87歩 「対武田戦(1)」
あ。そーいや言い忘れてたけどわたし、城持ち部将になってたんだよね。
掛川城ってお城もらった。小っちゃいお城だが、これで一国一城の主だ!
留守は蜂須賀党の小六に任せてる。その彼から連絡があった。
『藤吉郎の姉御。こっちは平穏無事、こんなんで俸給頂いちまってワリーな』
「オツカレさま。ちょっとー、油断しないでよ?」
掛川城南方にある高天神城の近郊、大坂村というところで、織田美濃・徳川家康の連合軍と、武田軍がぶつかった。
昨日の事だ。
曳馬城包囲を解いていったん駿府方面に退いていた武田軍が再び西進の意思を見せ、それに呼応するように東征を目指す織田主力とのぶつかり合いになった。
当初は武田勢の老練な戦術に翻弄されるかと思われたが、織田方は尾張国と三河国、遠江国の国衆の総力を結集した上、大将織田美濃こと乙音ちゃんの指揮力の高さも際立ち、さらは家康ちゃんの果敢な攻勢も功を奏し、いったん武田方の攻勢を挫く事に成功した。
昼過ぎから始まった戦闘は夜を迎えて一時中断となり、高天神城をめぐる遭遇戦は長期戦の様相を見せ始める。現在は菊川って河川をはさんでの対陣。一触即発のにらみ合いになった。
「三河で迎え撃つって最初の構想、遠のいちゃったね。大丈夫なのかな?」
「美濃姫と家康どののことだ、何か算段があるんじゃろう」
わたしが慎重すぎるのか、どーも武田の思惑がはっきり見えないわたしは乙音ちゃんが暴走してなきゃいいけど……と祈る気持ちの方が強かった。
――あ、乙音ちゃんからだ!
「もしもし、どーかした?」
『上杉謙信さんから報告がありました。上杉勢が北信濃戦地を突破したそうです。武田の主将を追い散らし南下中とのこと!』
乙音ちゃん、声が上ずってる。相当興奮してる。
わたし、周囲を見渡しヒソヒソレベルに声量を低下させた。
「……ねえ、乙音ちゃん。香宗我部と話しなよ」
『は? なんですか、こんなときに?』
こんなときだからだよ。
「わたしいま武田の本拠地、躑躅ヶ崎館にいる。香宗我部も一緒なんだ。一言声を聞かせてやって欲しい。せめて自分は大丈夫だから心配いらないって」
通話先、乙音ちゃんの応答が途絶えた。代わりに、彼女の配下武将たちのざわつき音が増大する。
「……乙音ちゃん?」
『ごめんなさい。いまは話したい気分になれません』
「え?」
『それに下手にいま話したらますます彼、動揺すると思いますよ?』
乙音ちゃんの語気に幾分嫌忌の念が感じられた。
それがわたしの癇に障った。
「前から思ってたんだけど。……乙音ちゃん、アイツに対してちょっと冷たくない? アイツ、何かにつけ乙音ちゃんの話するんだよ? ちょっとは気遣いしてあげてもいいんじゃない? ちょっと可哀想な気がするよ?」
あ、あれ……こんなコト言うつもりじゃなかったのに……。
わたしもちょっとテンションがヘンなのかな……。




