表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/69

世界のことわり、それは溺愛


 最寄りの福生駅から15分圏内、そこに俺が住んでる家がある。

 通っている高校からはたったの1駅、だから高校には自転車通学だ。


 東京に住んでいます、というには些か田舎な町だが、俺にはこれくらいが丁度いい、人目的にも。

 立川から戻ってくると帰ってきたなと感じる、俺からすると立川は都会だ。


 そんな町をのんびり歩き、家に帰ってくる。

 2階建の1軒家、ばんちゃんの家みたいにこじゃれてないが、家族4人住むには十分な広さだ。

 

 こんなに遅くまで出歩くのは久しぶりだ。


────ダム、ダム、ガコンッ


 家の庭からボールをついてる音がする、聞き慣れた音だ。

 中学生の時に買ってもらったバスケットゴールから、ボールが網を通る音、こんな時間に?


「あっ!お兄ちゃんやっと帰ってきた!」


 バスケットボールを腕と体に挟んで、振り返るのは、川上(かわかみ) 琴葉(ことは)、俺の妹だ。

 琴葉(ことは)は可愛い。身内びいき無しにしても相当なものだ。それに加えて身長も高く、168センチでモデル体型。

 髪の長さはミディアムで、方サイドを編み込んでいる。めんどくさそうだが、運動はしても女は捨てないと、戒めでやっているらしい。

 入学して間もないが、既に噂で耳にする、川上って1年が可愛くてバスケが上手いと。

 俺の妹なんです、鼻が高い。


「ただいま、もう22時だぞ近所迷惑だろ」

「お兄ちゃんが帰って来るの遅いから、ここで待ってたんですー、実質これはお兄ちゃんのせいだね」

「屁理屈ばっか上手くなりやがって、昔の可愛い妹は帰ってこないのかな」

「あー!あー!いけないんだ、昔は良かったとか言われるのが一番傷つくんだからね、お兄ちゃんこそ昔はカッコ良かったのに!」

「うぐ」


 俺は盛大なブーメランにより自滅する、妹の上乗せ攻撃込みで。

 琴葉はあっと大口を開けている。


「……ごめんね、言い過ぎちゃった」

「いいよ別に、情けないのはわかってるから」


 それに琴葉には迷惑ばかりかけてる、同じ中学で1個上の兄が俺みたいなやつになったら、そらイヤだろう。

 それでも琴葉はずっと俺の味方だった、普通ならキモい近寄るな、とかいいそうな年頃なんだけどな。

 

「お兄ちゃんは気が弱いからね、でもそれなりの時もあるんだから、妹のわたしが保証します」

「ああ、ありがと」

「いやーいい汗かいたよ」

 

 琴葉は露骨に話しを反らして、額の汗をシャツを持ち上げて拭いた。

 腹が丸見えだけど、引き締まってるな、さすが俺の妹だ。

 

「冷える前に風呂入れよ、風邪ひくぞ」

「うん、それよりお兄ちゃん……」

「ん?」

「……大丈夫?無理やり誰かに付き合わされたとかじゃないよね?」


 琴葉(ことは)恐る恐るとそんな質問をしてきた。

 ずっと友達と遊ぶなんてことしてなかったからな、心配かけたらしい。PINE(ピネ)でも遊んでて遅くなるって送っただけだったしな。


 だからこんな時間まで外でシュート練習してたのか、こんな汗だくになるまで。

 悪いことしたな。


「心配しすぎ、ちゃんと友達だから」

「──ホントに?学校の人?」

「いや、ゲームの友達」

「そっか……何かあったらわたしに話してね、相談に乗るし、同じ学校だから何かできるかも」


 琴葉は少し……いや、結構ブラコンかもしれない。

 同じ高校に入学したのも俺がいたから、これでお兄ちゃんを守れるね、と言われた時は情けなくて泣きそうだった。

 バスケを続けているのは俺の仇を討つためだったらしい、去年、無事に果たせたみたいだが、今は好きで続けてるみたいだ。


「ありがと、でも俺もそろそろ頑張るよ、いつまでもこのままじゃな」

「──お兄ちゃん!」


 俺の言葉がよほど嬉しいのか、琴葉は目をキラキラさせて喜んでいる。感極まってますね。


「家、入ろうぜ?」

「うん!」

 

 琴葉はスキップするかのような足取りで、風呂に直行した。


 実際問題、琴葉には多大な迷惑をかけた、俺のせいで裏切り者の妹という烙印を押されたんだ。

 学校生活も楽じゃなかったと思う、それでも琴葉は3年間、人気者であり続けた、俺の妹ながら優秀だ。

 

 きっと昔の俺に戻って欲しいのだろう、カッコ良かったっていうぐらいだからな、前のようにいかなくとも頑張ろう。


 5分ほどリビングのソファーでゴロゴロしてると、ドアが開く。


「お兄ちゃんお風呂空いたよー」

「はや!ちゃんと洗ってる?」

「いきなり失礼だよこの兄は!今日2回目なの!」

 

