オフ会
オフ会当日。
この日俺は運命の転機ともいえる奇跡に遇う。
「──立川か、久々に来たな」
東京住みといっても俺の家は福生、正直いってあんまり栄えてない。特長としては、アメリカ基地があって外国人が多いといった所だ。
だが俺としてはそんな所が気にいっている、人が少ない、言葉の壁がある、それは俺が後ろ指をさされる可能性が減るということ。
素晴らしいじゃないか田舎。
俺は立川に出てきた事で、それをより痛感していた。
「うわっ貞実がいる」
「おい、聞こえるぞ」
いえいえ聞こえてますよ、沢山の好奇の視線が俺へと突き刺さる。
気持ち悪い、冷や汗が背筋を伝う。
これなら、まともな髪型にしたほうがマシだ、自分でも分かってるんだよ、変な髪型してるってのは。でも前髪は俺にとっての最終防衛ライン、これがないといざ人と対面した時にもっと酷いことになる。
早くばんちゃんの家に行こう。
幸いばんちゃんの家は駅から2~3分のタワーマンション、PINEで送られて来た住所を頼りに急いで向かう。
「──凄いな」
駅近というより駅繋がってるような場所、そこにばんちゃんの家はあった。
タワーというだけあってマンションの真下まで来ると、見上げるのも億劫になる、しかもばんちゃんの家は最上階らしい。
さすがスパチャ魔神といえよう。
自動ドアをくぐると、中は落ち着いたカフェのような雰囲気で、照明が明るすぎない目に優しい空間だった。
そしてまた扉。オートロックの扉の先は広間のようになっていて、ソファーやテーブルが設置されている。
ついでに本棚が沢山あってホントにカフェみたいだ。
こりゃどっかにジムも設備されてそうだな。
……………なんで俺がマンションの入り口の内装を気にしているかって?
そりゃ、インターホンを押すタイミングを計っているからだ。
もし、ばんちゃんが風呂に入ってたら?焦って出てきて床が濡れちゃうかもしれない。
もし、ばんちゃんが料理の最中だったら?焦って出てきて火事になるかもしれない。
俺は気配りのできる男、目に見えない相手の事まで配慮する徹底ぶりだ。
……はい、すみません。怖くてインターホン鳴らせなかっただけです。
だってこの先には、ばんちゃんとJILLがいる。
俺を見て嗤うならまだいい、でも呆れられて見捨てられたら?きっと俺はもう立ち直れないだろう。
俺にとってあの2人は親友、いやそれ以上に大事な兄弟にも近い親近感を持っている。
一緒にアジア取った仲間だ、特訓もしたし、挫折もした。それでも俺達はなんだかんだ上手くやってこれた、ゲームをしてる間は最高に楽しかった。
それが1度顔を合わせただけで崩れたら?もうチームを組めなくなったら?
そう思うと俺は足がすくんでインターホンを鳴らせなかった。
「そこ、いいですか?」
綺麗な声だ、芯があってよく通る。深く考えに没頭していた意識が一瞬で現実に戻る。
声をかけられたくらいだ、相当待たせてしまったかもしれない。
「あ、はいすみません」
インターホンの前から身を急いでどけると、女性は俺の前を通る。
その女性は美しい黒髪を腰の辺りまで伸ばした、色白の美少女だった。
「──あれ?川上君?」
黒のミニスカートに白いシャツ、身長が高いわけでもないのにスタイルが良く、スラリと伸びた足、それは黒原 渚だった。
「あ、黒原、さん?」
なんでこんな場所に……家?
戸惑っていると黒原さんは目を大きく見開いていく。
「────hawk?」
「………え?なんで?」
「ウヒッ」
「うひ?」
「ウヒョッヒヒヒヒッ!」
肩を振るわせて下品な声で笑い出す黒原さんは、インターホンを鳴らす。
なんだ?なんなんだ?この人黒原さんだよな?こんな変な笑いかたしてる所見たことないぞ?
