世界のことわり、それは溺愛
最寄りの福生駅から15分圏内、そこに俺が住んでる家がある。
通っている高校からはたったの1駅、だから高校には自転車通学だ。
東京に住んでいます、というには些か田舎な町だが、俺にはこれくらいが丁度いい、人目的にも。
立川から戻ってくると帰ってきたなと感じる、俺からすると立川は都会だ。
そんな町をのんびり歩き、家に帰ってくる。
2階建の1軒家、ばんちゃんの家みたいにこじゃれてないが、家族4人住むには十分な広さだ。
こんなに遅くまで出歩くのは久しぶりだ。
────ダム、ダム、ガコンッ
家の庭からボールをついてる音がする、聞き慣れた音だ。
中学生の時に買ってもらったバスケットゴールから、ボールが網を通る音、こんな時間に?
「あっ!お兄ちゃんやっと帰ってきた!」
バスケットボールを腕と体に挟んで、振り返るのは、川上 琴葉、俺の妹だ。
琴葉は可愛い。身内びいき無しにしても相当なものだ。それに加えて身長も高く、168センチでモデル体型。
髪の長さはミディアムで、方サイドを編み込んでいる。めんどくさそうだが、運動はしても女は捨てないと、戒めでやっているらしい。
入学して間もないが、既に噂で耳にする、川上って1年が可愛くてバスケが上手いと。
俺の妹なんです、鼻が高い。
「ただいま、もう22時だぞ近所迷惑だろ」
「お兄ちゃんが帰って来るの遅いから、ここで待ってたんですー、実質これはお兄ちゃんのせいだね」
「屁理屈ばっか上手くなりやがって、昔の可愛い妹は帰ってこないのかな」
「あー!あー!いけないんだ、昔は良かったとか言われるのが一番傷つくんだからね、お兄ちゃんこそ昔はカッコ良かったのに!」
「うぐ」
俺は盛大なブーメランにより自滅する、妹の上乗せ攻撃込みで。
琴葉はあっと大口を開けている。
「……ごめんね、言い過ぎちゃった」
「いいよ別に、情けないのはわかってるから」
それに琴葉には迷惑ばかりかけてる、同じ中学で1個上の兄が俺みたいなやつになったら、そらイヤだろう。
それでも琴葉はずっと俺の味方だった、普通ならキモい近寄るな、とかいいそうな年頃なんだけどな。
「お兄ちゃんは気が弱いからね、でもそれなりの時もあるんだから、妹のわたしが保証します」
「ああ、ありがと」
「いやーいい汗かいたよ」
琴葉は露骨に話しを反らして、額の汗をシャツを持ち上げて拭いた。
腹が丸見えだけど、引き締まってるな、さすが俺の妹だ。
「冷える前に風呂入れよ、風邪ひくぞ」
「うん、それよりお兄ちゃん……」
「ん?」
「……大丈夫?無理やり誰かに付き合わされたとかじゃないよね?」
琴葉恐る恐るとそんな質問をしてきた。
ずっと友達と遊ぶなんてことしてなかったからな、心配かけたらしい。PINEでも遊んでて遅くなるって送っただけだったしな。
だからこんな時間まで外でシュート練習してたのか、こんな汗だくになるまで。
悪いことしたな。
「心配しすぎ、ちゃんと友達だから」
「──ホントに?学校の人?」
「いや、ゲームの友達」
「そっか……何かあったらわたしに話してね、相談に乗るし、同じ学校だから何かできるかも」
琴葉は少し……いや、結構ブラコンかもしれない。
同じ高校に入学したのも俺がいたから、これでお兄ちゃんを守れるね、と言われた時は情けなくて泣きそうだった。
バスケを続けているのは俺の仇を討つためだったらしい、去年、無事に果たせたみたいだが、今は好きで続けてるみたいだ。
「ありがと、でも俺もそろそろ頑張るよ、いつまでもこのままじゃな」
「──お兄ちゃん!」
俺の言葉がよほど嬉しいのか、琴葉は目をキラキラさせて喜んでいる。感極まってますね。
「家、入ろうぜ?」
