第5話 都
書き為があるのでしばらく連続投稿します
「ぐああああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!」
正面から叩きつけられるそれは、もはや風ではなく空気の壁であった
何が起こったのかもわからず、突如として目も開けられない地獄の嵐の中に放り込まれたケイタは体をバラバラに引きちぎられそうになるのを必死に堪える。襲い掛かる大気との格闘は時間にすればほんの一瞬の出来事だったが、ケイタはそれを永遠に終わらない拷問のように感じていた
ふと、少しずつ風が弱まっていくのを感じ、恐る恐る目を開く
そこにはさっきまで間近にあったはずの地面はどこにもなかった。代わりに目に映るのは広大な緑の山々に海。それが遥か彼方まで続き、その果てに地平線があった
ケイタは生まれて初めて見るその雄大な自然の数々に、思わず自分が置かれた状況すら忘れ息をのんでしまう
(すげぇ…)
が、速度を落とし下降を始めた体に気づき我に返ると、何とか姿勢を制御しようと飛行魔法を使うが…
(か、体が…動かない!?)
大地を魔法の力によって蹴り上げ、天高く飛びあがったケイタの体はあまりにも地面と離れすぎており、地面との反発で移動を行う飛行魔法を使える距離ではなかった
ケイタは自分にこのまま落下する以外の選択肢が残されていないことを悟る
「ひあああああああああぁぁぁぁぁ!!!!!!」
頭から落下していくケイタの体は、数回まばたきする間にみるみる加速していった。真下を眺め、ゆっくりとだが確実に迫ってくる大地に絶望しながらも、視界に見慣れない物が映っていることに気付く
それは周囲に広がる緑の山肌とは違う、白い構造物の集まりが不規則ながら円状に集合してる区域だった。あれが旅の目的地である都だとケイタは確信する
そうこうしてる間にも地面との距離は縮み、都はその全体を囲っている美しい城壁をくっきり視認できる距離にまで近づいていた。ここから生き残る方法は一つしかなく、ケイタは覚悟を決める。激突まで後わずかという時、ケイタは大地との十分な距離が縮まったことに賭け飛行魔法を発動したのだった
そしてこの目論見は成功する。ケイタの体は上昇しようとする力に支えられ、落下死の危険は去ったかに思えた…が、それは体に掛かる凄まじい重力と引き換えだった
「……………カッ……………ハッ!」
強烈な圧力に満足に息を吸うことすらできなかった
何度か気絶しそうになりながらも、ケイタの体はジェットコースターのようなカーブを描きどうにか地面すれすれで高度を保つ。そのままの勢いで城壁の上を通過し都市の上空までたどり着いたものの、その時すでにケイタの意識は消えかかっていた
都市の住人に指をさされながらふらふらと空中を漂うケイタが最後に見たものは、広場にそびえたつ見覚えのある姿の石像だった
ゴォォォォン!――――――――
硬いものがぶつかったような音が響き、近くの人々の視線が一斉に集まる。そこには崩れたナギの石像と、白目を剥いて倒れる一人の男がいた
―――――――――――
辺りは薄暗くジメジメとしていて人の気配はない。排泄用の桶だけが置かれた鉄の檻の中でケイタは深くうなだれ、絶望していた。突如、見覚えのある姿が出現する
「ああーーーよかったケイタさんここにいたんですね。まだ魔力の接合が弱くてうまく居場所を追えないんですから、勝手に遠くまで移動しないでくださいよ! いやしかしよくあの状況から生き延びましたね、流石はエリート地球人です!」
「…」
ケイタは何も答えない。まったく生気のこもっていない瞳だけが、ナギの陽気な姿を忌々しそうに見つめていた。
「あれー? ケイタさーーん、女神さまが来ましたよ――――!」
「はぁ…聞こえてますよ。疲れてるんで、一人にしてくれませんか」
「あれー? 冷たいですね…しっかしなんでこんな薄暗い檻の中にいるんでしょうか?」
「そんなん僕が知りたいくらいですよ。まぁここが僕の新しい家なんでしょうね」
