特技
バスケが上手いか下手かで言ったら俺は上手いだろう、恐らく才能にも恵まれてる、これでも身長180はあるしダンクもできる。
人に見せるつもりはない、視線が集まるから。
それに中学生の頃はバスケ部だったけど、色々あって2年生の時にやめた。
俺が髪を伸ばしたきっかけだ、だからバスケにはあまりいい思い出がない、バスケ自体は好きなんだけどな。
御劔が俺に質問してきたのは、1年の頃に合同体育の授業でバスケをやって話題になったからだろう。
貞実に似てる奴がバスケ上手いと。
貞実はホラー映画に出てくる長い黒髪を前面に寄せて、顔を見えなくしてるお化けのことだ。
俺は影で貞男と嘲笑されることもしばしば。
つか去年とクラスは変わらないからお前も知ってるだろ御劔。
ああ俺なんかに興味ないですよね、自意識過剰ですみません。
とりあえず質問には答えないとか。
「そ、それなりには」
「やっぱりそうなのか、バスケの授業の日休んでたんだよな僕は」
「そ、そうか」
おお、凄いぞ!
オンライン以外で会話が続いてる、俺も成長したな。
それとすまんな御劔、休みだったか。俺は失敗したらちゃんと謝る人間だ、心の中で。
「………」
何かやたら視線を感じるな、こっちは……鈴村か。
チラリと見てみるとやはり俺を見てる。
しかも真顔だ、なんだ?気に触ることでもあったか?というかそんなに見るんじゃない、動悸がおかしくなりそうだ。
ああ、鈴村もバスケ部だったな、気になるのかね実力が。
美人の真顔ってなんか迫力がある、気づいてないフリをしよう。
「へえ、川上くんってバスケが得意なのね、ちょっと意外かも」
黒原は少し感心したような声音で目を大きく開いている、笑いは治まったらしい、落ち着いている。
「だろ?僕も見たことはないんだけど……そうそれで川上さ、今年の球技大会バスケなんだよ」
毎年行われている行事の1つ球技大会。目的は新しいクラスに早く馴染めるようにとできたイベントなんだが、3年間同じクラスだから実質意味があるのは1年生だけだ。
それでも2年3年もやるんだけどな、昔は毎年クラス替えしていたらしいし、イベント事態はなくならなかったみたいだ。
それで球技大会の競技なんだが、1年がバレーボール、2年がバスケットボール、3年は野球で毎年固定、2年の俺達はバスケになる。
なんか嫌な予感がするな。
「川上は全試合に出てもらうつもりだから、よろしく頼むよ」
やっぱりそうなるか、御劔から直接頼まれて断れる奴がいるのだろうか、ここまで言われたらむしろ強制と変わらないだろ。
実質的にこれはパワハラです、同期なのに。
「で、でも、バスケ部がいなかったか?」
「ん?ああバスケ部は1人1試合しか出れないらしくてさ、僕も全試合出るから、頑張ろう」
ダメだ終わった、俺には頷く意外の選択肢はないらしい。
「あ、はい」
球技大会とか視線の的じゃねーか、想像で吐き気を催すね。
「どうせなら勝ちたいしな、期待してるよ川上」
期待してるよって凄い上から目線でムカつくはずなのに、御劔に言われるとなんでか頑張ろうって気持ちば芽生えてしまう。
なんか敬語になっちゃったし。
おのれ爽やかリア充め、こいつは鈴村より苦手だ。
颯爽と現れた御劔はそれだけ言うと、手を上げてクールに去っていった。
まったく厄介なことになってしまった。
カーストトップ直々のご指名だ、あんまり適当にやって反感でも買ったら今後の学生生活に関わる。
元々クソみたいな生活だけど、これを機にイジメに合うなど俺の意図する所ではない。
やっぱある程度本気でやらないとだよな。
あーあ体育の時は久々に対人バスケが出来て楽しかったんだよな、それで調子にのって本気でやり過ぎた、後の祭りだな。
バスケはもとから複数人でやるものって?ノンノン、シュートもドリブルも1人でできまーす、対人は珍しいのです。
ん?まだ視線を感じる。
鈴村と黒原……まだいたのか。
いつも元気が取り柄の鈴村がなぜか神妙な面持ちで俺を見てる、そう言えばさっきから静かだったな、珍しい。
「──やっぱり川上君は……いや、やっぱりなんでもない」
口を開いたかと思ったらなんだ?
やっぱりバスケの時はロン毛を縛るのかって?そのままですよ。貴様らなんぞ髪の隙間から、という限定された視界でも余裕なんだ、がっはっは!
なんか匂わせぶりな態度で何も言わないって感じ悪くない?
