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第2話 窮地

続きです


少しめまいのようなものを感じながら、ケイタはゆっくりと目を開ける。辺りは鬱蒼とした森林で、どこを見渡しても草と木と土以外は見当たらない。田舎臭い土のにおいに少し懐かしさを感じていた


その時、ケイタは慌てて体を触りそしてあるはずの布の感触が全くないことに気が付く

なんと全裸だった


「おぉーい女神さまー! どこですかー?」


耳を澄ませるが返事はない。代わりに遠くから水の流れる音を拾っただけだ。

雑木林の中で孤立無援、しかも全裸。テレビのサバイバル企画でも水かナイフくらい貰えるだろうに、今ケイタが置かれている状況は最悪だった。


(あぁ…マジかよ。あれやっぱ夢なのかな? てかここ、日本?)


そんなことを考えながらも、妙なサバイバル意識に突き動かされたケイタは先ほど聞こえた水の音に向かって歩く。森で遭難した場合、なんとか水だけ確保して後はおとなしく救助を待つのがいいとネットで聞いたうろ覚えの知識を実践に移すことに決めた。


柔らかい素足に時々石ころやとげのようなものが刺さるが、我慢して歩く。しばらくすると斜面が急になり、目の前に小川が見えてきた。いかにも日本の山奥にありそうな川の源流だ。苔むした岩に足をとられないよう小川に近づき、泥まみれの足を洗う。水を救って飲もうかとも思ったが、前に見た淡水に生息する寄生虫に脳をやられたという動画を思い出し躊躇ってしまう


その時ケイタに天啓が降りた

(これ、さっきのデカい雷を起こせればだれか気が付くんじゃないか?)


自分のIQがこんなに高かったことにびっくりしながら、ケイタはさっそく人差し指を立てて念じた

(雷こい…雷おきろ…雷、雷、雷…)


すると、先ほどと同じように全身のエネルギーが指先に集まっていくのを感じる。徐々に高まる高揚感とともにさらに強く念じ続ける


…がしかしそこまでだった

それ以上念じても何も起きず、念じ疲れたのか高揚感はなくなり代わりに憂鬱な気分に心を支配され始めていた

(もうおわりだよ。俺、ここで死ぬんだろうなぁ…何が異世界だよ、しょーもな)


そのとき、ボーっとみつめていた下流の先に何かを発見した。慌てて目を凝らし、それが小さな家のようなものであり、しかも開けた場所に複数個建っているのがはっきりと確認した


(なんだよ、あるじゃないか! あれは村だ、そうじゃなくても人工物なのは間違いない。たぶん人がいるし、匿ってもらえばいいじゃないか!)


少し周りを見れば気づけたはずなのに見落としていた自分の注意力のなさにあきれながらも、希望が見えたことで憂鬱な気分も少し和らいでいた。気合を入れ、重い腰を上げるとケイタは下流に向かって不安定な足場を下り始める。


__________________



それなりに険しい道の筈だったがケイタは疲れを感じることなく歩き続け、気づけばあっという間に下流の村近くまで到着していた。

村の一軒一軒は石のレンガを積み重ねて作られた古風なものだ。日本の田舎にある家屋ではなく、雰囲気的にはヨーロッパの童話の舞台になりそうな村だった。全裸のため怪しまれないかどうかびくびくしながら村の柵を越えたケイタだったが、ここである違和感に気付く


まずここまで人が一人も外にいないのだ。今は昼間、家がそれなりの数密集しているので何人は外に人がいてもおかしくない筈だがどこにも見当たらない


そして一番目についたのは、数件ほどの家に見られた激しく荒らされたような跡だ


「おぃ…ぉ…しろぉ!」


その時、男の者と思われる野太い声がそう遠くない場所から聞こえる。ただならぬ雰囲気を感じ、急いで声のした方角へと走った


__________



「村にある物資がこれだけだと!? 嘘を付くでない、さっさと隠してる分を出せぇい! さもなくば…わかるであろう?」


「ほ、ほんとうにこれだけです、ど、どうか女子供の命だけは…」


駆け足で来たケイタはそのまま物陰に隠れ様子を窺う。見れば、大勢の人々が数人の厳つい男たちに向かって土下座をしていた。中でも目立っているのは男たちの真ん中で偉そうに仁王立ちしている甲冑を着た男だ。


「ふむ、価値のあるものを差し出せないというなら仕方ない。であれば女子供をもらっていくだけだ」


「そんな!」


甲冑の男が見つめた先には大勢の女性がうずくまって泣いていた。その時、一人の薄汚い大柄な男が少女を引っ張ってやってくる。


「へへ、ベックル様。おらぁもう我慢できねぇでさ、こいつ”ヤっちまって”もいいですかい?」


連れられたのはまだ十代前半くらいの少女だった。目に涙を浮かべながらぶつぶつと何かを呟いている。これからなにが行われるのか、ケイタは一瞬理解が追い付かなかったがすぐに想像できた