「えぇ…」
ケイタは相変わらずナギと目を合わせようとすらしない。どんよりとした近寄りがたいオーラを身にまといながら床のシミに向かってぼぞぼぞと語り掛けるのだった
「魔法も使えないし、体力もないし…もう僕には何も残ってません。もう、なにもできないんですよ…」
あまりにも覇気のないケイタの様子をナギはしかめっ面で見据える。大した怪我のない体とは対照的にケイタの心は致命的な傷を負っていた
「そんなに悲観しないでください。ケイタさんは今魔力を使い果たして憂鬱な気分に襲われてるだけですよ。この程度の檻、本来の力が戻れば簡単に蹴破れるじゃありませんか。ね? しばらく休んだらここを脱出しましょう!」
「はぁ…」
そう励まされたものの相変わらずケイタの心は晴れない。ナギはなぜケイタが都の檻に入れられているのか、そしてこの先の計画について思案を巡らせるのだった
ふと、薄暗い通路の奥から近づいてくる複数の足音が耳に入る。少し経ち、目の前までやってきたそれは腰に剣を下げ手にランタンを持った兵士と思われる男達だった
「おい、出るぞ」
そう短く告げると兵士の一人がカギを使って檻を解放する
恐る恐る扉に近づいていくケイタであったが、外から伸びた手によって無理やり引っ張り出されると二人組の男にそのまま両脇を抱え込まれた。ただでさえ狭い通路を両側から圧迫される形でケイタはそのまま連行される
「あの、俺これからどこに連れていかれるんでしょうか?」
「…黙って歩け」
先頭を行く男がそう告げると一行はとある扉の前で立ち止まった。先ほど檻を開けた男によって扉が開かれると、中から真っ白な光が暗い通路の中に飛び込んでくる。光を抜けた先にあったのは周囲を高い壁に囲まれた中庭のようなところだった
その時、ガチャリという音と共に右足首に何かが装着される
「さて、まだお前の罪状について説明していなかったな。まず都市内で正当な理由なく飛行魔法を使った"魔法乱用罪"次に女神像を倒壊させた"公共物損壊罪"よって女神像の修復費用も合わせた金貨100枚を罰金としてお前に課す」
「金貨…ひゃくまい?」
ケイタにはそれが大金なのかどうか理解できなかった
「そうだ。そして罰金を全額払い終えなければお前の足につけた「魔封じの枷」が解かれることはない。もし再び魔法を使いたければどうにかして資金を工面することだな。以上。よし、こいつを外に連れ出せ」
再び両脇を抱えられどこかへ連れていかれそうになった時、ケイタは咄嗟にあることを思い出す
「ちょっと待ってください! 俺の荷物は、金はどこへやったんですか!?」
「ああそのことなら心配はいらないぞ、ちゃんと罰金の足しにしておいてやったからな」
期待を裏切られ、言葉にはしないもののケイタは落胆する。そのまましばらく歩いて連れて来られたのは大きな門の前、その先には石造りの家が建ち並ぶ街並みがあった。手を前に払うような仕草と共に解放されたケイタは、前科持ちの一文無しとして力なく新天地に踏み出すのであった
―――――――――――――――
都のほぼ中央部にある石畳の大広間。露店が並び、人がせわしなく移動している中、ちょうど端のほうにある目立たない日陰にケイタは腰を下ろしていた
目の前に映るのは広間の中央。そこに静かに横たわっていたのは砕けた石像の残骸。この無惨な亡骸が一体誰のものかは、遠くで転がっている生首から容易に推察できた
「ふーん…まったく、誰がこんな罰当たりなことをしたんでしょうかねぇ」
ジト目で見つめてくるナギに思わずケイタは視線を逸らしてしまう
「しょ、しょうがないでしょ! あの時は魔法使うのに必死で、よけてる暇なんて無いですって!」
「はぁ…ま、今回は寛大なる慈悲の女神の名に免じて許して差し上げましょう。で、さっきの魔封じの枷とかいうのを足に付けられてから何か体に変化はありましたか?」
