう。
成長するのは今しかない。だが、いったいどうすればいいのだ。スライムに話を聞いてもらうのか? レベル1のスライムに?
いや、待て。相談するのなら他にも仲間がいるではないか。
目には目を歯茎には歯茎を、似た者には似た者に相談するのが最適なのではなかろうか――。
「という訳で、サッキュバスよ四天王の一人として相談に乗ってもらいたい」
「……似た者同士って、腹立つわね。誰が誰と似ているって言いたいのよ」
四天王の一人、サッキュバスの部屋を訪れていた。
「でも、デュラハンの頼みなら仕方ないわ。入って」
「失礼する」
昼間なのに夜のように薄暗い部屋の中にはバーカウンターがあり、間接照明がそれらを美しく照らしている。魔王妃の部屋よりもだんぜん広いのは内緒だ。
サッキュバスは魔王妃とは別の意味で淫らな服装をしていて、こちらも目のやり場に困る。首から上は無いので目も口も耳も眉毛も私には無いのだが、とにかく困るものは困るのだ。大きく開いた背中から、小さな黒い羽と細くて長い尻尾が生えている。
尻尾って、触るとセクハラとかで訴えられるのだろうか。クネンクネンと揺らしながら歩き、カウンターにコップを二つ並べる。
「昼間っから女の部屋ばかり転々としているデュラハンって、素敵」
「よすのだ」
誤解を招くじゃないか。色んな人から。
「給料泥棒ね」
「……」
それなー。給料を盗んだことは無いが、今日は仕事らしい仕事を殆どしていない。まあ、それもこれも元をたどれば魔王様と魔王妃のせいなのだが……。
「なに飲む」
「……お水を」
勤務中だから。最近では勤務中に社用車に乗るのにもアルコールチェックが必要なくらい飲酒について厳しいから……。巷では。
「つまんな~い。それじゃ本音で喋れないんじゃないの」
「……」
サッキュバスの言う通りだ。素面では語れないような問題を抱えている。
「……日本酒をロックで」
「プッ。分かったわ」
軽く笑われた。
カウンターに置かれた丸く大きなグラスに日本酒をなみなみと注ぐ。ツルツル一杯ともいう。表面張力ともいう。
手に持つと零れそうなので、そこへ口元を近づけてすすって飲んだ。
「かー、昼間から仕事サボって飲む酒はたまりませんなあ~」
紙パックの日本酒もグラスに注いで薄暗い中で飲むと、格別な味がするぞ。
「おっさんね、デュラハン」
サッキュバスは真っ赤なワインを同じようにグラスになみなみと注いで飲む。ワインはグラスに満たしてはいけない。
「せっかくのワインの香りが楽しめないだろ」
「酔えればいいのよ」
クイっと一気に飲み干す。細い首がセクシーだ。ゼクシーだ。
「高そうなワインだな」
蓋がキャップではなくコルクだ。冷や汗が出る、千円以上するワインに。
「経費で落とすから大丈夫よ」
聞かなかったらよかった。
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