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飲食店員・蛙川  作者: 佐津間 咲月
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「言う」と「伝える」の違いを説明せよ

 僕は今、最高に苛ついている。


春になり、冬眠から目覚めた生き物もいる。

自然が色づき始め、生き物たちもどこか朗らかな表情になっている。

通勤中、道沿いに桜が咲き、綺麗だなーと心に余裕ができた矢先のことだった。


昼下がりの店内にはカタツムリとカメレオンのマダムたちやスイーツ目当てのアルパカ女性二匹、昼休憩をしてるサイの男性サラリーマンが利用している。

ランチ帯の賑わいが落ち着いた頃、僕が出勤し最初の接客だった。

呼び出しベルで呼ばれた卓番には若いチワワとポメラニアン、トイ・プードルの女性三匹が談笑して店員を待っている。

張り付けた笑顔の仮面と爽やかな店員ボイスを装備し、注文を取りに行く。


「お待たせいたしました、ご注文お伺いいたs…」

「これとこれとこれぇー」


チワワがテーブルに乱雑に置かれた春のスイーツメニューに向かって高速で指差し、早く会話に戻りたいのか店員の僕に背を向けた。

そんな早く差されても動体視力の良い生き物だって見逃してしまう。

僕はもう一度注文するよう話しかける。


「すみません、もう一度ご注文をお聞きしてもよろしいでしょうか?」


僕の声でまだいたの?と怖い視線を向け、上体だけ僕の方へひねり、


「これと、これと、これ」


怒りを込めた指差し注文は、ちからが入りさっきよりも大きな音を立てた。

さすがに二回目は僕の目でも指差したメニューは追えたので、安心した。


「ありがとうございます、ご注文を繰り返させていただきます」


案の定、若者三匹は自分たちの話で忙しいらしい。

けれど僕は今、仕事をしている。

僕の思うメニューとお客様が思うメニューが違ったら時間も食材も無駄になる。

省略してはいけない。

今から僕は空気に向かって言葉を発する。


「桜のお花見パフェひとつと、春のよもぎあんみつひとつ、たけのこケーキひとつでよろしいでしょうか?

…失礼致します」


ここで関わりが終わればどんなに嬉しかっただろう。

厨房に戻り、今度はデザートを作る作業が始まる。

デザート作りはホール担当になっているので、僕が、あの、若者三匹のために、腕を振るわなければいけないのだ。

作る気がしない、乗り気がしない、動きたくない。

別の従業員にお願いすることもできるが、見る限り皆自分の作業に忙しいみたいだ。

しょうがない、仏様のような気持ちになって作るとするか…


器と必要な食材を手元に用意し、こころを無にし、ただ工程を間違わぬように作り上げた。


(最高の出来を、今作ってしまうとは)


慎重におぼんに品を乗せ、ピエロの仮面とボイスチェンジャーを再び装備し注文したお客様のもとへ運ぶ。


「お待たせいたしました、こちら桜のお花見パフェと春のよもぎあんみつ、たけのこケーキでございます」


誰がどのデザートを食べるのかわからず、適当にテーブルへ置き、「ごゆるりとどうぞ」と退散する。


ふう、ミッションは成功。

あとは本部へ戻り、上司に今日の成果報告をするだけだ。


なんてスパイの真似事を頭の中で妄想しながら帰路を辿ってると、


「あれ、これ違くね?」

「ほんとだー、あの店員間違えてるじゃーん」


僕が一番聞きたくない言葉を彼女たちは言ったのだ。


「すみませーん、頼んだやつと違うんすけどー」


何を言ってるんだ、この三匹たちは。

注文した商品を確認した上で、「頼んだやつと違う」だと?

もう救いようがない。

店員としての仕事は真っ当したのだから。


僕は外れかけてた装備一式を音速で付け直し対応する。


「大変申し訳ございません、すぐにお作り直しますね」


間違えた注文の品、たけのこケーキをまたお盆に戻し厨房へ戻った。

綺麗なまま食べられることのないケーキは一旦冷蔵庫へ仕舞い、彼女たちが食べたかった四葉ケーキを取り出し、ようやく全員分の商品が揃った。

だが、おしゃべりに夢中な彼女たちは、一向に食べる気配のないのでパフェのアイスは溶けかけ、グラスの縁に滴ってる。

作り手の気持ちも知らずに、今か今かと待ちわびてるデザートが食べられたのは、提供されてから15分頃だった。


飲食店員になってから誰かに何かを伝えることは、ただ単に言葉を発するだけではないと気付いた。


学生時代は友達と話すことについて、何も考えずに他愛のないことを言い合い、自分の好きなように伝えてた。

会話なんてそんなものだと、教わらなくとも無意識のなかで感じてたのかもしれない。


けれど接客業を始めて多くの生き物と関わるようになり、言葉だけを伝えることは、準備をしてない後ろ向きのキャッチャーにボールを投げてるのと一緒なんだと思った。

準備をしていない生き物にどんだけボールを投げても受け取れないのと一緒だ。

ちゃんと相手の方を向いて言葉を伝え、耳に聞こえてようやく“伝えた”と言うのだ。


だが、“伝える”と“言う”をごちゃ混ぜになってる生き物がいる。


だから今回みたいなすれ違いが起き、不要な時間が発生してしまう。

お客様の時間を奪ってしまうことにもなるし、店側も一度お客様に出した商品は廃棄になってしまう場合が多い。


店員と客、両方が協力してこそ成り立つと僕は思ってる。


なにも店員の負担が軽くなるようにしないといけないとは言っていない。

「ありがとうございます」や、「ごちそうさまでした」と一言添えるだけで店員は嬉しいものだ。

仕事だから料理を運んで当たり前、仕事だから空に皿を下げるのは当たり前、と考えてる生き物は、大事な場面で咄嗟に、”感謝と謝罪”が出来ない気がする。あくまで僕の考えだがね。


そんな生き物になりたくない僕は、生き物見知りなりに”感謝”を伝えてる。


頭を何回も深く下げたり、「あざっす」っていう其の国特有の言葉で伝えたり、これでも勇気を出さないと言えないのが僕なのだ。


店員と客との関係性を考えてると、「蛙川、休憩」と店長の声が聞こえ休憩時間になった。


社員割引によって半額になった定食を頼み、食後に先程注文間違えしたたけのこケーキを食べ、食品ロスを出さないようにしたのだった。


今日も僕は苦手な生き物への接客を行った。

この地に生き物が存在する限り、十人十色、それぞれ育った環境違えば常識も違う。

そんなお客様を相手にする店員の役は、本日幕を閉じた。


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