第11話 晩餐会
先に動いたのはマンゼンだった。素早い踏み込みと共に頭部を狙って放たれた横切りを、ケイタは木剣で防ぎそのままマンゼンと距離を取ろうと後ろへ下がる
だがマンゼンはそれを許すことなく流れるような動作で追撃を仕掛け、重心が後ろへ寄り不安定な態勢のケイタを追い詰めていく。上下左右あらゆる角度からの攻撃にケイタは防戦一方になっていた。少なくとも、外野から見れば誰もがそのように評価した
しかし当事者同士の内心は違った。ケイタは最初こそ怯んだものの徐々にマンゼンの動きを見切れるようになり自分の剣術に多少の自信を持ち始め、一方のマンゼンは渾身の初撃を防がれた上に徐々にケイタの反応速度が上がっていているのを見て焦っていた。何より打撃を浴びせるたび岩でも叩いてるかのように全く反動を受けないケイタに、マンゼンは圧倒的な腕力の差を感じていた
決着を付けようと、さらに力を込めて放たれたマンゼンの一撃すらもケイタは軽々と受け止める。マンゼンが諦めず次の一撃を放とうと態勢を変えた瞬間、ケイタの蹴りがみぞおちに突き刺さった
ケイタのより一回り大きいマンゼンの体がいともたやすく転がり、円の縁ギリギリで踏みとどまる。突然の衝撃と痛みをこらえ、再びケイタの姿を捉えようと顔を前に向ければそこには木剣を上段に構え突撃してくるケイタの姿があった
「っ!」
咄嗟に頭を守るように木剣を構えると同時に凄まじい衝撃が叩きつけられた。騎士の基準で見ればやせ型なケイタの体から繰り出されたとは思えないほどの打撃は、騎士団長であるマンゼンであっても何発も防ぎきることはできないと思わせるものだった
しかしケイタは容赦なく、同じように頭めがけて何度も剣を振り下ろした。技術を微塵も感じない力任せの攻撃であったが、それはマンゼンの持つ技量を圧倒するには十分だった。ケイタの猛攻を防ぐため、マンゼンは木剣を支える腕に意識と力を込めるが、それが返って反応の遅れを招いた。同じように上段からの振り下ろしが来ると見せかけて、下からの切り上げが本命だとマンゼンが気づいた時にはもう決着がついていた
手首を撃たれたマンゼンの手から木剣が吹き飛ばされる
撃たれた箇所を抑えてひざまずくマンゼンの目の前にケイタの木剣の切先が付きつけられたのだった
「武器を落としたら負けでしょう? 勝負ありましたね」
「…あぁ、私の負けだ」
いつの間にか数が増えていた観衆も含め誰も何も発することなく、その場を静寂が支配していた
マンゼンは立ち上がってケイタに向かい合う
「お前の強さはもはや疑いようがない。これなら悪魔を単騎で倒せても不思議ではないだろうな。…私とこの場にいる全員が保証人だ」
手首を抑え、背を向けて出入口へと歩いていたマンゼンがふと、足を止めてこちらに振り返った
「今日は決闘に付き合ってくれてありがとう。無理を言って済まなかったな」
「いや、別に…まぁ、いい勝負だったよ」
「いい勝負、か」
そう言い残してトボトボと建物から出ていくマンゼン。それと入れ替わるようにして外野で一部始終を見ていた騎士たちがケイタの周りを囲んだ
「すげぇ! あんたマンゼンさんを負かしたのか!?」
「なんなんだあの桁違いの魔力は! 一体どこにそんな力隠してたんだ?」
「すごいもん見たな…あれなら悪魔を単騎で倒したって言われても納得だ」
「あはは…わかったわかった」
周りに集まった騎士たちは口々にケイタを褒め称え、興奮した様子でどこから来たのか、どうやってそんな力を手に入れたのかなどの質問攻めを始めるのだった
「ケイタさん、用が済んだなら宮殿散策に戻りましょう。ここにいたって時間の無駄ですよ」
ナギにたしなめられ、ケイタはその場を後にすることに決める
「あー悪いな皆、俺もこれから用事があるんだ。話はまた今度にしてくれよ」
「ねーケイター」
人だかりから離れた場所でアルネが手を振っていた。人の隙間を縫うようにして進み、アルネの元まで駆け寄るとそのまま逃げるようにして決闘場を後にした
「何あの魔力!? あなたあんなに強かったの? すごいじゃないマンゼンさんを倒しちゃうなんて!」
「そう? それにしてもあの人って何者なんだ? 近衛隊長とかいってたっけか」
