004.月の落とし方
目を覚ました。
寝息とも溜息とも付かない最後の息を吐ききって、そうだった、さくらの家だと二度目の了解。部屋にはさくらも、誰もいなかった。もうお昼が近いのかもしれない。扉の隙間から白んだ光がうっすらと伸びてきている。
耳を澄ませると、リビングの方から声が聞こえてくる。テレビの声。
『──に貯蓄された残燃料、また、送付された映像、宇宙ステーションへ避難した基地局員の証言から、何らかの破壊兵器が月に運び込まれている可能性が高いです。私たちは──』
『そもそもだ。なんだってあんなテロリストに月を占拠されなきゃならんのだ。月衛軍だのなんだの言っていたのはどうなったんだ』
『佐島さん落ちついてくださいよ。……三崎さん、僕も気になるんですがIMDOはなんて言ってるんですか?』
『……イムドは、特定の国による月面制圧を想定していませんでした。現在のロケットの性能では、長距離射程ミサイル等、対地球兵器の発射基地を月面に用意するには何年もかかります。資材だけでなく建築のための機材、工員も輸送しなければなりませんから』
『でも今回は占拠されちゃったわけで。さすがに武装した人が誰も月にいなかったってわけじゃないですよね?』
『はい。勿論。十数名ほどで構成された月衛小隊が基地の護衛にあたっていました。しかし犯人側が基地内にしかけた爆発物と、さらなる破壊兵器の示唆により……』
『嘘ですよね。そんなんで諦めたんですか?』
『そうは仰いますが、月面とはいえ宇宙空間です。そんなところで本当に破壊兵器を使用されたら即研究員の命に関わる。月面基地の完成にも、一体どれほどの歳月を要したことか』
『じゃあそれは仕方ないとしてだ。こうなってはもう犯人の要求を呑むしかないじゃないか。月を落とすと言っているんだぞ』
『実際に月を地球に落とせるか、という部分はまだ議論の余地がありますが、それでも月面基地の破壊は十分可能です』
『その女を警察でもなんでも動員してひっ捕まえて突き出してやればいいんだ。違うか?』
『いやいや佐島さん、それこそ議論の余地ですよ。テロリストの要求を呑むばかりか無辜の一般人を公的に拘束するなんて。憲法十八条違反です。政府がそんな決断下せるはずがない。百歩譲っても任意出頭でしょう』
『こんな状況で任意とか言ってる場合か。そうじゃなくても、どこぞの国の機関がその女を捕まえに来るかもしれん。そうしたら──』
突然テレビの音が消えて、こちらへと向かう足音。私は慌てて掛け布団を深く被った。
「牡丹、もうお昼だよ。そろそろ起きな」
私は今起きたように布団からゆっくりと顔を出して、「んん」と返事する。
「ほら、ご飯食べよ。ノリはもう仕事行っちゃったけどさ」
その言葉に引きずられるように、やっと私は布団から出て体を起こす。「牡丹~」抱きつこうとしてくるさくらを右手で制した。
「? どしたの」
「ううん……。うん、ちょっと熱っぽくて。うつすと悪いから。……汗かいちゃったから部屋着貸してくれる?」
「嘘。大丈夫?」
まっすぐ見つめてくるさくらの目。
気のせいかな、服には『ノリ』の香水の臭いがまだ残っている気がした。