92歩 「対武田戦(4)」
予定してた道具を整えるのに30秒ほど掛かった。
「ごめん又左、前将さん! 今から行くね」
シャワーを浴び、終了寸前で止める。
暗転し、広がった景色は戦国の夜空。
延々立ち昇る炎。
躑躅ヶ崎館の一角が付け火されたせいだ。と言っても仕出かしたのはわたしたち。
大勢の人の気配から逃れつつ、目的地に着く。
「遅刻だ、お嬢」
「ごめんなさい! 又左は?」
「いるぞ、ここだ。ドローンも回収できた」
残念ながらモニターとコントローラーは、武田信玄に急襲されたときに置き捨ててしまった。
「待って。ひとつ思い出した」
「どうかしたか、お嬢?」
「アイツ……武田信玄、妙な事を言ってた」
「――何と?」
「それが……。『オレは影武者だ』って」
前将さんの思案顔。
「……ナルホド。ということは、ワシらの動きは少なくとも半分以上、ヤツに筒抜けている」
「どういう事?!」
わたしら3人は口を閉じた。
話が中断した。
不穏な気配を察知したからだ。
「囲まれたな」
又左が冷静にポツリ。
唯一の武器である短刀を握り直し、周囲を睨んでいる。
「それなら何故スグに仕掛けて来ん? ワシらなど、あっという間に殺戮できるだろうに?」
前将さん。
自分の中で得た答えを直接吐き出さずに、疑問形式でわたしに考えさせた。
だよね、人に頼り切っての思考停止はダメだよね。
えーと……。おそらく連中は探りを入れてるとみた。聞き出したいコトとかがあるんだよ、きっと。
「ヨォ、女藤吉郎ご一行。もうさっきのオモチャは飛ばさないのかい?」
黄色地の着物をはためかせてあらわれたのは信玄少年。さっきわたしを撃ったけん銃を腰帯に引っ掛けている。
そして彼の両左右には小銃持ちの兵装集団。――わたしでも分かる。旧日本陸軍のコスチューム集団だ。……てーかコスチュームって言うなよ、わたし。
「とっ、飛ばすか飛ばさないかはそっちの出方次第だよ。大人しく戦国武将カードを渡してくれたら見逃してあげるよ」
「あぁ? 今なんつった? 主導権持ってんのかどっちか、まだ分かんねえってか?」
こ、こわいい……。この子真性のワルだよ、わたしの本能がビリビリ警戒してる。昭和末期のツッパリとはゼンゼン色が違うう。
「主導権の話をするならお互いさまじゃない? アンタらわたしたちが次にどういう出方して来るか分かんないから、遠巻きにしてるんでしょ?」
わたしの強気発言に間が空いた。
それが逆にブキミ!
「何とか言いなさいよ!」
「何とかって?」
ダメだ。向こうのペースに呑まれつつある。
ポイッと目の前に何かが投げ捨てられた。
「あ。ドローンのコントローラ……」
手を延ばそうとして、銃撃音に驚いて飛び退いた。破壊されたコントローラと自分の手を見比べた。
……ヤッバ。
ヤツのけん銃が、細く白い煙を揺らめかせている。
くっそ。
「良かったな、手に当たらなくて」
ニコリともしない。
わざと外してやったってか。
「小僧。用件は何じゃ。ワシらは忙しいで、じきに消えるぞ?」
「ジジイ。オメー、前野将右衛門だな? オレの住処を火の海にするたぁ、いい度胸じゃねーか」
「まだジジイ呼ばわりされる歳じゃねーよ、小僧。さ、さっさと降参してカードをよこしやがれ。さもなくば別の機械が、テメエの頭上に焼夷弾の雨を降らすぞ?」
パン。
と乾いた音がした。
前将さんが左腕を押さえてカオをしかめた。
「おっと。思わず撃っちまった。アンタの口がツルツルしすぎるからこっちも手が滑ったんだぜ? カードを渡すのはお前らの方だからよ?」




