カースト
クラス内ヒエラルキーなんて言葉がある、見た目や性格、勉学やスポーツ、あらゆる面で人は自然と評価をつける。
ああこいつは俺より下、ああこの人は私より上。
知らない内に対等であるはずの同級生にも上下関係ができあがるって話だ。
これは学校内だけじゃなく社会に出てもバッチリ機能するらしい、知らんけど。
俺からするとそれは何とも馬鹿らしく、頭の腐った連中の原始的な機構が令和にもなった現代に未だに残り続け、力のない者を苦しめる、人種差別にも劣るとも勝らない、嫌悪すべき連綿と受け継がれてきた歴史なのだと考えている。
自分でも何を言ってるのか理解してない。
つまるところ俺、hawkこと川上良介にとって学校とはクラスという場所は、逃れることのできない独房も可愛く見える、公開処刑場と言えるだろう。
ということで、人生斜に構え性根をひねくらせ、早数年と言った所の俺が所属するクラスでも、クラス内ヒエラルキーってもんは正常に機能してる、GJ。
もはやウイルスだな、誰もが持ってる虫歯菌みたいなもんだ。
そんなクソみたいなヒエラルキーの中でも特出して最下層なのが俺である。
何でかって?
見ればわかるだろう、鼻下まで伸びたボサボサの髪、曲がりきった背筋、卑屈な表情に喋ればどもって何を話してるのか解らないときた、まだロシア語でも聞いてる方が理解できるなんて褒められたこともある。
というか、無口過ぎて逆にヒエラルキーに組み込まれてすらいないんじゃないかと心配になるね、その証明に俺は虐められたりしてないしな。
ありがたい、いいクラスです。
羽村が最寄りの五ノ神高校、そこが俺の通う高校だ、一応東京に連なる町だが、都心からすると田舎も田舎だな。
春休みが終わって2日目、今日から本格的に授業が始まるというのにクラスメイト達は皆楽しそうに会話している。勉強なんて小学生までの内容で十分じゃない?数学とか古文とかどこで使う要素あんの?使ったことないんだけど、社会に出たら役にたつの?疑問です。
というか俺はゲームで金を稼ぐプロだ、社会に出てるとも言えるだろう、その俺が宣言しよう使わないと、よし今日から古文と数学は将来役立つフォートファイトの時間にしよう、そうしよう!
あーあーにしても皆さん?、髪型変えた?だの髪の毛染めた?だのピアス開けちゃっただの、休み明けデビュー狙ってますね?恥ずかしくないんですかね、見てくださいよ俺の不変スタイルを、ボサッと伸ばした髪に曲がった背筋、人間なら一本筋を通して自分を持たなきゃ!
はぁ自分で言ってて悲しくなるね。
……いや!そんなことはない、俺は別に寂しくなんかないぞ、別に友達ほしいな、とか彼女欲しいな、なんて一辺たりとも考えた事なんてないんだからね!勘違いしないでよね!
なんてツンデレ娘でも空から降ってこないかね、こないのが現実なんだよ、だから漫画やアニメ、ゲームが楽しいんだな。
全く自分が嫌になる、現状を打破したいと思う自分がいる反面、絶対に無理だと思う反面がやたら強い、諦めた負け犬だ。
腕を組んで伏せっていた俺は腕の隙間から、羨望の眼差しでクラスメイト達を観察する、クラスの内情には結構詳しいんだ。
人の感情の機微には結構自信がある、むしろ敏感過ぎてビビる事がよくある、チキンハートなんです。
久々に見るクラスメイト達の変化を観察していると、不意に背中を叩かれる。因みにだがこのクラスに寝たふりをする俺の背中を、わざわざ叩く奴は1人しかいない。
「やーやー川上くん!今日も寝てるのかい?2年生になっても変わんないね?」
こうして無遠慮に嫌味なく話しかけるスキルは驚嘆に値する、しかもこいつは窓際の一番後ろの席である俺に気付かれないように、教室前の扉から出て後ろの扉から入ってくる徹底ぶりだ。
俺の事が好きなのか?いやないな。
秒で悟ってしまうのが悲しいね。
仕方ないので俺は顔を上げる。
「──鈴村凛」
「そーそー皆大好き!アタシが鈴村凛です!」
ボソッと名前を呟いてしまった俺の眼前には、敬礼のポーズをした綺麗な美少女が、画面一杯に咲いた花のような笑顔で、ニカッと笑いかけていた。
鈴村は健康的なポニーテールでクラスの女子の中で一番身長が高い、話しによると171センチらしい。
スマートな輪郭で美人のそれなんだが、それでいて愛嬌のある丸っこい瞳に屈託ない笑顔、何よりも胸がいい感じに凄い、リサーチ不足でどんくらいかしらんが結構なお手前だ。
惚れない男がいるのだろうか?