「ああ、そのことなんですけど…魔法が使えなくなりました。"魔封じ"っていうくらいだからそういうことなんでしょうけど。でもこれ力づくでやればこじ開けられそうな感じはするんですよね、ほらこうやって…」
「こらケイタさん! 下手にいじらないでください!」
足枷の接合部分を引きちぎろうと手をかけた瞬間、ナギが止めに掛かる
「無理やりこじ開けられることに対して何の対策もされていないとは考えられません。下手したら枷が外れた瞬間爆発魔法や毒魔法が発動する可能性すらあります。迂闊に触らないほうが賢明でしょう。それに…」
ナギは続けて言う
「仮に枷を外すことに成功したとして、そこからお尋ね者の状態でどこへ逃げようって言うんですか? 私たちの真の目的、邪神の討伐と世界を救済を果たすためには、まず民衆の支持を集めなければなりません。今やるべきは借金を返済して名誉を回復し、ついでに何か適当な功績を立てて名声を上げることなのです」
ナギの言いたいことは理解できるがこの八方ふさがりな状況でまず何をすべきかケイタには分らなかった
「…でも女神様、魔法が使えなきゃ空も飛べないし雷も起こせないでしょう? こんな状態で功績をあげるったって、何をやったらいいんですか?」
「確かに魔法が使えないというのは由々しき問題です。なので早急に借金を返済する必要がありますが…ケイタさん金貨100枚の返済方法で思い当たるものがありませんか?」
そんなもの急に思いつくはずがなかった。それどこか、有り金をすべて奪われたケイタにとって明日暮らしていくための衣食住を確保することすら難しいのが現状なのだ
ナギへの問いへの答えのつもりでケイタは深くうなだれ、頭を抱える。が、あることを思い出す
「そうだ! ベックルの賞金首!」
まるでその答えを待っていたかのように、ナギはにやりと笑みを浮かべる
「思い出しましたか?確か村長の話だとベックルに掛かった賞金が金貨100枚…丁度ケイタさんの抱えてる借金と同じですね。これを探しに行くしかないでしょう。どこに落としたか大体の検討はつきますか?」
「さっぱりです。でも空から王都が見えたころにはもう手ぶらだったような気がするので、飛び立ったところから近いところにあると思います…たぶん」
「たぶん、ですか。まぁ探し物は私の得意分野なので任せておいてください。ただ誰かが先に見つけたなんてことがないよう、早いうちにここを出ましょうか」
「はぁ、今度はきた道を戻るわけですか…」
「しょうがないですよケイタさん、うだうだ言ってても始まりませんよ」
「わかってますって…でも、その前になんか腹ごしらえしませんか? 僕村出てから何にも食べてないんですけど。女神さまの力で、ほら。パッと出したりできないんですか?」
ナギは呆れた顔でそっぽを向く
「あーあー無理ですよそんなこと。魔法の力は万能じゃないんですから、無から有を生み出したりできませんし、そもそもできたとしても私は基本的に魔法は使いませんから」
どういうことだと言いたげな顔でケイタはナギを見つめていた。
「あれ? 言ってませんでしたか。私が使う魔力は少々特殊なんです。もし下手に魔法を使えば邪神やその眷属たちに私たちの場所が特定される危険性があります。居場所がバレれば奴らは精鋭の悪魔をここに送り込んでくるでしょうから、そうなれば今のケイタさんでは成すすべもなく惨殺されるわけですね。そういうわけで、私は簡単な世界への干渉を除き基本的に一切の魔法を行使することができません! ごめんなさいね」
「はは…そうっすか」
飯抜きが確定した事実に加えろくなサポートは受けられなと知ったケイタの士気は底に落ちかけていた
「もー、落ち込まないでください。ほら、人間って昔は虫とかドングリとか食べてたんでしょ? どーせそこらへんにいっぱい落ちてるだろうし適当に拾って食べればいいじゃないですか」
やる気が底を付き、ケイタは天を仰ぐ。安易な気持ちでナギの手を取った過去の自分を呪い、そしているかどうかわからない神か仏に祈るのだった。この先の幸福と、現状の打開を_________
