第一項 即死は浪漫
見切り発車!
ゴーゴー!
深夜。暗い布団の中でゲームをしていた私は、渾身のガッツポーズと共に布団を蹴りあげた。
「……うっしゃ! 即死入ったぁぁぁ! 長い、長い戦いだった……」
万感の思いを持って、枕に顔を擦りつける。
顔が熱い。頭が痛い。
ギュッと瞑った目は瞼の裏でチカチカするし、喉はカラカラ。
馬鹿をやった。やりきった。
十時間もボスに攻撃を当て続け、避け続け、残り少ない体力を即死技で一気に減らす。
即死で倒す。この縛りで様々なゲームをプレイしてきて、思うのだ。
やはり即死こそ至高、男の浪漫であると。
いやまぁ、私は女だけれども。
枕元に置いてあったペットボトルの蓋を開け、口につける。
ありゃ、空っぽだ。
天然水ちゃんてば美味しいから、用意が一本だけだとすぐに飲みきってしまう。
一階に降りて、冷蔵庫を漁るも収穫はなし。
天然水ちゃんの影すらなかった。
「コンビニ行こ」
幸いにも家族全員寝静まっているし、誰も咎める者はいない。
ククク、罪悪感と背徳感が半端ねぇぜ。
築百年、一度もメンテナンスをしていない建付けの悪い引き戸を開けた私は、外の冷たい空気に震えた。
「うぇっ、さびっ」
パジャマの上にコートを着込み、マフラーを巻き、分厚い靴下を長靴にねじ込んだ無敵防備だが、外気は無敵貫通を持っているようだ。
寒い。
肌を刺すこの冷気からして、路面は凍ってそう。
スケートでもしながらコンビニ行くか。
マイバックに天然水ちゃんをつめて、ついでに入金も終わらせた私は、肉まんを頬張り路面を滑る。
「うぉ……っとと」
あぶね。
転びそうになった。
ヒヤッしたべ。
一度立ち止まって、肉まんを頬張り直す。
遠くにトラックが見えた。
夜遅くにご苦労さまである。
領収書と財布を胸内に収めた私は、赤信号なので歩みを止めた。
深夜って人通り少ないし、音もほとんどしないし、地球上で生命活動を行っているのは私だけなんじゃないかと思ってしまう。
息を吐く。
白い。寒いんじゃぁ。
誰の足跡もない新天地に私を刻んでいると、ライトが迫っていることに気がついた。
何となく、顔を上げる。
心臓が止まりそうになった。
目の前に、トラックがいた。
急ブレーキの音。
眩しいライトが私を照らす。
「あっ……」
ドンッ。
凄まじい傷みが半身を襲った。
空が見えて、私の身体が何度も地面をバウンドする。
……口がジャリジャリする。
あ、ヤバい。鉄臭い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
何が、あ、ひかれた。
轢かれたんだ。
轢かれた、そう轢かれた。
でんわ、電話しなきゃ。
大丈夫、大丈夫大丈夫。痛くない痛くない痛くない。
痛い。
眩しい。
「……ッ」
ぼやけた視界の中に重量車が見えた。
嫌にはっきりと、地面を滑る大きなタイヤが見える。
あ、これは。
全く動かない身体。朦朧とする意識。
「ヒュッ……ハ……」
息が苦しい。
いっそのこと、轢かれた時に気絶できればよかった。
パチン。
頭蓋が割れる、即死を予感させる不吉の音。
這い寄る死の影を感じた瞬間、私の脳裏に家族の顔が浮かび、濁流に塗りつぶされた。
即死は確率で起こる。
事件事故、日常の外で低確率で起こるそれは、ある日突然私に牙を剥いた。