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第3話 救世主

続きです


「さぁ、召し上がってくださいな」


そう微笑みながら語りかけてくれたのはドラントの奥さんだ

テーブルに乗せられた料理は元居た世界の基準で見ても豪華なもので、転移してから何も食べておらず腹ペコだったケイタは喜んで料理を頬張る


「へー、パンにスープ、卵に鶏肉ですか。村の規模が大きいのもあるんでしょうが、これほど豊富な食材が出せるのは土地が豊かな証拠ですね」


前近代的な世界では食の豊富さが豊かさに直結する

ケイタの暮らした、食うものに困らない日本では忘れたられた価値観だった


「ん、うまい!」


見知らぬ土地で食うものがこんなにうまいものかと、ケイタは目の前の料理を頬張る


「ほんとうですか!? いやー喜んでいただけて何よりです」


テーブルにはドラントとその奥さん、そして娘のリーシャが座っていた。食事会の雰囲気はとても和やかで、ついさっきまですべてを奪われかけていたようには全く見えなかった。


「本当にケイタ様には感謝してもしきれませんわ。ほらリーシャもお礼を…」


「あ、お、お兄さん、ありがとうございます」


ドラントの奥さんにせかされリーシャが照れながらもお礼を言う


「いいんですよそんな。俺も素っ裸で行き倒れかけてただけだし、おまけに服も食事もごちそうしてもらっちゃって」


「あの、お兄さんあたしきになったんですけど…」


リーシャが思い出したように言う


「お兄さん裸でこの村まで歩いてきたんですよね? ここに来る前一体何があったんですか?」


ケイタの料理を口に運ぶ手がピタリと止まる。まずい、どう返したらいいものかと女神の方にちらりと見遣る


「うげっ、この娘鋭いですねぇ…て、適当に言い訳しといてください!」


なんとなげやりな返答だろうか。すこし具体的な指示を期待していた自分が馬鹿だったとケイタは思う


「え、えーと。実は…家族に追い出されたんですよ。いろいろあってみぐるみ剥がされて捨てられたんです。ひどい話ですよね? まったく」


「それはひどすぎですよ! か、家族なのに、あんまりです!」


何気なく家族に濡れ衣を着せたが、リーシャがおとなしげな雰囲気に似合わず声を荒らげて訴えたことにケイタは驚く

これが家族に対する普通の感覚なのだろうか。現実世界では家族に対していい思い出が一つもなく、愛情など受けた覚えもないケイタには想像もつかない世界だが


(なんで家族なのにって思うのが普通なのかなぁ…)


「ケイタさん、話を変えましょう。先ほど倒れていた鎧の騎士の素性に関して…」


「いったいどんなご両親だったんですか!? 普段からお兄さんに酷い事をしてたんですか? 他にはどんなことをされたんですか!?」


リーシャが食い気味に迫る


「おい、リーシャ。あまり人ことを詮索しようとするんじゃない、失礼だぞ」


ドラントに諫められたリーシャはしょんぼりとした顔をしていた。ふとケイタは自分の両親について考える。思い返すのは本当に酷い事ばかりだ。しかし…それ以上、具体的なことが出てこない


ケイタは必死で思い返そうとする…が、上手くいかない

酷い事をされた、嫌な思いをしたという感情だけならいくらでも出てくるのに、何をされたかという具体的な説明がまったくできないのだ


ケイタは妙な焦りを抱く

今まで当たり前に入っていると思ってた記憶の棚の引き出しが、実は空っぽだったという不思議な戦慄を感じていた。冷や汗が噴き出し、全身に鳥肌が立つ


(なんだ…俺、今までまともに思い出せもしないことをずっと恨んでたのか?)


「ケイタさん」


女神の呼びかける声が強引に思考に割り込んでくる


「いいですか。あなたはこの世界の救世主なんです。いつまでもここにとどまっても居られません。先に進むために今すぐ倒した鎧の騎士の素性に関して聞いてください。時間がないんです」


これまでとは違う女神の冷徹な声音に、思考の渦から現実世界へと引き戻されたケイタは慌てて言われた通り話を進める


「あ、はは…好奇心旺盛ですね、僕は全く気にしてませんよドラントさん。それより、村を襲った鎧の騎士についてなんですけど、あいつらの正体で何か知ってることはありますか?」


「ケイタ様はあいつらをご存じないのですか?」


ドラントは不思議そうに尋ねる


「鎧の男の名前はベックルです。元騎士ながら邪教の教えに染まり、今は荒くれもの達を従えながらこの近辺の村や隊商を略奪しているろくでなしです。炎の魔法を巧みに操り何度も追っ手を返り討ちにしてきたと評判の男…でしたが、ケイタ様の魔法に比べれば大したことはありませんでしたね」