 ぷんすか怒る琴葉は湿った髪をタオルで拭いている。編み込みもほどけていて、手足から水が滴っている。

 学校の男子がみたら卒倒する艶かしさだ。

 

「つかちゃんと拭いてから来いよ、床濡れてんじゃん」

「お母さんか!」

「常識的に、俺が後で踏んで嫌な思いするじゃん」

「妹の出汁だよ!?」

「それでオッケーになる理由もわからん、俺はどんな変態なの?」


 確かに妹は可愛い、目に入れても痛くない程に。

 だからって妹に興奮するかと聞かれればノーだ、著しくノーだ。

 なんだよ妹の出汁で興奮するって、毎日の風呂がアブノーマルになるよ。

 

「……はあ、お兄ちゃんは妹のありがたみが分かってないようだね、こんな素晴らしい妹、他にいないというのに」

 やれやれと、両手を広げる琴葉。


「それは否定しないけど、ちょっと世の中の兄の印象を、歪曲してる傾向が残念だな」

「兄は妹を溺愛する、それは衆知の事実、世界の理だよお兄ちゃん!」

「仲の悪い兄弟もいるじゃん……」

「わたしとお兄ちゃんは仲いいよね!?」


 ソファーに飛び込んでくる琴葉、髪は湿ってるし腕は拭き残しが多い。

 服も濡れてんじゃん、自然乾燥派なの?

 

「俺はタオルじゃないんだけど」

「お風呂とタオルくらい相性いいよね!?」

「よくわからんけど、いい!いいから、離せよ……もうびっしょりだよ」

「わたしがお風呂ならお兄ちゃんはタオル、さすが、いい吸収力だったよ」

「結局、俺はタオルなんだ?」

「物理的じゃないよ?精神的な話しで、相性のよさを表したんだよ!どんなわたしでも受け入れてくれる……そんなお兄ちゃんは吸水性のいいタオルの様だねって」

「……タオルじゃん、物理的にもしっかり吸水させられてるし」

「そうともいうね」


 大きく溜息をついて俺はソファーに体重を押し付ける、有り体に言えば諦めた。

 何をいっても煙に巻かれる、お茶を濁される。

 天然のように見せかけて、飄々としている琴葉には敵わない。


「ところで学校はどうだ?」

「お兄ちゃんからそんな質問がくるとは……」

「……いいだろ別に」

「わたしは上手くやってるよ、もう友達も5人くらいできたし」

「……なん……だと」


 俺が1年かけてできた友達といえば、昨日の工藤(くどう)実乃莉(みのり)だけだ。存在感の薄いあの子の瞳は少しだけ辛くない。

 といっても一方的に友達宣言されただけだし……

 JILL(ジル)こと黒原(くろはら) (なぎさ)はノーカンだよな?いや、ここはカウントしてもいいんじゃ……


「お兄ちゃん?」

「い、いやなんでもない、さすが琴葉だな」

「お兄ちゃんはいないよね?」


 サラッと言ったなこいつ、当たり前のように。

 友達の人数でマウントか?俺は数少ない友達を大切に、深く関わっていくタイプなんだ、別に友達の人数なんか気にしてませんけども?


「いやいやいやいや、ちゃんといますよ?2人も!むしろ1人でも手一杯なところにもう1人!」

「……ご、こめんね?そんなに必死にならなくても……」


 なんだその哀れみの表情は、友達0だと思われていそうだなこれは。

 たしかに2日前は0でしたけどね、2日前までは!