俺のこと見ながら耳打ちする人の次に感じ悪いですね、俺も別に好きでこの髪型にしてるわけじゃないし。
やればできる人間だし!
鈴村が難しい顔をしながら席へ戻って行く、そろそろホームルームですからね。
取り残された黒原はキョトンとした顔をすると、鈴村と俺を交互に見やる。
「……ん?なにこれ」
あざといな、大人っぽい印象の黒原がコミカルなリアクションをすると、素晴らしく可愛い、ギャップって奴だな。
揺れた黒髪からは何かのいい匂いが漂ってくるし。
1度納得するように頷く黒原。
「うん、それじゃ川上くんお邪魔したわね」
ニコリと微笑んだ草原に降り立った黒い天使もとい、黒原が俺の席から離れていく、ドキリとした。
美人だよなぁ、ド陰キャな俺にも優しく微笑む姿は天使そのものだね、あの笑顔で次々と男達を落としていってるのだろう。
黒原も御劔と同じくなぜか恋人がいない。
だからこんな俺が思いついてしまうほど単純な数式で、黒原と御劔は両想いなのではと勘ぐってしまう。
それはクラスの人達も当然、考えるようであの2人は付き合ってるのでは、なんて噂も良く聞く。
寝たフリしながらな。
遠い国の話みたいだ、俺にはどちらも存在が遠すぎる。
──キーンコーンカーン
ホームルーム開始。
放課後。
とは問屋が卸さないらしい、テンポの良さって重要だと思うんだけどね、アニメとか直ぐに次の日のイベントまで飛ぶじゃん?
プロゲーマーの俺なら直ぐにゲームしてる時間までワープできるのが普通だと思うんだ、むしろ必然。
今日も長い1日が始まった。
そんなこんなで担任が入ってきてホームルームが始まる、まだ春休みが開けたばっかだが直ぐに球技大会があるぞー、キャプテンを決めないとな。
そんな話しをして男女1人づつのキャプテンを決めることになった。
挙手正で。
このクラスは前に出たがる奴が多い気がする。
「「はい」」
先ほど俺の席で騒いでいた鈴村と御劔が、同時に手を上げた。
やる気あるなー、御劔には頼まれてるし、バスケ部の鈴村が俺に注目していた手前、適当にやるのは自殺行為だと思い知らされる。
もちろん不満のある奴なんて出るはずもなく、擦り付け合いで俺の名前が上がることもなく、円滑に球技大会のキャプテンが決まった。
やる気のある2人だからな、練習を休み時間にやるらしい、あともしかしたら放課後も可能性はある。
うわーきつい、断れないやつだ。
男子、女子の両ビクロイを目指すらしい、ああ優勝のことだ。
まずいな、なんとか視線を克服しないと途中棄権もありえるからな、それは避けたい。
俺もバスケを楽しみたいと思う気持ちはあるし、勝ちたい。
元来負けず嫌いなんだ、人生に負けてる奴が何をってのは無しでお願いします。
ゲームだって負けず嫌いじゃなければプロなんて到底なれたもんじゃない。
努力も積んでる、俺の場合はゲームを全ての捌け口にしたってのもあるんだけどな。
それに勝ちたいって思ってる奴の気持ちに不誠実は、働きたくない。
少しは視線に耐える努力をしたほうがいいのかも知れない。
……1人じゃどうにもならないな、ばんちゃんに協力をあおごう。奴はなんだかんだ面倒見のいい男だ。この世で唯一信頼できる2人を思い浮かべる、顔も本当の名前も知らないけど。
JILLはあれだな、秘密にしとこう、何を言われるかわかったもんじゃない。
「ねえ」
ホームルームがキャプテン決めで休み時間みたいに変化した中、俺は隣の席からの呼び掛けを聞いた。
向き声量共に俺に対してと推測、これで間違ってたら恥ずかしいから反応はしない。
それが川上良介である。
とごか間延びした声は「ん~?」と疑問を感じているようだ。
「ねえ良介君」
俺はプロボクサーの右フックを食らったような衝撃を受ける。
高校生活はや1年とちょっと、男子、女子含めて俺は名前で呼ばれた事がない。今さっきまでは。
しかも俺の名前を呼んだのは今まで喋った事も、挨拶すら交わしたことのない女子だ、隣の席なのに。
というか急に距離が近い、いきなり名前ですか、これだからリア充は!
好きになってもいいですか!?