「マンゼンさんは知られてる中ではこの国で一番強い人よ。単騎ではないけど、悪魔の討伐実績もあるすごい人なんだから。私も…お父さんとお母さんがマンゼンさんの友達でね、小さいころからたまに遊んでもらったりしてたんだけど…でも普段は決闘なんて仕掛けるような人じゃないから」
「ふーん、じゃあなんだろうな。俺を見てよほどムカついたのかもな」
ケイタは冗談めかして笑うがアルネは複雑そうな表情でうつむいてしまう
「そ、そんなこと無いはずなんだけど…ごめんなさい、今度聞いておくから」
「じょ、冗談だって。あーほら、まだ宮殿案内してもらう途中だったからさ、続き頼むよ」
「そうね、わかったわ! ついてきて」
アルネは前を向き、再び先頭に立って歩き始めた
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それから陽が落ち辺りが夕焼け色に包まれるまで、ケイタとアルネは宮殿内部や庭園を散策していた
立派な石像や宝石のちりばめられた部屋など様々な場所を見学したケイタは、久々に戦いを忘れ観光地に訪れたような気分を味わっていた
「ケイタ様でいらっしゃいますか?」
突然背後から声を掛けられ、振り向いた先にいたのは眼鏡をかけ整った衣服に身を包んだ男だった
「あーそうです。何か用ですか?」
また面倒ごとじゃなければいいなと思いながらもケイタは要件を訪ねる
「失礼をお許しください。私は国王陛下の秘書を務めているものでして、実はこの度国王陛下の方から今夜の晩餐会にケイタ様を招待するように仰せつかっております。つきましてはこちらの方をお受け取りください」
「晩餐会?」
そう言って男が手渡してきたのはきらびやかな装飾と読めない文字の書かれた手紙だった。ケイタは黙ってそれを受け取るとおもむろにポケットへしまった
「晩餐会へ出席する際はそちらの手紙を持参の上、日が沈んだ頃に宮殿内までお越しくだされば召使が会場まで案内させていただきます。国王陛下は特にケイタ様の参加を心待ちにしておりますので、ぜひともお越しください。では」
用事を終えた男はそそくさと帰って行ってしまう
「へぇすごいじゃない、王様の晩餐会ね。普通は偉い人や功績のあった人しか招待されないのよ? 名誉なことだから絶対行った方がいいわ」
アルネが目を輝かせながら言った
「そうなのか? これってアルネも一緒にいけるのか?」
「いや…私は行けないし、行くつもりもないわよ。そもそも不釣り合いなところだし…」
「そうか…」
「そろそろ日も暮れるし、私は今日はもう帰るね。晩餐会楽しんできて」
「ああ、また今度」
手を振って別れるアルネの背中を見送る
「これはチャンスですよケイタさん。王様や貴族の参加するパーティーですから、彼らと仲良くなればこの王国内での活動はもちろん、もしかするとこの王国の外にまで名声を広げられるかもしれません」
アルネと入れ替わりで現れたナギが、期待たっぷりに言い放つがケイタの心持は暗かった
「いやーそんな社交スキルなんか、期待されたって困りますよ」
「大丈夫ですってぺらぺらしゃべらなくても堂々と英雄らしくしてればいいんですよ!」
ケイタとナギはパーティーが行われる宮殿まで向かうのだった
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宮殿へとたどり着き、待ち構えていた召使いに案内されたのは大きな両開きの扉の前だった
両手に立った召使が扉を開くと、飛び込んでくるきらびやかな光景にしばし目を奪われる。床には広い部屋を埋め尽くすだけの色鮮やかな絨毯が敷かれ、その中央を占有する巨大な白い円卓の上には金色に光る豪華な燭台とさらに盛り付けられた料理が並べられていた
円卓を囲むように並べられた席に豪華な衣装に身を包んだいかにも位の高そうな人物が並び、その中には手首に包帯を巻いたマンゼンの姿もあった。ケイタがきょろきょろとしていると上座に座った王と目が合う
「おおケイタか! 待っておったぞ、さぁここへ座るのだ」
「お待たせしました…失礼します」
「そうそう、あくまで王様には下手に出るように振舞うのですよ」
横でナギのアドバイスを聞きながらケイタは王の隣の空席に座った