「うん!」
琴葉はスキップするかのような足取りで、風呂に直行した。
実際問題、琴葉には多大な迷惑をかけた、俺のせいで裏切り者の妹という烙印を押されたんだ。
学校生活も楽じゃなかったと思う、それでも琴葉は3年間、人気者であり続けた、俺の妹ながら優秀だ。
きっと昔の俺に戻って欲しいのだろう、カッコ良かったっていうぐらいだからな、前のようにいかなくとも頑張ろう。
5分ほどリビングのソファーでゴロゴロしてると、ドアが開く。
「お兄ちゃんお風呂空いたよー」
「はや!ちゃんと洗ってる?」
「いきなり失礼だよこの兄は!今日2回目なの!」
ぷんすか怒る琴葉は湿った髪をタオルで拭いている。編み込みもほどけていて、手足から水が滴っている。
学校の男子がみたら卒倒する艶かしさだ。
「つかちゃんと拭いてから来いよ、床濡れてんじゃん」
「お母さんか!」
「常識的に、俺が後で踏んで嫌な思いするじゃん」
「妹の出汁だよ!?」
「それでオッケーになる理由もわからん、俺はどんな変態なの?」
確かに妹は可愛い、目に入れても痛くない程に。
だからって妹に興奮するかと聞かれればノーだ、著しくノーだ。
なんだよ妹の出汁で興奮するって、毎日の風呂がアブノーマルになるよ。
「……はあ、お兄ちゃんは妹のありがたみが分かってないようだね、こんな素晴らしい妹、他にいないというのに」
やれやれと、両手を広げる琴葉。
「それは否定しないけど、ちょっと世の中の兄の印象を、歪曲してる傾向が残念だな」
「兄は妹を溺愛する、それは衆知の事実、世界の理だよお兄ちゃん!」
「仲の悪い兄弟もいるじゃん……」
「わたしとお兄ちゃんは仲いいよね!?」
ソファーに飛び込んでくる琴葉、髪は湿ってるし腕は拭き残しが多い。
服も濡れてんじゃん、自然乾燥派なの?
「俺はタオルじゃないんだけど」
「お風呂とタオルくらい相性いいよね!?」
「よくわからんけど、いい!いいから、離せよ……もうびっしょりだよ」
「わたしがお風呂ならお兄ちゃんはタオル、さすが、いい吸収力だったよ」
「結局、俺はタオルなんだ?」
「物理的じゃないよ?精神的な話しで、相性のよさを表したんだよ!どんなわたしでも受け入れてくれる……そんなお兄ちゃんは吸水性のいいタオルの様だねって」
「……タオルじゃん、物理的にもしっかり吸水させられてるし」
「そうともいうね」
大きく溜息をついて俺はソファーに体重を押し付ける、有り体に言えば諦めた。
何をいっても煙に巻かれる、お茶を濁される。
天然のように見せかけて、飄々としている琴葉には敵わない。
「ところで学校はどうだ?」
「お兄ちゃんからそんな質問がくるとは……」
「……いいだろ別に」
「わたしは上手くやってるよ、もう友達も5人くらいできたし」
「……なん……だと」
俺が1年かけてできた友達といえば、昨日の工藤実乃莉だけだ。存在感の薄いあの子の瞳は少しだけ辛くない。
といっても一方的に友達宣言されただけだし……
JILLこと黒原 渚はノーカンだよな?いや、ここはカウントしてもいいんじゃ……
「お兄ちゃん?」
「い、いやなんでもない、さすが琴葉だな」
「お兄ちゃんはいないよね?」
サラッと言ったなこいつ、当たり前のように。
友達の人数でマウントか?俺は数少ない友達を大切に、深く関わっていくタイプなんだ、別に友達の人数なんか気にしてませんけども?
「いやいやいやいや、ちゃんといますよ?2人も!むしろ1人でも手一杯なところにもう1人!」
「……ご、こめんね?そんなに必死にならなくても……」
なんだその哀れみの表情は、友達0だと思われていそうだなこれは。
たしかに2日前は0でしたけどね、2日前までは!
