84歩 「三河進攻(5)」
コインシャワーで戦国時代と行き来できる。
ヒモをつなげて手持ちすりゃ、どんなモノでも持ち込める。
但し。シャワー室に入れる大きさに限る。
香宗我部一三のおじいさんが営む銭湯。
そこに併設されたコインシャワー施設は、戦国武将ゲームに明け暮れるわたしにとって欠かせない存在になっていた。
今日も学校が終わると直行した。
今日行った実験結果、モノだけではなくヒトの往来も可能だと実証され、わたしは興奮状態だった。
「これでいよいよ移動式コインシャワーが本格的に使えるよ」
上機嫌のわたしにイチゾーが追従した。
「車庫証明に手こずったが、ジイちゃんちの敷地を間借りして解決した。軽トラ3台確保した」
香宗我部家にもともと放置されてた1台の軽トラに加え、乙音ちゃんの口座資金を使って中古車を2台追加購入。
荷台にユニット型のシャワー室を搭載した軽トラが3台! じつに壮観だ。
「わたしに考えがある。これで山梨に行ってみよう」
「山梨? 何しに行くんだ?」
「武田信玄の本拠地、つつじが……何とか館に行くんだよ。そんでヤツの寝床がドコにあるのか、アタリをつける」
咳払いした前将さんが訂正した。
「躑躅ヶ崎館か。……が、今もそこに居るとは限らんがな」
「だからだよ。こっそり昭和からあの時代に侵入して、ドローンとICレコーダを仕掛けとくんだよ」
「ドローン……。家康どのから拝領されたモノか」
「ウン。あれからもちょこちょこ送ってもらってね。現時点33機あるよ。これを利用しない手はない」
昭和っ子と平成っ子のタッグだ。
とにかくどんな手段を使ってでも戦いが有利になるよう手を打たなきゃ。
「陽葉」
イチゾーが何やら言いたそう。
「なんだよ? 下の名前で呼ぶな」
「いまさらかよ。……いや質問なんだがな」
「なにさ」
「この軽トラ。運転はダレがするんだ?」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
クッソ~。
軽トラ運転するのに、肝心の運転手がいないってコトに今日の今日まで気付かなかっただなんて。
「わあぁぁんっ。わたしのバカあ! 乙音ちゃんになんて報告しよー?」
抱えたアタマがずんと重たくなって、昼ご飯の時間になっても軽トラの前から離れられなかった。
ああそーだよ、未練だよ。だって! 諦めつかないじゃん!
「お姉ちゃん」
「あ、恋!」
「またお母さんが壊れちゃったよ? 『旅行行きたい―』だって」
「旅行? メンドーくさい人だなあ、こんな時に! ……いや、待てよ……?」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「イチゾー。運転手、ひとり確保できた! わたしのお母さん!」
「ゲ。カナコさん?!」
イチゾーが狼狽するのにはワケがある。一言で言うと彼はウチの母が苦手なのだ。
「あら、イチゾーくん! 久しぶりねぇ! いつ陽葉と結婚してくれるの? それともわたしの方が好み? それかもしかして、年下好み? 恋がいいの?」
「あ……えーと」
「今日は夕ご飯食べてくれるわよね? 恋。おかーさんもうじきアルバイトに出かけるからイチゾーくんの面倒、見てあげてね? 何ならお泊りしてもいいわよ? その場合は陽葉がお世話してあげてね?」
さっさと行け、このアーパー女!
恋、急に晩ご飯の準備を振られてオタオタしてる。
「……あ、いーよ。オレ、カナコさんが出掛けるの見計らって帰るから」
「そんなコト言わないで。カレーだったらわたしでも作れるから!」
ガンバレー、恋。
花嫁修業だと思えー。
「お姉ちゃんも手伝うんだよ? トーゼン?」
「そ、そーなの?」
ニヤニヤのお母さん。
なんだよ、そのカオ。なんかムカつくよ。
「あ、そーだ。何なら前将さんと又左も呼ぼう」
ふたりは市内のビジネスホテルに滞在させてるんだ。
せっかくだから今日は懇親会だ。又左とイチゾーにも仲直りしてもらわないと困るし!
「移動式コインシャワー導入記念日のお祝いだよ」
恋がツンツン腕をつつく。
「いーの? 何なら逆にわたしがいなくなるつもりだったんだけど?」
「は? ナニ言ってんだ、アンタ。あんなオオカミヤローとふたりきりにするって、新手のイジメか?」
無論本人には聞こえないよう小声だよ。
でも母にはしっかり聞こえていたようで。
「陽葉。あなたその発言ホンキで言ってんなら、いっかいお医者さんに見てもらった方が良いわよ? 青春真っただ中の健全な若人としては完全に不適合だわ」
とっとと出掛けろッ。このヘンジンお母さんめっ!