実はいるんですね、ここに。
なんならクラスで一番苦手な女子だ。
俺は視線が苦手だ、苦手な理由はどうでもいい、とにかく苦手だ。
この鈴村という女子は話しかけてくるたびに俺の顔を覗き込む、人懐っこい笑顔を浮かべて。
つまりだ、必要以上に整った顔立ちですら劣等感を覚えるし、しかもこの女はとても運動神経がいいらしく、一年の時にはバスケ部ですでにスタメン入りし、今年はキャプテンになるらしい、もう学校単位でカースト上位。
ほんっとに視線を合わせたくない女だ。自分が惨めになるんだよな、俺はこれでいいのか?とか考えたくないことを自問自答してしまう。
それでも鈴村は毎日1回は俺に話しかけてくる。
前から来ると俺が急いで顔を起こして窓の外を見るから、後ろから来るようになった、何か意地のようなものを感じるな。
私を見ない男は許せないとかそんな感じか?それともこんな陰キャにも分け隔てなく話しかける私かわうぃーか?自信過剰にも程があるね、まぁそう思ってもいいだけのビジュアルは持ってると認めるけどな。
「……はぁ」
「ないだいなんだい川上くん!溜息をつくと幸せが逃げるっていうよ!」
がばっと人の顔を覗き込んでくるので俺は視線を反らす、懲りないね鈴村も。そういえば勉強は出来なかったな、運動特価の脳筋タイプか、ちょっと心が軽くなったな。
でも目は見れない。
んで、こいつは煩いし可愛いから目立つ、ちょっとづつこっちに視線が向いてくる。
これが嫌なんだよ、ほんとに。
「またリンリンやってる」
「無駄なのにな」
「ねー」
「あいつほんと愛想ねーよな」
ほらなこうなる、鈴村は善意で話しかけて来てるのか知らんが、こうなるんだよ、俺に悪意が向くんだ。
俺が悪いのは分かってる、分かってるから頼むから少しほっといて欲しい、それが目立つ奴にできる俺への最大の善意ってやつだろ。
「ちょっと凛?川上君困ってるじゃないの」
おっと、でかい魚が釣れたと思ったらそれに食いつくモササウルスが釣れたって所か、俺のキャパシティーは既に決壊してるんだけどな、もう視線とか関係なく手の震えが止まらんよ。
鈴村にビシッと人差し指の腹を見せて注意してるのは、黒原 渚。なんでも黒原不動産という超有名な不動産会社の社長令嬢らしい、もう同じ空間の空気吸ってるだけで家賃を払わないといけない気分になるね。
『クーロクーロ黒原不動産!』ほらな、CMが頭の中で永遠リピートしてるよ。
その黒原さんなんだが、これまた美少女だ。シルクみたいに艶やかな黒髪は腰近くまで伸びていて柳のよう、そして黒髪に映える真っ白な肌、身長が高いわけでもないのにやたら長い足、鈴村ほどじゃないが胸もあるし正統派美少女って感じだ。
鈴村凛と並び学校の美少女2トップと言われてる。そういえば去年の文化祭では黒原さんがミスコンで優勝してたな、あとテストの順位が毎回1位で、1年の時に副生徒会長を勤めてた。今回はどうせ生徒会長をやるのだろう。
「──いやいや、そんなことないよ!」
あ、俺が言ったと思う?違います、鈴村です。
「それは川上君のセリフでしょ?もう、ホントに凛は体力馬鹿なんだから、朝から凛のノリについて行ける人、そんないないよ?」
ごもっとも、俺以外の奴でも無理だろうね、まぁヘッドフォンとマイクを用意して、別々の部屋でオンラインなら、俺もついてける自信はある。
ダメですよねそれじゃ。
「でもでも渚は何時でもアタシに付き合ってくれるもんね?そーゆーとこマンモス大好き!でも体力のない不健康な奴は校庭10周だ、行くぞー!」
マンモスってなんだよ……最上級的な?
