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第8話 凱旋

続きです

長時間の飛行にも終わりが見え始めていた。最初遠く小さかった都市の城壁も、今ではその規則だだしく整列された姿をはっきりと認識できる距離まで近づいている。

魔力の調整にも慣れ始め安定した速度を出していた筈だったが道のりは長く、逆に始めて都を訪れた時がいかに無茶なスピードだったかよくわかった


ベックルの巨体を落とさないよう慎重に速度を落とし、地面に近づいていく

城門の前には上を見上げあわただしく動き回る人々と武器を握りしめた兵士が立っていた


「お前、そこで止まれ!」


蜘蛛の子を散らすように壁内に逃げて行った民衆に代わってこちらを制止する兵士たちの前にゆっくりと降り立つ。そしてその眼前にベックルの死体を無造作に投げた

地響きが起こり、石造りの城壁が揺れる。門の向こう側では逃げ去る人々と物珍しさで寄ってくる人々で混沌が広がっていた。ケイタは死体の上に立ち、多くの人々がそれに注目する




「エヘェン、あー、私は遠い異国から修行の旅をしているケイタという者だ。先ほど付近を通った際に邪悪な気配を感じ、元をたどったところ巨大な悪魔に出くわしたが死闘の末これを返り討ちにした。ついてはこの都の主に謁見し、然るべき褒美を賜りたいと思う。誰かこのことを地位のある人間に伝えてはくれないか!」


ケイタの発言に民衆はざわめき、衛兵たちは沈黙する。しかし、危害を加えるつもりがないことは伝わったのか両者から警戒の気配は消えた


「ほ、本当にお前がこの悪魔を一人で倒したのか?」


ある衛兵が前に出てそう言った


「そうだ。その証拠に一人で運んできただろ」


「う、うむ。信じがたい話だが…分かった直ぐに王宮に伝えよう。ただそれまではここで大人しくしていてくれ」


男はすぐさま他の衛兵に支持を飛ばし王宮へと走らせる。そしてそれと入れ替わりになって興奮した民衆が波のように押し寄せベックルの死体を取り囲んだ


「おい、これをあんたが倒したのか?」


民衆の中から一人の男が尋ねた


「ああそうとも。"これ"でな」


そう言ってケイタは背中のサーベルを抜き放った。わっと驚きその場にいた全員が後ずさるがすぐに歓声が沸き起こる。民衆の興奮は熱狂となり帯びていた熱がさらなる高まりを見せた

大人しくしていろと言われた以上ここから動くつもりは無かったが、騒ぎを聞きつけた人々が続々と街中からケイタの周囲に集まるうちにいつしかその場は大混乱となる。さすがに恐怖を感じてベックルの死体の上から飛び降りると、人の渦から少し離れたところで騒ぎを見守のだった

そのとき、見覚えのある格好をした人物が人込みの中から出てきた。ずかずかと速足でこちらに向かってきたその人物はケイタの前で仁王立ちする


「これどういうこと? いままでどこ行ってたわけ」


何の知らせもなく置いてけぼりを食らったアルネは明らかに不満げな様子でケイタを問い詰める


「あ、アルネ? いやぁごめん、ちょっと用事があって、こっそり行ってすぐ帰ってくるつもりだったんだけど…」


アルネの目を見れずきょろきょろと視線を動かしながら言い訳を考える


「途中で悪魔に会っちゃってさ…」


「ど、どういうことよ! そもそもなんで一言も私に言わないわけ? 朝起きたらあなたが居ないから一人ぼっちで都まで帰ってきたんですけど」


「いやぁ…それは悪かったけどさ、でも巻き込みたくなかったんだよ」


少しだけ、先ほどよりも不満げな表情が晴れたアルネはふんっと鼻を鳴らすと横たわるベックルの死体と群衆の方へ向き直る


「ねぇ、あれって本当にあなた一人で倒したの?」


「ああそうだよ」


「そう…あなたやっぱり強かったのね」


アルネは顔をピクリとも動かさないまま沈黙する。しかし、その目はどこか遠くの場所を見つめているような気がした


「どうしたらそんなに強くなれるの?」


「え?」


「あなたって普通じゃないでしょ。あなたが女神像に突っ込んで来たとき放ってた魔力は桁違いだったのに、一緒にいた時はそんな力見せないし、私に隠れてこっそり悪魔までたおしてくるなんて…ねぇ、どうやったらそこまで女神さまの寵愛を受けられるの? そもそもどこからきたの? 私は、どうしてもあなたみたいに…な、ならなきゃいけないの!」