インターホンから男の声がする、聞き慣れた声だ。
「おう、来たなーどっちだ?」
「いいから早く開けなさいノロマ!面白いことになったわよ!」
「ああ、JILLか……開けました」
え?JILL?どこに?
「行くわよ!」
俺は黒原さん腕を組まれ引きずられていく。
え?え?柔らかいし、いい匂いするし、なんだ?なんなんだ?
ここからエレベーターに乗ったのは覚えているが、緊張と混乱、黒原さんの魅力で俺はばんちゃんの部屋までの道のりを覚えていない。
ただ黒原さんがずっと見たことないほど楽しそうにしていたのだけは印象に残った。
「で、お前がJILLか?……えらい美少女が来た──なってうおっ!貞実!?」
黒原さんの横、俺を見て飛び上がった男は、自分の家の壁に肘を当てて痛がっている。
男はツーブロックのソフトモヒカンを、ツンツンと立ち上げていて、格好いいお兄さんという印象だ。
「いっつーJILL!こいつなんだ!?」
「なにもそれも、hawk以外にいないでしょ、ウヒヒ」
「マジで!?マジでこのデカイ貞実みたいのがhawk!?」
「うっさいわね、そうだっていってんでしょ!早く家にあげなさいよ!」
「ええぇ……はいどうぞ」
ここまで2人のやりとりを聞いてようやく分かった。
ちょっとまだ混乱してるが、どうやらJILLは黒原さんだったらしい。それでこの格好いいお兄さんがばんちゃんだ。
俺は黒原さんに……JILLに引きずらればんちゃんの家に上がる。JILLはずかずかとリビングに上がり込むと、ソファーに座った。俺も腕を取られているのでソファーに座る。
さっきまで綺麗な美少女に腕を組まれてドキドキしていたのに、今は病院の中で、注射を嫌がり親の腕から逃げ出そうとする子供になった気分だ。
逃がさないぞ、組まれた腕からはそんな意志がヒシヒシと伝わってきていた。
にしてもでかいリビングだな、天井も高いし俺には分からないがオシャレなのは分かる。
JILLも見回して一言。
「犬小屋よりはましね」
「はぁ、驚くほど美少女だけどJILLはJILLだな……んでhawk?お前はホントに陰キャだったんだな……」
「ビックリよね、しかも私と同じ学校よ」
「マジで!?」
「ウヒョヒョ」
「笑い方もしっかりJILLだ!?」
うん、このやり取りの感じは間違いなく2人だ。
……というかJILLはなんなんだ?学校と雰囲気が違い過ぎて別人にしか思えないんだが。
ばんちゃんはばんちゃんだな良かった。
「つか、hawk、さっきからなんも喋ってねーじゃねーか!」
「い、いや混乱してて」
「ウヒヒ、まさか川上がhawkだったなんてね、面白くなってきたわ」
ゾワリと背筋が震える、そうだ来週から教室から天使が消える。その代わりに悪魔が天使の席に座るのだ。
しれっと呼び捨てにされてるし、黒原さんは川上くんだぞ。
「なに?お前ら元から知り合いだったの?」
ばんちゃんの質問にJILLが経緯を話す、それにちょこちょこ俺が捕捉を加えて、俺とJILLの境遇を伝えた。
「なにその確率、アジアのトップが同じ教室にいる確率ってどうよ……あっ今飲みもん出すわ、忘れてた」
「お、おかまいなく……」
「はやくねー」
──妙な間だ、なんか気まずい。でもJILLはずっと愉快そうに口を歪めてる。
というか。
「じ、JILL?そろそろ腕離してよ」
「は?ダメよ川上逃げそうだし、それとJILLでも黒原でも渚でも好きに呼べばいいでしょ?あ、でも学校でJILLはダメよ」
「あ、はい」
逃げはしないと思うけど……思うけど。
「悪い悪い、ほい」
ばんちゃんは3本、同じ飲み物を持ってきた、緑の鉤爪が星形に刻まれてるのがトレードマークのエナジードリンク、【パチモンスター】だ。
ゲーマーはよくエナジードリンクを魔剤といって、愛飲してる。夜中に飲むと目が覚める、俺も飲むし、2人もよく飲むらしい。
「ありがと」
「あ、ありがと、ばんちゃん?」
「お、おう、そのなんだhawk、いつもみたいに話せよ、調子狂う」
「ご、ごめん」
「重症だなこりゃ」
肩を竦めてみせるばんちゃん、もしかしたら呆れさせてしまったか?どうしよう、これでもうチーム解散になんてなったら俺はフォートファイトからも居場所がなくなってしまう。
それに2人に嫌われるのは絶対嫌だ。
最悪の未来を想像すると体が震えてくる。
その時だった。
──ゴツンッ!