「でもが多い、それと行きません」
スコンと黒原さんは鈴村に優しくチョップを食らわす、「あいたっ」とかいってて凄い可愛い。
はっいかんいかん、苦手な女子を可愛いとか。
おのれいつの間にか魅了魔術をかけやがったな、卑怯もの!俺は絆されないぞ!
「なにをする!体力皆無の渚を想ったお誘いなのに!」
「学力皆無ちゃんに言われたくないわねー。それじゃあ、これから勉強教えてあげようか?凛」
黒原さんは何かトゲがあるような台詞だが、声の抑揚が演技っぽくて全然嫌味に聞こえない、2人とも凄い楽しそうにやってるな。
その証拠に鈴村は「むむむ」とか普段使いしない表現で悔しさを表してる。
にしてもいつまで俺の席の周りで漫才していくつもりかね、もうクラスの大半がこっち見てんじゃん、きっつ。
あ、飛行機雲だ、今日も天気いいなー春うらら、窓際でよかった。
この黒原さんも謎なんだよな、引くほど勉強できるのになんでこの学校なんだ?正直いってお世辞にも偏差値は高くないし、珍しい部活や特別な施設があるわけでもない、いたって普通な学校なんだけどな。
財閥のお嬢様がわざわざ入学した理由か、実はこの学校に想い人が。それとも庶民の暮らしを体験してみたいですわ、オーホッホッ!か?謎だ。
そんな失礼な事を頭の中で繰り広げていると、黒原さんの方から視線を感じる。
俺は視線には敏感なんだ、ニュータイプだからな。
「──あ、ごめんね川上くん、もう行くから」
流石わかってらっしゃる、この黒原さんは俺並みに空気が読めるタイプだな、無理に眼を合わせようとしたりしないし、素晴らしい。よっ!ミス五ノ神。
「えー!アタシもっと川上君と話したいのに!」
いや、会話してませんよ、俺はあなたの名前呟いただけ。あなたの名前を呟くってポエムみたいでキモいな、あれ?もしかして俺キモかった?ああ、いつものことでした。
「やあ楽しそうだね凛、それに渚も、あと川上?」
なんで俺だけ疑問系なんだよ、そうだよな学校のヒロインのこの2人と陰キャの俺って組み合わせは非常に奇怪だよな。
それでもこいつの疑問系には嫌味っぽさをこれっぽっちも感じない、むしろ清涼感すら漂ってる。
また1匹大物が釣れた、今日は大漁です。
魚の名前は御劔 智也、細身だが引き締まっている身体、それでいて背が高く胸を張り堂々としてる。
女受けの良さそうな優しさと頼もしさを、掛け合わせたような顔つきで、癖毛をワックスでふんわりと浮かして固めているのか、髪型もオシャレだ。
そしてこの人、1年の時にテニスで全国にでてる。
しかもテストは常に順位1桁の完璧超人だ。
なんだこのクラス、早くもパワーインフレ起きてるぞ、ものの3分で。
俺は無言で頭を下げる、なんだろうね何1つ勝てる要素を感じない、もはや別の種族な気がしてくるよ。
「あ、みつるん、おっはよう!なになに朝からナンパ?」
「おはよう智也、あら私も?」
もはやクラス全員が注目してるといっても過言じゃない。
もうやめてみんな!、川上のライフはもうゼロよ。
パワーインフレって言ったが、このクラスがおかしいだけだ。他にも何人かやたら目立つやつがいるし、他のクラスからは規格外クラスとか言われてるらしい。
良くも悪くもキャラの濃い奴が多いからだそうな。
因みにだが俺もその要因の1人らしい、全然喋らない変な奴が凄い動きしてるってな。
「ははは、僕なんかが2人を相手取るなんて恐れ多いよ、変なことしたら他の男子に闇討ちされそうだ」
にこやかに躱してみせる御劔は、でもと言って続ける。
「──2人がそうして欲しいなら、やぶさかじゃないけどね」
うわーお、かっけーうぜー死にさらせ。望み通り俺が闇討ちしてくれよう。
にしてもやたらウインクの似合う男だ、イケメンとは何をしても絵になるね、俺が見惚れちゃったよムカつくな。
これにはトップ2も意抜かれてるんじゃないか?