気づけばアルネはまっすぐこちらの瞳を見ていた。対してケイタは視線をうつむけたまま考え込む。少しばかりの沈黙の後、ケイタはアルネを正面から見つめ返して口を開く


「言って信じるかはわからないけど、俺は…」


「だめですよ」


一体いつからいたのか、ナギの冷たい声音が背後から響いた


「悪魔がいたということはこの王国にも邪教の手先が入り込んでいるということです。その尻尾を掴むまでは女神に選ばれし者であることを明かすのは避けた方がいいでしょう。ケイタさんは強いとはいえ敵の戦力もまだ未知数ですからね。その女も完全に信用できるわけではありませんからあまり情を移さないように」


ケイタは喉の手前まで出かかっていた言葉をしまい込んで再び口を紡ぐ。ナギの言うことは合理的で、反論の余地は無く、それでいて心の奥深くに冷たく突き刺ささった


「いや、まだ言えないかな…お互いに会って日が浅いし、もう少し秘密にさせて欲しい」


「そう、そうよね、分かった。じゃあ、もし私にできることがあったら何でも言ってね? あなたと比べたら弱いのは自分でもわかってるけど、でもほら、道案内が必要でしょ? この地域の風習とか知らないこととかもあるだろうし、きっとあなたの役に立てるから」


アルネにもはや最初に詰め寄ってきたときの威勢のよさは無かった。声は弱弱しく、自信なさげに訴える


「だからまだ、一緒にいてほしいかなって…」


怯えた様子で他人の反応を窺う少女がそこにはいた


その時、遠くで死体の周囲にたむろしていた群衆に動きがあった。門の入り口から人が引き始め、中から派手な鎧に身を包み刀剣で武装した集団が現れる。彼らは声を張り上げ群衆を払いのけながらも隊列を乱すことなく行進し続ける。そしてベックルの死体の目の前まで来たとき、列が二つに分かれ中心から二人の人物が現れる。一人は王冠を被り壮麗な格好をした人物、もう一人は黒く美しいローブに白髪を肩まで伸ばした壮年の男だった


「おお、なんという…ギャリンよ、これは悪魔で間違いないのか?」


「…間違いございません」


ギャリンと呼ばれた黒いローブの男は深々とお辞儀をする


「して、これを倒したという男はどこに?」


「おそらくはあの者ではないでしょうか」


二人がケイタの方を見つめる。自分が呼ばれていることを悟ったケイタはそのまま魔力を込めて飛び上がる…前にアルネの方を向く


「わかってるよ。これからもよろしく」


そう言って飛び上がったケイタは王冠に壮麗な衣服を身にまとった男、この国の王と思わしき人物の前に降り立った。


「さぁ、落ち着いてケイタさん。相手は恐らくこの国の最高権力者でしょうが、この世界では個人の武力が重要なので多少の粗相なら寛大に流してくれるでしょう。最初は挨拶から行きましょうか」


ナギの助言に耳を傾けながらケイタはゆっくりと国王に歩み寄る


「初めてお目にかかります陛下。私は異国から修行の旅でこの国に参りましたケイタと申します」


この国の礼儀作法について知っていたわけでは無いが、とりあえずケイタは片膝をついて頭を下げる


「うむ。おぬしがこの悪魔を倒したという流れ者の強者か? これほどの醜悪で巨大な悪魔をたった一人で…素晴らしい、実に見事である! この秩序乱れ邪悪が蔓延る世において、我が王国にはおぬしのような女神の寵愛を一身に受けた若者が必要なのだ、無論褒美も望むものを取らせようとも。金、女、領地好きなものを申すがいい」