「別に?必死じゃないけど?勘違いさせてたら悪いなーと!」
「そ、そうだよね、イジメられてないならそれでいいから」
この子、妹だよな?すでに俺より精神が熟練してるよ、お姉ちゃんって呼んだほうがいいかもしれん。
イジメられてるって言ったら助けてくれるんだろうなぁ……なんて頼れる妹なんだ、兄としての威厳が全くないです。
「なぜ後から産まれたんだ妹よ、頼りづらいじゃないか」
「いくらでも頼ってよお兄ちゃん、ああ……いくら努力しようと兄に足を引っ張られ、それでも健気に頑張るわたし……」
琴葉は儚げな表情を作ると、何もない天井を見つめている。
顔立ちが整ってるやつは全員、表情筋が発達してる説。
「なにその頑張る私かわいい……恋してる私かわいいと、かわいいっていってる私かわいいに、通じるものがあるな」
「……だってかわいいもん」
「兄を前にしていうの?」
「外じゃちゃんと猫被るから大丈夫、兄はダメダメだけどわたし頑張るには、何度も助けられました……」
「間接的に評価落とされてる!?」
「評価の上がったわたしは兄の良さを広め、そして実の兄の奇怪な見た目から、更にわたしの評価は上がる」
「俺がダメならダメな程、妹の株があがってる!?」
「──でも大丈夫。皆が見捨てて、親に見捨てられても、最後にわたしが拾って飼ってあげるから」
「怖っ!物凄い陰謀に巻き込まれてる!」
琴葉はウシシと笑う。
「最悪、お兄ちゃんを貰ってくれる人がいなかったら、わたしが面倒みてあげるから安心してよ、これで稼ぎもなくて、乱暴なら完璧だったのに……」
「典型的ダメな男に引っ掛かる女じゃねーか!バンドマンには気を付けろよ!」
俺の将来よりも妹の将来が心配になってきた。
「最近お兄ちゃん見てたらちょっとダメな男の人のほうが、面倒みがいがあっていいかなって、それでわたし無しじゃいられない人間にするの、そしたらわたし以外愛せないでしょ?」
「エマージェンシー、エマージェンシー!未来の琴葉の彼氏!今すぐに逃げなさい、この娘は危険です!」
全国のバンドマンさんすみません、さっきのは俺の独断と偏見です、気をつけるべきはバスケ女子でした!
「彼女できなかったら、わたしが面倒みてあげるからね?お・兄・ちゃ・ん」
「ヤバイのは俺か!」
このままじゃホントにありえる未来で怖い。
妹の未来の為にも俺が立ち直らないと。
「冗談はさておき」
「切り替え速いね琴葉さん」
「まーね、そうだ聞いてよお兄ちゃん!」
「おう」
何か話したいことがあるらしい、話題がコロコロ変化するんだが、琴葉と話してるとだいたいこんな感じで、俺は慣れている。
「昨日、部活見学したんだけどさ」
「ん?ああバスケ部?」
「そう!1人、上手い人がいたんだよね、わたしより上手いかも!」
「琴葉がそう言うなら、相当だな」
自分より上手い人がいることを、琴葉は嬉しそうに話す。気持ちはわかる、フォートファイトも上手い人とやると楽しいからな。
というのも琴葉は去年、バスケで全国に出場している、2回戦で負けたけど。でも琴葉は4番、チームで一番上手かった、実際に個人の実力としては全国指折りだったはずだ。
琴葉が誰のことを言ってるのか、心辺りがあるな。
「うん、鈴村凛先輩!あの人がいれば今年もいい線いけそうな気がする!」
やっぱり鈴村か、あいつ琴葉が誉めるほど上手かったんだな……あ!あの思わせ振りな態度は、琴葉が妹だと勘づいたからか。
にしても琴葉はすでにレギュラー入りすること前提で話してるな、不遜というか、自信があるというか、まあ絶対にスタメンだろーな。
うちの妹を舐めてもらっちゃ困る。
俺も大概シスコンだ。
「なんだ、また全国狙うのか?」
「どうせならね!去年はお兄ちゃんの仇とったし、今年もやっちゃおうかな!」
全国に出ることが俺の仇だったらしい、しかも1回戦は勝ってるし大金星だ、琴葉の満足げな顔が今でも浮かんでくる。
こりゃもっと上を目指してるな。
「応援するよ」
「ありがと!それでさ、リンリン先輩めちゃくちゃ美人じゃない?」
リンリン先輩というのは鈴村凛のあだ名だ、鈴もリンって読むからリンリンらしい。つかもうあだ名で呼んでるの?部活見学ってまだ始まったばっかりだったよな、琴葉のコミュ力が恐ろしい……
「まあ五ノ神の2トップって言われてるくらいだしな」
「そうなんだ、あのレベルがもう1人……」
「琴葉が入学して3トップになりそうだけどな」
「──もう!お兄ちゃんってば!誉めてもなんもでないよ!」
「いった!」
肩をバシバシと叩いてくる琴葉は満面の笑みだ。
冗談でも誇張でもなんでもない、琴葉なら自然とそうなると思う。
可愛い上に計算もこなす、あざと可愛い琴葉なら、ミスコンで優勝した渚にも届くだろう。
……でも腹黒の渚と違ってあざといだけだからな、ちょいと届かないかも。
「月曜が楽しみだな~」
琴葉はソファーに転がっていたクッション抱えて、メトロノームのように揺れている。俺の方に揺れるたび、ぶつかってくるのも、どこかあざとさを感じる可愛さだ。
それにしても月曜が憂鬱だ、このまま永遠にソファーに沈んでしまいたい。渚に何をされるのか、それともさせられるのか、速くも胃が痛い。
新たなスクールライフに想いを馳せる妹の横で、俺は土夜にも関わらず、◯ザエさん病を発症していた。