95歩 「対武田戦(7)」
わたし、「グッ」と自分のカードを信玄に向かって突き出した。
「正真正銘、このカードはわたしのだよ。だから差し出すわけにはいかない。取られちゃったらわたし、木下藤吉郎じゃ無くなっちゃうもの」
信玄、「もう、どーでもいい」と見ようともしなかった。
廊下の奥、炎の上がってる方に行こうとする。
「ちょ、アンタどこ行くの! そっちの方はアッパッパーのあっちっちいじゃん!」
わーッ、我ながらパニクってる、パニクってるう!
「テメーら、ボサってしてねーで、命張れい! 自分らのお館さまを止めてやれ! なんのために給金貰ってんだ! この社畜ども」
信玄の部下たちが大慌てで背を追う。
前将さん、さすがの発破かけ! 若干言い方がアレですが。
「お館さまッ」
「オレに触んな! つまりはまた負けちまったってコトだ。……な、そーだよな? 家康よ?」
信玄がガン飛ばした方角、つまりは建物の反対側。壁ぞいの木戸からひょっこり家康ちゃんと他2名が姿を見せた。
とっくに見つかってたってコトだね。
家康ちゃんの横に侍っていた男女コンビの護衛のうち女性の方が、足音無く前将さんに近付き、鮮やかな手際で負傷した腕の応急手当てをした。
その間、もうひとりの男性……こっちは年若い少年が、又左に刀を授けた。
「そうでするな。信玄、あなたは情報に操られたでございまする」
「で? 掛川城のカード、ありゃ結局ダレのだ?」
その問いにわたし、苦笑する。
「そっちにあったのも、実はわたしのだよ」
「何だと?」
正確には、わたしのカードの成りすましだ。
又左に刀を渡した少年が信玄と正対してカオを上げた。
「犯人はオレだ。オレが作ったカードだ。木下藤吉郎陽葉に成りすまして作ったんだ」
――香宗我部一三。
彼だった。
「来るなって言ったのに」
「ウルセー。ひでえコトしやがって。昭和経由の家康に同行させてもらえなかったらオレ、一生ここに来れなかったんじゃねーか?」
「そーだよ? アンタは大人しく現代日本で安らかな夢を見てたら良かったんだよ」
又左が眉間に皺を寄せた。
「説明しろ、藤吉郎。成りすましのカードってどういうコトだ?」
「イチゾー。アンタが自分で説明しなよ」
「分かったよ」
――彼はどうしても戦国時代に行きたかった。
で、こっそりわたしに成りすまして戦国武将ゲームに登録しようとしたんだ。
なんでそんなコトしたかって?
彼は自分のカードを作ろうとした時に「歴史が好きか?」の質問に「否」って答えちゃったんだよねぇ。……で、そこでおじゃん。
ゲームプレイヤーになりそこなったという次第で。
なので今度はわたしのカードを再発行しようとした。
「だけど、あっさりシステム側にバレて。ただのコピーまがいのカードしか作れなかったんだよ」
「それがわたしにもバレて没収されたってわけ。でもおかげで上手く利用することが出来たよ」
チッ。とイチゾー。
結果的に来れたんだからここは喜んどきなさいって。
「……ほー。ま、分かった。どっちにしろ降参だ。さっきから頭の上に跳んでるの、さっさと黙らせろや」
20~30機のドローンが灯油背負って舞っている。いつでも空中散布可能。
これは家康ちゃんが差配したものだ。
「半蔵。降参だそうでする。ドローン撤収」
「は。大御所姫」
忠実な女の人だ。
きびきびと任務をこなしてカッコイイな。……おおごしょひめとのネーミングは、再考の余地ありと思いますが。
「オイ」
と信玄。
「アニキの死骸は返せよ?」
わたしと家康ちゃん、うなづき合う。
「オーイ、掛川城の小六ー! 生きてるかーい?」
『なんでい、藤吉郎殿。その言い草は?』
「あーごめんごめん。生きてるかってのは武田信玄がってコトで」
『あー。イタイイタイってめそめそしてやがるぜ? 情けねぇヤツ』
こっちの信玄が走り寄ってきた。
「こらクソ、テメエ。アニキが生きてるだと?」
『お? ……こら、信玄、アンタの弟が声聞きたがってんぞ? まだ生きてんなら返事してやれよ』
ドカバキ結構不穏な音がした後、
『おう。どうにか生きてますよー……』
だってさ。
でさ、アンタら結局どっちがホンモノの信玄名乗ってるワケ?