「ありがとうございます。でしたらまずは…私がこの都で受けた金貨100枚の罰金を帳消しにしていただきたいのです」


「罰金? 何をしたのか知らんが、まぁ良いだろう。あの悪魔が野放しになっていたら損害は金貨100枚では済まんからな。今回の功績をもって罰金は帳消しとしよう。他には何かあるか?」


「しばらくの間都で活動したいと考えているので、住処を提供していただけないでしょうか」


「あーそれは構わんのだが、もっと他に欲しいものは無いのか? そうだ、お前に領地を与え貴族に取り立ててやろう」


国王の提案にケイタは一瞬迷いナギの方を見る


「それは遠慮しておきましょう。国王としては強者をできるだけ自分の国に束縛しておきたいのでしょうが、それでは我々の目標が達成できませんから。そうですねぇ、ここはこういうことにしておきましょうか。ケイタさんよく聞いてくださいね」


沈黙が流れ、その場の全員の視線がケイタに集まっていた


「…陛下、寛大なご提案感謝します。しかし私は旅を続けている身、最終的には北へ向かい、人の世を終わらせんとする邪神と悪魔の軍勢に立ち向かわなければならないのです。これは女神より寵愛を賜りし私の義務なのです」


「むぅ…それはそうかもしれんが」


「そこでなのですが、もしよろしければ陛下に旅の資金や物資を工面していただけないでしょうか。私が陛下の資金提供を受けながら、陛下の名のもとに道中で悪魔や邪教徒を倒したとなれば、それは私だけでなく陛下の貢献であると世に認められるでしょう。当然ながら女神さまもこの献身はご覧になり、陛下は死後も天にて安らかな暮らしを送ること間違いありません。いかがでしょうか? 私にも陛下にも利益になる提案だと思うのですが」


「な、なんとすばらしい! 実に素晴らしいぞ! お前の提案を飲もう、武器でも装備でも金でも必要なだけくれてやろうとも。ギャリンもそれで異論ないな?」


「無論、ございません」


ギャリンが国王に向けて一礼する


「ありがとうございます」


一通りの話を終え、すっかり上機嫌になった国王は派手な鎧を着た供回りの兵士を呼び寄せ再び列を成して宮殿へと帰って行く。一人残った文官と思わしき人物が今日から使えるという屋敷の場所を伝えて立ち去るとケイタはやっと一人になることができた

ベックルの死体を一目見ようと門へ向かう住民や兵士の流れに逆らうようにして、ケイタは伝えられた屋敷へと向かう


「いやー意外とちょろかったですね」


「いやいや、粗相でもして首でも跳ねられたらどうしようかと思ってましたよ。まぁ物わかりのよさそうな人で助かりましたけどね」


ケイタは気前の良いあの国王を思い浮かべた


「しかしケイタさん。あの国王はいいんですがその隣にいた人物、黒いローブをまとったあの男、ギャリンとかいう奴。少し"臭く"はありませんでしたか?」


「臭い? どういう意味ですか?」


「あの男から邪神の臭いがするのです。ベックルと比べてもごく少量でほのかに感じる程度ですが」


「えぇ、僕は何も感じませんでしたけど」


「というかはっきり言ってしまうとこの都全体から、妙な臭いが漂っているんですよ。初めて来たときからうっすらと感じていましたがベックルやあの男の臭いを嗅いで確信に変わりました」


「ぜ、全体から? うーん、そんなこと言っても今日はここで泊まるつもりですし…」


「まだうっすら臭う程度なのですぐに問題にはならないでしょう。ただ警戒はしておいてください。悪魔がいる時点でこの国にもある程度邪教の手先が浸透しているとみて間違いないでしょうから。ギャリンとかいう男は特に要注意です」


「勘違いじゃないんですか? はぁ…」


やっと大方の問題が片付いたと思ったのにまた新しい課題を投げつけれられケイタはうんざりしていた

たどり着いた立派な屋敷の門を開け、中に入ったケイタは真っ先にある場所を探す。そしてそれを見つけたとき、ケイタは靴を放り投げ着ていた衣服をほとんど脱ぎ捨ててその中に飛び込んだ。暖かい毛布を頭まですっぽりとかぶって、ケイタは逃げるように現実から夢の中へと落ちていった



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