「ねぇ、ちょっといい?」
突然声を掛けられ、ケイタは反射的にそちらを振り向く。声の主は腰に剣を下げ分厚い革のようなもので出来た鎧を身にまとった、物騒な格好をした女だった。ただ、後ろに縛った真っ赤な髪と凛々しい瞳が野蛮な服装には似合わない美しさを放ち、そのギャップが彼女の存在を周囲から浮かせていた
彼女は少し緊張した面持ちで歩み寄ると、ケイタの傍に立つ。
「さっきから何かぶつぶつ言ってるみたいだったけど…ひょっとして今朝広間に落ちてきた魔法使い?」
見ず知らずの女が自分のことを知っていることにケイタは内心驚く
「ああ…そうだけど。何でそのことを?」
「なんでって、あなた都の有名人よ」
そう答えると女は少しこわばった表情を緩める
「いきなり空から落っこちて女神像を粉々にして、それで傷一つ負ってないんだからみんな不思議に思わないほうがおかしいでしょ。あなた何者なの? どこから来たの?」
「た、ただの旅人だよ。修行の旅をしてて…遠い国から来たんだ。君は?」
「あぁごめんなさい、自己紹介が遅れたわね。私の名前はアルネ。この都で魔物退治専門の傭兵をやってるの。ところで、ひょっとしてだけどあなたこの先行く当てがないんじゃない?」
いきなり図星を当てられ、何も言い返せず、ただ目線を下ろすことしかケイタにはできなかった
「…そうだよ。君の言う通り、俺は一文無しで行く当てのない流れ者だよ」
「ふーんやっぱりそうなのね。こんなところでしょぼくれてるんだからきっとそうだと思った。それはそうと、私今ちょうどコンビを組む仲間を探してたところなの。あなたは行く当てが無くて、私は仲間が欲しい。ここで私たちが出会ったのってもう女神さまの思し召しじゃないかしら。ね? 私と一緒に魔物退治しない?」
ケイタは腕を組み、少しの間考え、そして…
「いや、俺は…」
「ちょおおおっと! ケイタさん! 何断ろうとしてるんですか!?」
言いかけたところでナギに止められる
「いいですか? あなたは今一文無しの流れ者なんですよ、自分の立場わかってます!? 魔物退治とか変な仕事してる奴だなって思ってるかもしれませんが、今はえり好みしてる場合じゃないんですよ。それどころかこの都に来て始めてコネクションを作れるかもしれないチャンスなんですから! それも敬虔な女神教徒の女の子と! 断るとかありえませんから。マジで。せっかくの女神さまの思し召しを無駄にしないように。以上」
ナギが早口でまくし立てると、ケイタはもう一度よく考える。この正体不明の女戦士の誘いに乗るリスクのことばかり考えていたが、どうせ今以上に状況が悪くなり様がないのだし、現状孤立無援の中でコネクションをつくることが重要なのはケイタも分かっていた。ナギの言っていることは正論だった
「ちょっと、無視しないでよ! わ、わかった、報酬は折半にしてあげる。飛行魔法をつかさどる空間の権能なんて滅多にいないもの。こ、これでも文句あるの!?」
「あーそのことなんだけど、悪いな。実は今魔法使えないんだ」
そういうとケイタは枷のついた足を差し出して見せる
「はーん、そういうこと。じゃ、なおさら私と一緒に来るのが一番じゃない。罰金返さないと外してもらえないんでしょう? いくらか知らないけど私と一緒に働けばすぐよ」
拒絶されるだろうと予測していたケイタはアルネの予想外に寛容な姿勢に驚く
「え、いいのか?」
「べつにかまわないけど。魔法が使えなくてもあなたの頑丈さならそれなりに頼りになりそうだしね」
ケイタはアルネに対する懸念がすっと消えていくのを感じた。新しい希望に、前向きな気持ちに後押しされ立ち上がり、右手を差し出す
「そうか、なら一緒に行くよ。俺の名前はケイタ。よろしくな」
「ふふ、よろしく」
手を取ったアルネの顔には満面の笑みがこぼれていた
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