本当の3人
「なあ、何も顔面をグーで殴ることないだろ」
あまりにもしつこかったばんちゃんは、JILLから鉄拳制裁される。JILLの細腕からは大した威力は出なかったみたいだけど、見る限り全力だった。
恐ろしい。
「あーもうっ!髪がぐちゃぐちゃじゃない、傷んだらどうするのよ!」
JILLは髪を手ぐしで直しながらばんちゃんを睨んでいる。
あのやたら綺麗な黒髪は色々とケアしてるのかね、長い髪って大変なんだよな、俺は分かるよ?
「ゲーミングシャンプーってのがありましてね」
このまえ、スポンサーから動画で紹介しろって言われたんだよな。
顔出ししてないから、シャンプーの画像のせただけだけど。
「何それ?光りそうね」
「ゲーミングってつくと何でも光りそうだよな、俺のPC周り全部光るぜ?」
ニヤリと笑うばんちゃん、さすが良く分かってるじゃないか、中2っぽいとかオタク臭いとか言われても、やっぱマウスもキーボードも光ってなんぼだよな。
「お!見してよばんちゃん」
「仕方ないな、いいぜー!」
「あーはいはい、ストップストップ!」
JILLは俺達の後ろに回り込んで、襟を掴む、立ち上がれない。
「なんだよJILL、ばんちゃんのPC見ようぜ?」
「……あんたさっきと別人ね」
そう言われると弱いね、でも今はなんであんなにビビってたのか不思議なくらいだ。
こんなにも信頼できる仲間にたいして何をビクついてたのか。
むしろ陰キャだから嫌われるなんて思ってた事を謝りたい。小っ端ずかしくてできないけど。
俺も単純だね、可愛い女の子にちょっと優しくされたらこんなに元気になるんだから。
でも学校のJILLを思うと。
「礼はいっとく、けど黒原には言われたくないね」
「それもそうね」
「うん」
180度違う、学校のJILLが天使なら、ここのJILLは悪魔だな。
ばんちゃんは俺達の顔を交互に見ている、待てのできない犬みたいな動きだ。
「おいおい、結局みるの?みないの?」
「見ない」
「「え~~!!」」
────ジロリ。
俺達はJILLの眼力のみで押し黙る。
だって怖いんだもの。
「まず、ばんちゃんの話を聞きましょ?このオフ会は気まぐれで企画したんじゃないんでしょ?」
「え、そうなの?」
「ん、あー、まーそうなんだけどよ」
ばんちゃんは頭をポリポリとかいて、気まずそうな顔をする。
「なによ、煮え切らないわね」
「いや、実はさ、配信のことで色々と考えててさ」
配信ね、用は仕事の話か。
俺とJILLはうなずいて、ばんちゃんを促す。
「この先、フォートファイトの人口がずっと減らないなんてことはないし、全然違うジャンルのゲームが人気になるかもしれない。そのゲームで俺はプロになれるのか、そう考えるとさ、このままじゃいけないなって」
実に真面目な話しだ、確かに配信業をこの先も生業としていくなら、別のゲームに手を出したりしないと、やっていけないのは明白だ。
人は飽きるんだ、ずっと同じゲームをやり続ける人なんてのは少数。
「いいたい事はわかったわ、それでどうしたいの?」
「遅かれ早かれ、なんかしらのテコ入れが必要だと思う、今はまだフォートファイトの人気が凄いからいいけどな。そんで俺が考えたのは顔出し配信だ」
確かに、顔出し配信をすればゲームに限らず何でもできる。有名なコーラにメントスを入れる動画だって撮れる。
でも、俺には現状ぜったい無理だな、今はこの調子だけど、俺の本来の中身は陰キャもいいとこだ、まぁ見た目もだけど。
カメラ映りも良くないし、その変で人に絡まれでもしたら大変だ、JILLとばんちゃんが平気なだけであって、視線への恐怖がなくなったわけじゃない、その辺りの解決もしたいね。
つまりばんちゃんは3人で顔出ししようって持ちかけようとして、俺があまりにも陰キャだからその話をしずらかったって事だな。
名推理だろ?真実はいつも1つ。
「顔出しね、少なくとも今は無理ね」
「そうか?JILLは見た目いいし俺達の中じゃ一番売れそうだけど」
JILLは……黒原はいいとこのお嬢さんだしな、ダメなのかも。でもそのいいとこのお嬢さんが毒舌ってのも売れるポイントになりそうだな。
「そうじゃなくね、家柄でも無理だし、学校も無理だと思うわよ?せめて高校卒業してからね」
「jkってのもいいんだけどな、家柄?」
「私、本名は黒原 渚っていうの」
「おお、そうだな自己紹介は大事だよな、俺は板東 愛翔だ、よろしくな。hawkは?」