「別に?必死じゃないけど?勘違いさせてたら悪いなーと!」

「そ、そうだよね、イジメられてないならそれでいいから」


 この子、妹だよな?すでに俺より精神が熟練してるよ、お姉ちゃんって呼んだほうがいいかもしれん。

 イジメられてるって言ったら助けてくれるんだろうなぁ……なんて頼れる妹なんだ、兄としての威厳が全くないです。


「なぜ後から産まれたんだ妹よ、頼りづらいじゃないか」

「いくらでも頼ってよお兄ちゃん、ああ……いくら努力しようと兄に足を引っ張られ、それでも健気に頑張るわたし……」


 琴葉は儚げな表情を作ると、何もない天井を見つめている。

 顔立ちが整ってるやつは全員、表情筋が発達してる説。


「なにその頑張る私かわいい……恋してる私かわいいと、かわいいっていってる私かわいいに、通じるものがあるな」

「……だってかわいいもん」

「兄を前にしていうの?」

「外じゃちゃんと猫被るから大丈夫、兄はダメダメだけどわたし頑張るには、何度も助けられました……」

「間接的に評価落とされてる!?」

「評価の上がったわたしは兄の良さを広め、そして実の兄の奇怪な見た目から、更にわたしの評価は上がる」

「俺がダメならダメな程、妹の株があがってる!?」

「──でも大丈夫。皆が見捨てて、親に見捨てられても、最後にわたしが拾って飼ってあげるから」

「怖っ!物凄い陰謀に巻き込まれてる!」


 琴葉はウシシと笑う。


「最悪、お兄ちゃんを貰ってくれる人がいなかったら、わたしが面倒みてあげるから安心してよ、これで稼ぎもなくて、乱暴なら完璧だったのに……」

「典型的ダメな男に引っ掛かる女じゃねーか!バンドマンには気を付けろよ!」


 俺の将来よりも妹の将来が心配になってきた。


「最近お兄ちゃん見てたらちょっとダメな男の人のほうが、面倒みがいがあっていいかなって、それでわたし無しじゃいられない人間にするの、そしたらわたし以外愛せないでしょ?」

「エマージェンシー、エマージェンシー!未来の琴葉の彼氏!今すぐに逃げなさい、この娘は危険です!」


 全国のバンドマンさんすみません、さっきのは俺の独断と偏見です、気をつけるべきはバスケ女子でした!


「彼女できなかったら、わたしが面倒みてあげるからね?お・兄・ちゃ・ん」

「ヤバイのは俺か!」


 このままじゃホントにありえる未来で怖い。

 妹の未来の為にも俺が立ち直らないと。


「冗談はさておき」

「切り替え速いね琴葉さん」

「まーね、そうだ聞いてよお兄ちゃん!」

「おう」


 何か話したいことがあるらしい、話題がコロコロ変化するんだが、琴葉と話してるとだいたいこんな感じで、俺は慣れている。


「昨日、部活見学したんだけどさ」

「ん?ああバスケ部?」

「そう!1人、上手い人がいたんだよね、わたしより上手いかも!」

「琴葉がそう言うなら、相当だな」


 自分より上手い人がいることを、琴葉は嬉しそうに話す。気持ちはわかる、フォートファイトも上手い人とやると楽しいからな。

 というのも琴葉は去年、バスケで全国に出場している、2回戦で負けたけど。でも琴葉は4番、チームで一番上手かった、実際に個人の実力としては全国指折りだったはずだ。


 琴葉が誰のことを言ってるのか、心辺りがあるな。


「うん、鈴村(すずむら)(りん)先輩!あの人がいれば今年もいい線いけそうな気がする!」


 やっぱり鈴村か、あいつ琴葉が誉めるほど上手かったんだな……あ!あの思わせ振りな態度は、琴葉が妹だと勘づいたからか。

 にしても琴葉はすでにレギュラー入りすること前提で話してるな、不遜というか、自信があるというか、まあ絶対にスタメンだろーな。


 うちの妹を舐めてもらっちゃ困る。

 俺も大概シスコンだ。


「なんだ、また全国狙うのか?」

「どうせならね!去年はお兄ちゃんの仇とったし、今年もやっちゃおうかな!」

 全国に出ることが俺の仇だったらしい、しかも1回戦は勝ってるし大金星だ、琴葉の満足げな顔が今でも浮かんでくる。

 こりゃもっと上を目指してるな。


「応援するよ」

「ありがと!それでさ、リンリン先輩めちゃくちゃ美人じゃない?」

 リンリン先輩というのは鈴村凛のあだ名だ、鈴もリンって読むからリンリンらしい。つかもうあだ名で呼んでるの?部活見学ってまだ始まったばっかりだったよな、琴葉のコミュ力が恐ろしい……


「まあ五ノ神の2(ツー)トップって言われてるくらいだしな」

「そうなんだ、あのレベルがもう1人……」

「琴葉が入学して3(スリー)トップになりそうだけどな」

「──もう!お兄ちゃんってば!誉めてもなんもでないよ!」

「いった!」


 肩をバシバシと叩いてくる琴葉は満面の笑みだ。

 冗談でも誇張でもなんでもない、琴葉なら自然とそうなると思う。

 可愛い上に計算もこなす、あざと可愛い琴葉なら、ミスコンで優勝した(なぎさ)にも届くだろう。


 ……でも腹黒の渚と違ってあざといだけだからな、ちょいと届かないかも。


「月曜が楽しみだな~」

 琴葉はソファーに転がっていたクッション抱えて、メトロノームのように揺れている。俺の方に揺れるたび、ぶつかってくるのも、どこかあざとさを感じる可愛さだ。


 それにしても月曜が憂鬱だ、このまま永遠にソファーに沈んでしまいたい。渚に何をされるのか、それともさせられるのか、速くも胃が痛い。

 新たなスクールライフに想いを馳せる妹の横で、俺は土夜にも関わらず、◯ザエさん病を発症していた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