97歩 「対武田戦(9)」
武田信玄兄を人質にすることに成功。
あ、でも人質って言い方をすればわたしらも似た状況だ。だって未だ敵中、躑躅ヶ崎館から脱しきれてないし。
さらには先導の家康ちゃんが服部の半蔵さんとヒソヒソ交わし合ってからというもの、無言になっている。正確には周囲への警戒を深めている。
これは何かあったと見るべきで。
又左などはすかさずこの異変を察知し耳打ちしてくれた。
「どうもまた囲まれたようだ。どこぞから、いつ弾が飛んで来てもおかしくない」
わたしらの脱出ルートを識り、待ち伏せしていたと思われる。
前を行くイチゾーの服を引っ張り振り向かせた。
「イテーな。なんだ?」
呑気な態度だね。人のコト言えんけど。
引き寄せて腕を組んだ。
「家康ちゃん、あとどのくらいの時間、ここに留まるって?」
「どどど、どういうコトだ? 何の話だ?」
「アタマの回転ニブすぎっ!」
「ウッセーよ、なんなんだよ」
ナニ動揺してんの?! キョドってる場合じゃないの!
小さいが鋭く通る声で半蔵さんが代わりに答えた。
「大御所姫の消え逃げまでに、あと2分半。それまで凌げる場所を探します」
2分半か。残り3分のわたしよか早い。ひとまず良かった、それなら無事を見届けられる。
「思ったより敵さんの動きが早かったようじゃ。既に前後、挟み撃ちにされとるわ」
オドけ口調で、しんがりの前将さんがわたしらに覆い被さった。ガードのつもりりなんだろうが、動かす手が少しイヤラシイ。
家康ちゃんはじめ、6人の足が止まった。
前から信玄弟がフラッと登場した。どーしてアンタはいつもそんなに倦怠気味なんだ?
けん銃は腰帯に差したまま構えず、代わりに抜身の日本刀を肩乗せしていた。
「おまえら。あと何分で逃げんだ? ああ?」
負けを認めたんじゃなかったの?
まだ何か用なの?
……という挑戦的な問い掛けはこの際止めておく。
「まだ10分以上あるよ。わたしらも弱ってんだよ。かくれんぼに勝った君の話はゆっくり聞いたげるよ」
「ご期待に応えて手短に言う。やっぱカード返せや。お前のダミーと一緒に」
「イヤだよ。返すくらいならここで叩き壊す。ダミーって決めつけるのはいーけど、ダミーじゃなかったらアンカープレイヤーカード消滅ってコトで、今回もノーゲームになっちゃうよ?」
「またそれか。それは困るわ、オレ。んじゃこの提案はいーや」
いーんだ?
拍子抜けだ。そりゃ助かりました。
「用件のふたつ目。お前らの誰か、居残って人質になれ。アニキ解放の交渉に使わせてもらう」
「……人質交換ってワケ?」
コクリと信玄弟。
「それならワシがその任、引き受けよう。まだ若いのにジジイ扱い、さすがに気落ちするが順当じゃろうし」
「……ダメだ。女藤吉郎と親しいヤツだ。オヤジは却下だ」
「な……! ワシは親しくないと?」
前将さんのカオ。心の芯からショック受けてる。
「じゃあ、オレだ」
「いや。オレが残る」
又左とイチゾーの競い合い。
……アンタらね。
「仕方ない。わたしが残りまする」
ちょ、家康ちゃん。ノリ良すぎ、あなたはムリなの!
「ああ、もぉオメーら。ここは年長に花持たせるのがフツーだろーが。親しさはワシも上位に入ると思うがの。違うか、お嬢よ?」
「は、ま、まぁ。そりゃ入ると思うよ?」
ズカズカと信玄弟の前まで歩み、膝をつく前将さん。
「さぁ。縄でも何でも掛けてくれ。ワシが選ばれた」
「ま、前将さんっ!?」
そろそろ時間でする……家康ちゃんが呟いた。
「もう時間?!」
有無も言わせずイチゾーと又左を掴み、――3人で消えた。
「チッ。やっぱり時間を誤魔化してやがったか」
「当然じゃ。お嬢の浅知恵は、ときに鬼神をも凌ぐ時がある。おめえさんの期待した人質はもうワシしか候補が無いぞ」
浅知恵が鬼神を凌ぐってイミ分かんねー。
「信玄。わたしの方からも聞きたかったコトがあるんだけど」
「時間稼ぎか?」
「違うよ。端的に話すね。アンタにアンカープレイヤーはわたしだって話したのは、ダレ?」
薄く口の端を歪めた信玄弟に前将さんが飛び掛かった。
縄掛けされてなかったので、素早く抜いた小刀が彼の喉元まで迫った。が反射神経は彼が上手だった。間一髪の仰け反りでかわすと、ねじり回した腕で日本刀を横一閃させた。
斬撃を防具で受け致命傷を逃れた前将さんは二撃目を転がり避けた。わたしに何かを投げ渡す。
「戦国武将ゲームカード?!」
画面に武田信虎と表示されてる。
「あッてめえ、泥棒! 返せ!」
「別のカードを隠し持ってたの?! 誰かと通話中だったの?!」
信玄弟が斬りかかってきた。
前将さんが間に滑り込む。
「ジャマだ、ジジイ」
信玄弟の放った銃弾が前将さんに命中した。
「うぐッ。お嬢! そろそろ持たんわ! 早く行ってくれ!」
前将さんの怒声。血だらけになりながら信玄弟を羽交い絞めする。
「前将さんッ!」
すがりたい気持ちがわッと離された。わたしの腕を引き寄せたのは半蔵さん。
そのままわたしを抱きかかえると、とんでもない跳躍で壁に上がった。
「前将さんが! ――!」
奪ったカードから声がした。とっさに耳を当てる。
「もしもし、あなたダレなの?!」
暗転の直前、前将さんの手がゆっくりと上がるのを見た。