「俺は川上 良介」
ばんちゃんは嬉しそうに肩を叩いてきて、「よろしくな」というと、ニカッと笑う。なんというか気持ちのいい男だ、モテそう。
───ん?板東か……
「板東でBan east?安直ね」
「え!?カッコいいじゃん」
え?すまんばんちゃん、それはない。
俺は鷹がカッコいいからhawk、猛禽類の鋭い鉤爪に黄色い目、最高だ。
「……まあいいわ、それより黒原って聞いたことない?」
「んー?ないけどな……まぁ強いていうならこのマンションが黒原不動産の……」
JILLはばんちゃんをジーっと見ている。
ばんちゃんはだんだんと驚愕の表情に変化して。
「え?嘘だろ?」
「そのまさか、黒原不動産の社長は私の父親よ」
「Oh my God!、クーロクーロ黒原不動産!」
ばんちゃんがパニックをおこしている、気持ちはわかるよ。よく考えるとこの女ハイスペックすぎないか。
ゲームではアジアチャンピオン、学校では常に学年テスト1位、そして大企業の社長令嬢、ついでにクソ美少女ときた。
属性積みすぎだな。
「それ言われ飽きたわ、皆やるのよね」
俺も頭の中でやってたわ、それだけ有名なんだよな。
「申し訳ございませんお嬢様、ありふれた解答でごさいましたね。おっとお飲み物が少なく……今新しいパチモンスターをお持ちします」
「結構よ」
足を組んだJILLにかしずくばんちゃん、なんかしらんが茶番が始まった。
「春先といえど今日はまだ冷えます、今膝掛けを」
「結構よ」
さすが熟練の配信者、生放送もしてるだけあってアドリブが早いな。
JILLはたぶんいつも通りだな。
「でしたら軽食でも」
「結構よ」
何か俺達っていつも話が脱線するんだよな、何の話ししてたっけか。
「ふむ、ではその胸部についた重石は辛くありませんか?私奴がコリをほぐして差し上げましょう」
「──シッ!」
「ふごッ!」
マジかばんちゃん、勇者すぎるぞそれは。
つかおもいっきりセクハラだ。
「……ばんちゃん」
「話が脱線したわね、とにかく卒業までの後2年は無理よ」
JILLは満足そうに座り、足を組み直した。
なかなか短めのスカートですね、際どい。
俺も大概だ。
「いてて、そうだな、それにまさかhawkがここまでとは思ってなかった。一応聞くけどhawkはどうよ?」
「想像どうり俺は無理だね、とりあえず高校生のうちは」
そうだね、少しコミュ障が過ぎる、人の眼を気にしすぎてうまく話せないからな。人目じゃなくて人の眼な。
高校生の間に治すって目標にすればちょうどいい、どうせ学校で禁止されるだろうし。
「え?じゃあ卒業したらOKなの?」
「たぶん、ばんちゃんが頑張って俺を更生させてくれたら」
「俺、普通の文系大学生なんだけど、精神科先行の医者志望とかじゃねーぞ」
「そうだよな」
とかなんと言いながら、ばんちゃんはうんうん唸りながら解決方法を考えている。こういう所がばんちゃんなんだよな。
めっちゃいいやつなんだ、俺達の兄貴分だな。
「私達とは眼、合わせても平気になったわよね?」
JILLは顎に手を当てている、こいつも俺のことを真剣に考えてくれているらしい。
さっきから助かります。
「それはまあ」
JILLのおかげでな、なんだろう返せない借りを作ったな。
「なんでかしら?」
何で?そりゃ仲間だから……じゃちょっと説明不足か。
「積み重ねだとは思う、なんだかんだ1年以上も3人でフォートファイトやって、結果も出せたし楽しかった。最初はギスギスしたりもしたけどな、今じゃ2人は家族と同じくらい信頼できると思ってる。それで、その相手にさっきは、その、悪かったよ疑ったりして、こんな見た目で嫌われるかもと思って、ちょっと壁つくってた」
結局謝ってしまった。うん、変なわだかまりは残したくないし、大人は悪いことしたらちゃんと謝るもんだ。
これでいいはずだ。
「はあ、そんなわけないじゃない。まぁ謝ったから不問にしてあげる、その代わり、あんたはこれからも私に付き合うんだからね、ウヒヒ」
「ああ、ありがとな」
「とかいってJILLのやつ、信頼してるって言われた辺りからスゲーニヤニヤしてたぜ、嬉しいの恥ずかしくて誤魔化してやんの、ハハハ」
「──殺されたいの?」
「ごめんなさい!俺も嬉しかったんです!」
「ハハハ、2人ともバカだなぁ」
ホントにフォートファイトやってこいつらに出会ってなかったら、俺は引きこもりになってたと思う。感謝してもしきれない。