「よしこれで全員そろったな。では…ギャリンよ乾杯の挨拶を頼むぞ」
「はっ…では今宵も王の健康と王国の益々の繁栄を願って。乾杯」
ギャリンの合図とともに円卓を囲んでいる人々が一斉にグラスを掲げた。ケイタも見よう見まねで目の前に置かれているグラスを手に取って掲げる
「乾杯!」
挨拶と共に人々はグラスの中身を口に付けた。そのまま料理を頬張るものや談笑を始めるものでテーブルは賑やかになっていった
「そういえば、今日ケイタとマンゼンが決闘を行ったと宮廷の者たちの間で噂になっていたのだが事実なのかな?」
王はケイタの方を見て語り掛けてくる。ちらりとマンゼンの方を見るが何も聞こえなかったかのように料理に手を付けていた。本人がいる中でこの話題は話づらいなと思いつつ王に答える
「ええ確かに。危うくマンゼン殿に頭を打たれそうになりましたが、私が勝利しました」
ケイタは少し緊張しながら言った
「ほぉ、なんとあのマンゼンに勝つとはな! やはり悪魔殺しの名は伊達ではないか、いやしかし優れた騎士同士が互いに力をぶつけ認め合うのは実によいことであるぞ」
「全くでございます陛下。このギャリン含め優秀な者たちが王のもとに集えば王国の繁栄は間違いございません」
「ふっはっはは。そうであるな!」
王が愉快そうに笑い、それにつられて円卓を囲む者たちからも笑い声が起こる。マンゼンもうっすらと笑みを浮かべていた
晩餐会に和やかな空気が流れその後も王の談笑は続く
「…で、シカ狩の当日に立派な鎧と剣を腰に下げた公が現れてな。私はてっきり魔物でも倒しに行くのかと思ったわけだが…」
「ハハハハハ」
王の周囲からは笑いが沸き起こり晩餐会には和やかな雰囲気に包まれていた。王は話し上手でただ聞いているだけでもケイタは退屈しなかった
「大したもんですね。彼個人はそれほど高い魔力を持っているわけでは無いようですが、それでも権力のトップに立って実力ある騎士や諸侯をまとめているのはこの話術や統率力のおかげということでしょうか」
横で晩餐会の一部始終を見ていたナギは王の能力にすっかり感心している様子だった
それからケイタは隣に座った貴族や王と何度か会話をし、大勢いた参加者の顔と名前を覚えようと努力しているうちに晩餐会はお開きの流れになっていた
その場で解散し、華やかな宮殿を出て月明かりに照らさながらケイタとナギは庭園を歩いていた
「いやーそれにしても今日は実に有意義な一日でしたね。特にこの世界の上位の実力者の魔力が測れたのはとても大きな収穫でした」
「僕はもうへとへとですよ。でも晩餐会の料理はこの世界で食べた料理の中で一番うまかったですね」
ケイタがナギと話しながら歩いていると、背後からこちらに近寄ってくる足音が聞こえる
振り返った先にいたのは見覚えのある格好をした男、晩餐会の招待状を持ってきた国王の秘書だった
「ケイタ様、度々申し訳ございません」
「あなたは国王陛下の秘書…でしたっけ? なんの用でしょうか」
「実はこの度ケイタ様に国王陛下から内密のご相談があるのです。私ですら詳細は伝えられておりませんが重要事項とのことで何とぞケイタ様にお付き合いいただきたいのです」
秘書の声音からは並々ならぬ緊迫感を感じていた。ケイタは少し返答に迷う
「…明日じゃダメなんですか?」
「内密のご相談なので今を逃せば当分は機会は訪れないでしょう。なにとぞお願いいたします」
「ケイタさん。私にも内容はわかりかねますがここは付いていくべきですよ。例え罠だったとしてもです」
ナギの助言を受けてケイタは腹をくくった
「わかりました、聞きますよ。それで僕はどうしたらいいんですか?」
「誠に感謝申し上げます。ではこちらを被っていただいて…」
そうして渡されたのは真っ黒なローブだった。ケイタは袖に腕を通しフードを頭からかぶる
「ではこちらへお越しください」
「どこへ行くんですか? 宮殿はあっちじゃなかったでしたっけ?」
「…秘密の裏口がございます」
その言葉を聞き、ケイタは固唾をのんで秘書の後を付いていくのだった
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