「やめろ!私の娘に酷い事をしないでくれ、頼む!」


ケイタは声のする方向へ振り向く。そこでは他の人々が頭を下げる中、一人上等な白いローブを来た男が立ち上がって懇願していた


「誰が喋ってよいと言った!"火剣"」


そう叫ぶと甲冑の男ベックルは腰に下げていた剣の柄を握り、躊躇いなく引き抜く。その瞬間、鞘からは火柱が上がり、その火勢を纏うかのようにして燃え盛る刀身が露わになる。あちこちから悲鳴が上がり、多くのものがおびえて縮こまった

ケイタも例外ではない。まるで手品のような光景に目が釘付けになる


ベックルは剣の先をゆっくりと白いローブの男、少女の父へと向けた


「いや、貴様は確かあの忌まわしい魔女を信仰するこの村の司祭であったな。火あぶりは決まっているようなものだが、普通にやっても面白くないわ。娘が犯される様を眺めさせ最後も娘もろとも葬るとしよう。苦痛に満ちた魂を2つ、我が神に献上することで魔女を信仰した罰を償うがよい」


少女の父は今にも泣き出しそうな顔でその場に崩れ落ちる


「いやだ!パパ助けてぇ!」


少女の懇願も盗賊の男には届かない。圧倒的な体格差に容赦なく押し倒され、身に着けているものを無理やり剥がされようとしている。一部始終を見ているケイタの心はこの惨劇を前にせめぎ合っていた。このまま黙ってみているのかと良心に問われた気がした


しかしどうしようもない。こちらは素っ裸だが相手は多勢で、内一人は炎を自在に操る。考えるまでもなくわかりきった結果を前にケイタはすべてを諦めようとしたが、女神に手を取られ放った電撃の感触が、魔力が、今になって甦る

目の前の状況は刻々と悪くなってゆき、比例して動悸が激しくなる。全身に力が篭り、頭がのぼせてゆくのであった


「あぁ…女神様、私たちは何も悪いことなどしておりません…どうか、どうかお救いください…」


父親の悲痛な声がケイタの心をえぐる。黙っていればいい、余計なことはするなと理性は止めていたが、わけも分からず高ぶり続ける感情に支配された体を止めることはできなかった。衝動のまま、ケイタは物陰から飛び出る


「おいっ!」


その場にいた全員がケイタのほうに振り向く。盗賊からも村人からも奇異の視線が集まり一瞬その場に静寂が流れたが、ベックルはすぐ状況を飲み込んだのかニヤニヤとした顔でこちらを見つめていた


「おやおやおとなしく逃げていればよいものを…家族が捕まってしまったのかな? 素っ裸で立ち向かって来るとは、なんと無力な農民よ」


ベックルの言葉に周囲の盗賊たちからは笑いが起こる。だがケイタには聞こえていない。高まり続ける力によってケイタの脳内は狂気で満たされていた。


「…死ぬがよい」


ベックルがそうつぶやいた、次の瞬間


バゴォォーーーーン!!!

ケイタの指先から迸った閃光はベックルの脳天からつま先までを一直線に貫いた。爆音とともに真っ赤に焼けた甲冑が宙を舞い鈍い音を立てて着地する様を、その場にいた全員が凍ったように凝視する中、ただ一人ケイタだけが次の獲物を睨みつけていた


「ひ、ひぇっ!」


少女を押さえつけていた大柄な男は、次に自分の身に降りかかる悲劇を察知したのか一目散に走りだす。しかし、そうして少女から離れたことがかえってケイタの攻撃から躊躇いを消した


再び閃光と爆音が轟く。さっきまで走っていた男は大地に崩れ落ち、煙を吐きながらその体を震わせていた


「うわあああああああ!!!」


「聞いてねぇよ、逃げろ、逃げるぞ!」


「クソッ押すんじゃね!」


一連の出来事により盗賊たちの士気は一瞬で崩壊した。持っていた武器を放り投げ我先にと周りを押しのけながら狭い路地へと殺到する様は、先ほどの村人への横柄な態度からは全く想像できない無様なものだった


路地に入り切れず手前に詰まってできた肉の団子めがけ、ケイタは体に湧いてきた残りのエネルギーすべてを解き放つ


「うぎゃあああああああああああ!!!」


何人かの絶叫が木霊し、複数人が一度に倒れた。路地の向こうには背中を向けて走り去る数人の影があったが、これ以上の追撃は必要ないだろう。勝負は決したのだ


「はぁ、はぁ…はぁ」


一息つき、緊張と一緒に体の奥にある不思議な力の熱が少しづつ小さくなってゆく。理性を取り戻したケイタは目の前の惨劇を、自分の行いを冷静に見つめていた


(俺がやったんだ、魔法をつかって…でもまぁ自業自得だろ)


ふと、ケイタは周囲から視線を感じる。あたりを見回せば家屋の裏から大勢の村人たちがこちらの様子を窺っていた。この状況でどうふるまったらいいかと頭を回転させるが答えは出ない。