「チャ、チャライよこの人!渚、騙されちゃダメだよ!」
「とかいいながら凛がテンパってるじゃない、智也はいつもこんなもんでしょ」
ポニーテールを尻尾みたく振り乱し赤面する鈴村と、真顔のまま溜息を漏らす黒原さん、対照的だな。
確かに御劔はいつもチャライ、そこらでフラグを立てまくって最後は自らフラグを折ってしまう。1年の頃に3年のマドンナと言われてる美少女を降ったのは有名な話だ。誰とも付き合わないのだこのイケメンは、どこかに意中の女性がいるのでしょうか。
ふむ、イケメンの考えることはわからんね、俺なら付き合ってくれるなら誰とでも付き合いたいがな。
あり得ないんだけどね、ははは、グスン。
「ははは、凛は純情だからね。冗談はさておき、川上に聞きたい事があってさ」
自然な動作で俺の方を向く御劔と視線が合うので、直ぐに反らしたが、心臓が鷲掴みされたみたいにドクンと跳ねる。
カーストの高い奴に話しかけられるだけで緊張する、なんだこいつナンパしに来たんじゃなかったのかよ。
俺に聞きたいこと?頼みたいことじゃなくて?パン買ってこいとか。
「え?」
驚きのあまり声が裏返ってしまった、時間よ巻き戻ってください。
「ははは、なんだよ今の『え』は」
御劔にマネされてしまった、やめてくれ、恥ずかしい。
「あはは!びっくりしすぎだよ川上君!てかみつるんマネうまい!あはは!」
「ぷ、ふふ」
学校の最高カースト陣が俺を見て笑ってる、俺は笑えないんだけど。
というか鈴村は笑い過ぎだ、さっきまで照れてたじゃねーか。
連れて黒原さんも笑ってる、まるでポンポンとカスタネットを優しく叩いたかのような、上品な笑い方だ。でも、黒原さんは人の失敗で笑うような人じゃないのに。
俺は黒原さんの何を知ってるだろうね、ほぼ喋ったこともないのに、イメージだイメージ。
「は、はは、は」
何とか頑張って俺も笑ってみようとして、余計変な感じになってしまった。
「「「あはははは!」」」
何か3人のツボに入ってしまったらしい、もう帰りたいフォートファイトやりたい。
こうやってカースト低い人間は、力の強い奴らの玩具みたいに扱われるんだ。
「な、なにその笑い方!あはは!」
「ちょっと凛そんなにわ、笑ったらぷ、ふふダメ、ごめんね川上くん!」
鈴村は腹を抱えて笑い、黒原は我慢ならず口に手を当てて上品に笑いだした。
「ハハまったく、あんまり笑わせないでくれよ川上」
そういってフレンドリーに肩に手を置く御劔。
なんだろう、陽キャってのは距離感がやたら近い、相手のパーソナルスペースとか気にしたりしないのか。
「わ、わるい」
「責めてるんじゃないよ、そうだ聞きたい事があったんだった、川上がバスケ得意って話しを耳に挟んだんだがどうなんだ?」
クラスカーストのトップ陣の男、御劔 智也はこうして、俺が最も話したくない話題を投げ掛けてきたのだった。