「ほぉなるほど」


「ああ、それはそれとしてあの男には懸賞金が掛けられていました。なんと金貨100枚です。もちろん、都まで換金しに行くのですよね?」


金貨100枚。それが大金なのかはした金なのかはわからないが、貰えるのならば貰っておきたいところだ


「へー懸賞金ですか。いいですね! あれ、でもどうしたら倒したと認めてもらえるんですか?」


「そうおっしゃると思ったので…首を取っておきましたよ」


「ああ…」


確かに、それが一番手っ取り速いし理にかなってはいるが、生首を抱えなが歩いている自分を想像してケイタはぞっとする


「ただ、時間がたつと首の腐敗が進んで討伐を認めてもらえなくなるかもしれません。都へ向かうには早い方がいいかと思われますが…どうされますか?」


「わかりました。明日の朝にはここを出ます。都って所にも行ってみたいですし、それにいつまでも居候してるわけにもいきませんからね」


「かしこまりました。我々としてはどれだけこの村にいていただいても良いのですが…仕方ありませんね」


ドラントは少し寂しそうな様子だった。

それからは他愛のない話をドラントや奥さん、リーシャとした後ケイタは明日の朝に備えて早めに眠ることに決めたのであった


「ケイタさん、ナイスでしたよ!」


食事会が終わり、用意してくれた空き部屋へ向かう途中。周りに人がいなくなったのを見計らい女神が声をかけてくる


「大丈夫でしたかね? あとここらへんなんか治安悪いみたいですし、俺一人で都までたどり着けるんですかね?」


「ふふふ、あれだけの賊を殺しておいて今更そんな心配を? でもケイタさんは一人じゃありませんよ、私が傍についてますから。ああそうそう、道中でこの世界のルール、魔法に関することもいろいろ説明しましょう!」


「おお! 楽しみにしてます!」


いろいろあったが、ケイタはやっと異世界らしい魔法の話題が出たことに興奮を隠しきれなかった。やっとここから本当の冒険が始まるのだと、ケイタは確信する


「それじゃあケイタさん、お休みなさい」


「はい、また明日。…ああ、それと」


「…なにか?」


「…いや、やっぱりなんでもないです」


口に出す寸前で粉々になってしまったもろい記憶の復元を、ケイタは諦める


一瞬、女神がいつになく鋭い目つきをしていたように見えたが、ただの見間違いだろうと気に留めることは無かった


――――――――――――――――


翌日、朝方にもかかわらず多くの村人たちが見送りのために集まっていた。その中にはもちろんドラントやリーシャもいる


「さぁさぁケイタさん、みんなが待ってますよ。寝ぼけてないで早く!」


「ふあぁ…まぁってくださいよぉ…」


朝早くナギに叩き起こされいやいや支度を済ませたケイタは、半開きの目をこすりながらよたよたと皆が待っている広場へ歩く


「おお、ようやくお目覚めになりましたかケイタ様。さぁ、こちらをお持ちになってください」


そう言ってドラントが手渡してきたのはずっしりとした麻袋だった。


「うーんと、これは?」


「ケイタ様、昨日懸賞金の話をしたではありませんか。それがベックルですよ」


ドラントが何を言っているのかを理解し、寝起きのぼんやりとした頭がはっと覚醒する。と同時に中身を確認しようと袋の口に伸ばした手を止めた


「あー、そういえばそうでしたね。思い出しましたよ」


「それを都まで持って行って衛兵に見せれば懸賞金を渡してくれるはずです。今から出発すれば夕暮れまでには到着するかと。あと…こちらの背負い袋に水と食料を入れておきましたのでどうぞお使いください」


「ありがとうごさいます。何から何まで…」


「なにをおっしゃるんですか! 命を救っていただいたのですから、これくらいのことはさせていただかなければ。あなたにはそれだけの御恩があります」


「…そこまで言っていただけるのはありがたいですね。俺も今回受けた恩は忘れません。皆さんも、どうかお元気で」


「ケイタ様もどうかご無事で。最近は都の方でも物騒な噂を聞きます。魔法の力を持つお方に厄介ごとを吹っ掛ける輩はいないとは思いますが…どうか女神のご加護のあらんことを」


ケイタとドラントは固い握手を交わす。隣にいるリーシャがどこか心細げな表情でこちらを見上げていた。しかし、ケイタは貰った荷物を背負うと都へと続く道を歩き始めたのだった。


「おにーーさーーん! 元気でねーーー!」


ふと振り返ると、少し遠くなった村の入り口ででこちらに手を振っている村人たちがいた。ケイタもまた手を振り返す


「さぁ、多少のトラブルはありましたが…いよいよ冒険の始まりです。ケイタさん、覚悟はよろしいですか?」


「もちろんです、いきましょう」


すこし寂しい気がしながらも、前に向き直ると都へ続く砂利道をまっすぐ歩いていく

前を進むナギの背中を見ながら、ふと、ケイタは今回のようなことがこれからもずっと続いていくのではないかという悪い予感を抱いていた

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