96歩 「対武田戦(8)」
家康ちゃんがわたしの背を押した。
「さっさと撤収するでする。ノンビリは危険でする」
半蔵さんの先導で躑躅ヶ崎館奥殿の敷地を脱した。予めルートを確認していたのと、弟信玄が戦闘意欲を失っていたことが幸いした。
だが。
ふと立ち止まる。
「おかしい」
「何がでするか?」
周囲を見渡す、わたし。
「人気がほとんど無い。仮にも武田の本拠地なのに。それに、侵入したときにはさすがに警備の人たちとかもうちょっとは居たよ?」
「それなら案じないで欲しいでする。武田信玄は、……あ、いえ、武田信玄をプレイする彼は極端な人ギライなのでする。プレイヤーとしての彼は軍隊を率いるのが実は苦手で、戦争するのにほとんど兵を使いません」
「ど、どういうコト?」
「先の今川戦。実際に大軍を動員したのは北条軍。武田自体はごくわずかでした」
幾つか迷路のような小径を通って内門に着く。
「でもそんなので今川に勝てるものなの? 今川義元は東海一の弓取りって言われてたくらい大勢の兵を集めてたんだよ?」
「そこでする。以前にも申しましたが、武田は、旧日本軍やGHQ、もしくは中国の人民解放軍から武器を裏ルートで仕入れて大量に戦国時代に持ち込んでるのでする。彼の出身は戦後すぐの昭和20年代ですから何らかの後ろ盾があるんでしょう。それを強みにして少数精鋭で戦を回してるんでする」
前に聞いていた情報なので驚きはしないが、うす気味の悪さは感じた。
「それさ。戦国武将ゲームの規定に違反はしてないの? 武器の使用とか」
「ご存じの通り、手荷物と認められたらどんな物でも持ち込みOKでする。例えば格納庫にシャワー施設を作って、ロープで自分を結び付けると、理論上はジャンボジェットだって戦国時代に持って行けます」
内門の外を警戒して半蔵さんが合図。
速足でそこをくぐった。
「氏真姉の報告では中信濃の和合城に到達した上杉謙信が狙撃され、足に銃弾を受けたそうでする。中軍はそこで停滞。躑躅ヶ崎館にはたどり着けないかも知れません」
「斎藤道三さんも同じ手でやられたの?」
「恐らく。何らかの銃で狙われたのでしょう」
わたし首を引っ込めて、自分の着ている防弾ベストをさすりさすりした。
「――しかし」
「まだあるの?」
「これは朗報なのかもでするが、武田信玄弟は兄を溺愛しておりまして」
「それはさっき感じた。お兄さんが無事だって知って本当に嬉しそうだったもん」
「兄を人質にしている以上、信玄はきっとこれ以上悪さしないでしょう」
内ポケットにしまった武田信玄弟のカードを見る。
さきほど投げ渡されたやつだ。
武田信繁と表示されている。
つまりは武田信玄の弟だ。
これが彼の言ってた影武者ってイミなのか。
「掛川城で捕まえた武田信玄兄が、真の武田信玄ってコトになるよね」




