005.月の見方
どれくらい経っただろうか。
日に日に世論の焦点は私に向き、ついには名前も住所も顔写真もメディアの目にさらされることになった。アパートのすぐ近くにあった実家にも連日報道陣が詰めかけているらしい。
変わらずさくらは私を匿ってくれている。
夜中にお尻を触られて起こされるのに少しずつ慣れてきてしまった。
月は満ちていっただろう。
「ねえ、さくら」
お風呂上がりに体を拭くさくらに尋ねる。
「私、どうしたらいいと思う?」
「何よ。月のこと?」
さくらは吹きつけるドライヤーに髪をがしゃがしゃと乾かしながら私を見る。私が次の言葉を探して伏せた目は、覗き込むさくらの目とバッチリ合う。
「あんたね。中学のときからそうだけど、あたしのこと見てばっかでどうすんのって。……ま、そこも可愛いとこだけど」
さくらは精一杯の背伸びで私の頭にタオルをかけてくれる。さくらの匂い。
「牡丹さ。あんた月の上から告られてんのよ? わかってる?」
「改めて言われると、なんかすごいね」
「そう、すごいの。世界中があんたに注目してる。超有名人なんだから」
「別に私が何かしたわけじゃないよ、こんな」
「そうね。あんたは何も悪くない。勝手に告られて勝手に月落とすとか言われてるだけ。一体何に負い目感じるわけ?」
「負い目って。だって」
「あーっ、もう」
さくらは焦れたように私の腕を掴むと、服も着ないまま脱衣所から私を引っ張り出してしまう。ちょ。ちょっと。私もまだなんだけど。
「ノリ、部屋にいて!」
リビングでスマホをいじっていた『ノリ』が間の抜けた顔でさくらと私を見る。そういえば裸を見られたのは初めてだった。「ほら行け!」さくらに太ももを蹴られながら『ノリ』は部屋まで退散していく。
「何、どうしたのさくら」
「あんたは!」
さくらは振り向く。
「あんたは、良い子。それはいいこと。でもそれだけじゃだめなんだ。『別に私がなにかしたわけじゃない』って言ったよね。その通りだ。あんた、何もしてない」
さくらにこんなことを言われたのは初めてだった。呆気にとられる私をよそにさくらはまくし立てた。
「そんな牡丹もあたしは好き。言っちゃうとね。あたしにされるがまま。周りにされるがまま。それなのに、『私どうしたらいい』って? 知るか! 自分のすること決めたいなら、それこそ自分で決めんのよ!」
さくらは私の頬を両手で挟み込むようにして窓に向ける。
「まずは自分のこと好きだって言う相手のこと見て! それからどうするか考えんの!」
久しぶりに見上げた月は夜に満ちていて。
太陽にも劣らず、ひときわ輝いていた。