後頭部への鈍い衝撃と音、それに伴う激痛。
「いってえ!何すんだよJILL!」
「私も痛い、石頭」
額を押さえているJILLは俺を睨んでいた。
「──ッ」
そんな目で見るな。
俺をそんな目で……みないでくれ。
「目をそらさないで」
その声には嫌とは言わせない強制力があった、急いで顔をそらそうとした俺はピタリと止まり恐る恐る目を合わせる。
「…………」
「はぁhawkと同じ学校で良かったわ、視線がダメなんでしょ?」
「え?」
どうして分かるんだろう、そんな疑問で頭が一杯になる前に、JILLは話を続けた。
「……私のもダメなの?ずっと3人で組んで、特訓して、負けて、笑って、喧嘩して、仲直りして、バカなこと話して、アジア1位になって。私はhawkの仲間のつもりなんだけど、それともそれは私の勘違い?」
黒原さんにしては冷たい、JILLにしては凄く優しい声だ。
なんだろう、視線を合わせても怖くない。むしろ体の震えが収まって安心する。
きっとJILLは俺がかけて欲しい言葉を的確に選んだ。
俺が疑問視していた、俺が仲間と思っている相手が俺を仲間と思ってくれているのか、それをJILLは解消してくれた。
とても似合わない優しい声で慰めるように。
JILLが仲間と思わない相手に優しい声をかけるだろうか?それは否だ、するわけない。
黒原が初対面の男と腕を組むだろうか?否だ、仲のいい友達とも見たことがない。
じゃあなんで俺とはするのか、それは同じ道を歩んだ仲間だからだ。
今日JILLにあって、ばんちゃんにあって、2人はずっと2人だった、けど俺はずっとhawkじゃなくて川上 良介だった。
オフ会に来たのはhawkのはずなのに別人だった、それじゃJILL146526とBaneastに失礼なんじゃないだろか、それこそ2人に呆れられてしまう。
俺は川上 良介、hawkだ。
前髪をかき上げてJILLの目をしっかりと見据え、挑戦的な笑みを浮かべる。
「ちょっと考え事をして下を見てただけだよ、どうした?」
「フン、それでいいのよ、世話がかかるわね………それと」
「ん?」
「あんた結構イケメンじゃない」
そういったJILLはプイッと顔をそらせてしまう、ついでにもう用はないとばかりに腕を離して肩を押し退けられる。
そしてその間に見計らったように、ばんちゃんがドスンッと座り込むと、俺とJILLの肩を組んで引き寄せる。
「んだよ2人で青春してやがるな!俺もまぜろ!」
引き寄せたかと思うと俺とJILLは頭をガシガシと乱される。
「ちょ、やめなさい!セクハラよ!女子高生を部屋に呼びつけてやることがこれ!?髪フェチって重度の変態ね!」
「おい!ばんちゃん痛いよ、ははは」
「あっはっはっは!」
止めろと言ってもばんちゃんはしばらく俺とJILLの頭を撫で続けた。