しかし先に反応をくれたのは村人たちの方だった。白いローブの男が前に出る


「あ、あの、我々を助けてくれたのですよね?」


「あ、も、もちろんですよ。いろいろと驚かせてすみません。みなさん怪我はありませんか?」 


「そんな! あなたがいなければ女子供は連れ去られ、私の娘も…死ぬよりひどい目にあっていたでしょう。我々の怪我の心配など必要ありません。むしろ感謝してもしきれないほどです!…あぁ、これをどうぞ」


そういって渡されたのは彼の着ていた白いローブだった。ケイタはありがたく頂戴することにする


「みんな、この方が我々を救ってくれたぞ! 危険は去った、もう出てきても大丈夫だ!」


男の言葉に反応して大勢の村人が飛び出してくる。離れ離れにされていた家族と思われる女性や子供と抱き合う男性たちもいれば、その場に泣き崩れる者もいた。そのような光景が村中に広がってゆく


「申し遅れました。私はこの村の司祭、ドラントと申します」


あ、どうも。といいかけた時、横から小さな体に押しのけられた


「パパ!」


「リーシャ!」


先ほど捕まっていたドラントの娘だろう。二人とも再開を喜ぶように固く抱き合っており、ケイタもとてもこの状況でドラントに話しかけるほど空気の読めない奴ではなかった。


だまって傍で見守ろうと決めた時、背後から強烈な魔力を感じる


「だはああああああああああ、やあっとみつけましたよ!? ケイタさんなーーにやってるんですか!」


振り返った先にいたのは紛れもなく夢で見た、いや現実のような世界にいた絶世の美女だった


「あ、あのときの!」


ドラントが一瞬、奇妙なものを見るような視線を向ける


「あのときのっ…じゃ、ないですよ! どこにもいないから転移場所間違えたかと思って、そこら中探しまわったんですから! じっとしててって私言いましたよね?」


「えぇ? 言ってましたっけ…」


記憶をたどってみれば、転移する直前になにかそれらしいことを言われたような気がしないでもない。ほとんど途切れ途切れにしか聞こえなかったが


「とにかく…僕も全裸で森の中に放置されて大変だったんですよ。とりあえず安全な場所を確保しなきゃいけないですし、村まで下りるくらいはしょうがないじゃないですか」


「まぁ、それは理にかなってますね。今まで見つけてあげられずに放置させてしまった私にも落ち度があると言えなくもないですから。でもこれは…」


女神が見つめる先には煙を放ちながら積みあがった死体の山があった


「実は…」


ケイタはたまたま入った村が賊に襲われていたこと、そしてそれを突如覚醒した魔法の力を使って殺害したことを説明する


「おー! もう魔法を使いこなしたんですね! さすがはケイタさんです。…しかし邪神の信者たちがもうここまで迫っていたとは…事態は思っていたより深刻かもしれません」


「あの…よろしいですか?」


気まずそうにドラントが話しかけてくる


「さっきからなにか一人でぶつぶつとおっしゃっているようですが、なにか困りごとでしょうか?」


「ひとりで? いやさっきから…」


「っ! ケイタさん、まって、その人には私が見えてないんです」


驚くべき事実だった。だが確かに、何もないところから急に人が現れたにもかかわらず、数人がこっちを変な目で見てくるだけなのは反応が薄すぎると気にはなっていたが…


(そっか、そりゃ誰もいないところに大声で話しかけてる奴がいたら変な目で見られるよなぁ)


「ケイタさん、私の存在が知られるといろいろと面倒なので適当にごまかしちゃってください!」


いや、そんなこといわれても…というような目線を女神に送る


「ごまかしきかなそうなら…口を封じてしまいましょうか?」


さすがにそれはまずい。慌ててドラントに向き直る


「あ、ははははは。ちょっとですね、魔法を使いすぎるとですね、幻覚が見えるときがあるんですよ。いやぁ申し訳ない。も、もう正気に戻りましたから」


「は、はぁ…」


さすがに無茶苦茶すぎる言い訳だとケイタは思う。しかしこれしか浮かばなかったのだ。ドラントの顔は引きつっているが、これも彼のためだ。


「いえ、恩人に対して詮索はいけませんね。それより…お名前をうかがってもよろしいですか?」


そういえばまだ名前を教えていなかったのを思い出し、ケイタは言う


「自分はケイタっていいます。どうぞよろしく」


「なるほど、ケイタ様でしたか! この度は村を、家族を救っていただきありがとうございます。よろしければ今夜は家で止まっていかれませんか? お礼といってもこの程度のことしかできませんが、食事も衣服もご用意させていただきますので」


渡りに船、素晴らしい提案に思えた。ちらりと女神の方を見るとニコニコしながら首を縦に振っている


「すばらしい! ぜひともおねがいします!」


「わかりました、ではうちの方に案内しますよ。さぁこちらへどうぞ」


こうしてケイタは自分の救った村で一夜を過ごすことになった。



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