「あ、俺ですか?」
「……うん、やっと気づいた~、無視されてるのかと思ったよ」
隣の席の女子、工藤 実乃莉を俺は前髪の隙間から一瞥する。
そこには黒髪のセミロングで、やる気を全く感じさせないような瞳を持った女子がいた。
工藤は、茶色のカーディガンから手先だけを出し、頬杖をついている、萌え袖ってやつだ。ちょっとナマケモノみたいだと思ってるのは俺の秘密。
「そ、そんなことしませんよ」
「……うん」
なんというか独特な間を持っている女の子だ、あまりせかせか話すタイプじゃない、だからといって遅いわけでもない、さっきの奴らとはまた別のタイプというか、他にこんな感じの子を知らない。
だからと言って俺と同じ種族かと言うとそうでもない、普通に綺麗な子だし、交遊関係も悪くない。ただ軽いというかフラットな性格なのか、さっきみたく急に名前を呼んだりするような子だ。
「さっきの話し聞いてたんだけど、良介くん、バスケの試合全部出るんだね、大変そうだなあ」
隣の席になったから一応はコミュニケーション取っておこう、って考えか?
なんというか声も感情があまり乗っていなくて、何を考えているかわからない奴だ。
でもなんというか落ち着く雰囲気をもっていて、話していてもあまり緊張しない。
「できれば1試合で、すませたかったんだけどね」
「そっか~私もやる気……ないから、ドンマイ、だね」
なんかやる気ないと思われてしまったらしい、いつも寝てるし喋らないし、無気力な奴だと思われているのかな。
しょうがないね。
「そっか、工藤はやる気なさそうな顔してるもんね」
「……結構、ハッキリ言うんだね、良介くんって」
まずったか、顔がやる気ないって悪口っぽいかもしれん、にしても表情に動きが無さすぎて怒ってるのかも、分からないな。
「あ、え、すすまん!別にバカにしたつもりは……」
「ん~分かってるよ、それにいつも、覇気がないとか、存在感ないとか、言われ慣れてるし、前の席の人に」
そう言いながら頬杖をついたまま、指だけを前に指す工藤さん。
この人は何を言っても怒らないタイプかもしれないな、良かった。隣の席の人に嫌われるとか、学校生活やってけるきがしない。
「なに、実乃莉文句あるの?本当のことでしょ」
濁っているが、魅力的なハスキーボイスで答え、横向きに座り直したのは、阿久津 瑠色。ショートのアシメトリーで赤いインナーカラー、耳にはシルバーがじゃらじゃら着いている。
綺麗な顔つきでカッコいい女性という雰囲気だ、文句なしの美人で工藤 実乃莉と同じバンド部。
ボーカルじゃなくてベースを弾くらしい、カッコいいな。工藤がボーカルなのが意外だけど。
去年の文化祭の後夜祭でバンドを披露したらしいが、俺は見てない。後夜祭なんてあったんですか、ぴえん。
そしてこの阿久津という女性の、一番のポイントは第2ボタンまで開かれたワイシャツだ……そう、たまに見えるのだ、チラッと普段見えない布が。
サイズは普通って感じだが、実にエロい。
この人は1種の神なんじゃないだろうか。
ガン見はできないけどね。
「ほらねー」
「は、はは」
「……良介くん、変な笑いかた」
「?あんたら仲良かったんだ」
「え、あ」
なかいい?俺が、工藤と?いえいえ、そんなおこがましい、俺が相手してもらってるだけです、はい。
それでも仲良くないです、なんてハッキリ言うのもなんか違うような……
「うん、今友達に、なった」
あれ?友達になったんだ、いつのまに。
お父さん、お母さん、妹よ、俺は高校に入学して初めて友達が出来ました。今は2年生です。
「ああ、そ。ウチは阿久津 瑠色、アンタは──川上だったよね?初めて喋るけど席も近いしよろしく」
「あ、ああよろしく」
「実乃莉、マイペースだから大変だと思うけど面倒見てやって、あとアンタ髪長くない?切ったら?」
バッサリ切られた、髪じゃなくて心が。
ハッキリと物を言うね、サバサバしていてよろしい。
「…………決心がつけば」
「え?なにそれウケる」
「良介くんは、ウケるよね」
阿久津は少し笑って、決心ついたらウチがバリカンしてあげるよと、捨てゼリフを吐いて前に座り直した。
工藤はホントに表情が変わらない奴だな、笑ったらどんな顔になるんだろ。
「私のこと、隣の席のよしみで、よろしくね」
自分で言うのかよ、適当というか投げやりというか、それでいいのかお前は。
「はは、了解」
今日はやたらと人と話したな、それもリア充ばっかり。あいつらは余裕があるんだろうな、だから俺みたいな貞男にも話しかけられるし、楽しそうにしてる。
正直いって羨ましい、余裕ってのは自信から生まれるもんだと俺は思う、フォートファイトをやってる俺は余裕だしな、あれは何があっても勝てるって自信があるからだ。
つまり、俺が人の輪のに入るには自信が必要って事だな。
人の目に曝されても何とも思わないって自信が。
今日は赤、けしからん。