ここでばんちゃんが勢いよく立ち上がる。
「よっし、俺は決めた!2人が後からこれるように顔出し、開拓する!それとhawkの更生も手伝う!」
「私も手伝うわよ、良介の更生。言われるまでもなく、やるつもりだったけどね、ウヒヒ」
「ばんちゃん頼んだ!JILLはこえーよ」
「私はスパルタよ?」
「同じクラスとかマジか……」
「楽しみね良介君」
JILLは最後に黒原モードで微笑んだ、これなら女神なのにな……
黒原モードってなんだよ、もはや二重人格だな。
「hawk何かあったら俺に話せよ?フォートファイトと一緒だ、俺に報告」
ばんちゃんは普段おちゃらけてるイメージだけど、フォートファイトをプレイしてる時は俺達の指揮官だ。
俺とJILLは常にばんちゃんの指示を仰ぐ、たまに暴走して無視したりもするけど基本はちゃんと聞いている。
ばんちゃんの指示は的確だし、ばんちゃんがいなかったら俺達はアジアチャンピオンにはなれてなかった。
「とりあえず学校と普段で人格が変わる女にスパルタ宣言された、どうすればいい?」
「……あきらめろ」
「なによ人の好意を迷惑みたいに、失礼じゃない?」
御立腹です、とでも言わんばかりに腕を組んでいるJILL、例の物2つが腕に乗ってて目のやりばに困る。
それは簡単な答えだ。
「日頃の行いを考えろよ」
死体撃ったり暴言吐いたり、負けたらファンメールも。実際俺もいただいてるしな。
そんなやつのスパルタとかもうハートマン式を想起しちゃうよね。
サーイエスサー!
「あら、私は品行方正、成績優秀、才色兼備、運動神経抜群のお嬢様よ?日頃の行いに悔いることは無いわね」
「スゲェ!お嬢様は一味違うな!」
「運動音痴じゃん……平気で嘘つくのも怖いわ、ばんちゃんしっかり騙されてるし」
というかそれ以外全部が事実なのも怖いけど。
「嘘なの!?」
「運動神経がよくて得するのはスポーツ選手だけよ、それ以外の人間は運動なんてしなくていいの」
むちゃくちゃだ、もう言い訳する気もなさそうだな、JILLらしい。
完璧超人に見えてちゃんと弱点はあるんだよな、そこがまた隙になるのか人気の秘訣らしい。
体育の時間とかみんなが黒原のドジを楽しみにしてるしな、あと鈴村の活躍。
「凄い暴論がでてきたぞ!反省の色、なし!」
ばんちゃんは騙されたのに楽しそうだ。
ニカッと笑っている。
「ま、そんな完璧な私が学校では面倒みてあげるから、安心するといいわよ」
「はい、ありがとうございます」
まぁ学校なら黒原モードだし案外上手くやってくれるかもしれん。
「まかされたわ。それで良介は視線を克服したいってことでいいのよね?」
「あ、ああ、そうなんだけど、よくわかったな視線がダメって」
「学校でも誰とも視線合わせないじゃない、簡単にわかったわよ」
「よくみてるな?」
「クラスの男子は全員見てるわね」
「ん?なんで?」
「私、今の所クラスの半分に告白されてるのよね、ここまで来たら全員に告白させたいじゃない?相手の仕草とか言動を監視して、理想の女子を目の前で体現してあげれば……あら不思議、また1人私に告白してくるって寸法ね」
やってることは物凄く高度で真似できない技術だけど。
うん、クズだ。
「うわぁ」
「おーっとここでJILL選手がついに本性を表しました!男の心を弄ぶ小悪魔、彼女を落とせる男性はいるのでしょうか!」
ばんちゃんノリノリだな。
「いいのよ、本気で告白してくるやつなんて最近いないし」
確かに、黒原にフラれるのがステータスみたいなノリが最近の男子の中であるみたいだな。
おふざけで告白されてもってことか。
「ん?てことは御劔とは付き合ってないのか?」
「付き合ってないわよ、まだ智也からは告白されてないわね」
まだってことはされると思ってるんだろうな、恐ろしい。でも付き合ってないのか、クラスの噂の真相を俺だけが知っているのか、なんて優越感なんだ。
俺はリア充に勝った!
「そんなことはどうでもいいのよ、今は良介の視線恐怖症をどうするかの話しでしょ?ばんちゃん何かないの?」
「うーん……やっぱゲームと一緒で反復練習じゃね?」
「……まともな意見ね」
「なんで残念そうなんだよ、俺もたまにはまともなこと言うんだよ」
反復練習ね、フォートファイトのスキルも殆ど反復練習で覚えて、いつでも繰り出せるように努力する。
確かにいい意見だけど俺は何をやらされるんだ?
聞いとこ。
「ちなみにどんな内容?」
「JILLと毎日にらめっこ」