82歩 「三河進攻(3)」
前将さんと又左同伴の昭和帰り。
イチゾーのお出迎え。
ザーッと小さなシャワー音。
隣のブースから漏れていると認識する。
戦国に跳ぶ直前に、近所のオバさんが利用しようとしてたのを見たから、多分その人だ。それで時間通りに帰着できたと判断。
もうもうとした蒸気が視界をさえぎった。
「フーッ、暑っつ!」
狭いスペースに3人の男女がひしめいているせいだ。
そりゃ暑いに決まってる。
「――さ、他の人たちに見つかんないうちに出るよ?」
左右に握っていた手を放して室外に抜け出す。
「……もどったか」
待合場で待機していたのは、香宗我部イチゾー。
青色のティーシャツの上にジージャン。
出発前、わたしを見送った時と同じ格好だ。
だけどそのカオはビミョーに強張っている。
「……オウ。ここが昭和時代の日ノ本か」
わたしの後に続いて現われたふたりのの男に、彼の視線が突き刺さっている。
「あ、紹介するね。――この人、前野将右衛門さん。それとこっちが前田又左衛門犬千代クン。……あ、コイツは香宗我部一三。学校のクラスメートだよ」
前将さんはニコヤカにイチゾーの手を取り。
「オウ。そなたが彼の香宗我部一三どのか。藤吉郎どのの想い人……ガコッ?!」
「ま、又左も! あっち向いてないでさ? 彼が例の移動式コインシャワーを揃えてくれたんだ。ほら挨拶して?」
プイ……、と店を出て行く又左。
「ち、ちょっ。又左?!」
「……なんだ? アイツ……?」
イチゾー、差し出しかけた手を宙にさ迷わせてうなった。
「イチゾーどの。今宵はお手前の行きつけの店に連れてけ。そこで一杯酌み交わそうじゃねーか。こっちの世界のオナゴらと出会い、語り合いたいでの。いやーまったくタノシミじゃ」
「イチゾーはそんな店には縁がアリマセンッ! まだ高校生ですよっ?!」
「高校生? か。じゃが、イケルクチじゃろ?」
引きつり苦笑いで誤魔化すイチゾー。そんでわたしにこっそりと。
「……オマエのトモダチ、ヘンなヤツばっかだな」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
とりあえず駅前の玉将で早めの夕食をとり、カラオケボックスになだれ込んで作戦会議を敢行した。
「又左、あの餃子なる食べ物、ホントウに旨かったなぁ! 土産にしようぞ」
「ああそうだな。たしかに旨かった。それとオレは、ラーメンも良かったと思う」
はいはい、ふたりとも。そりゃヨカッタね!
作戦会議するよ!
「時間制限あるんだよ。さっさと話終わらせて店出ないと延長料金発生しちゃうんだよ!」
「お嬢。さっきから妙にソワソワしてると思ったら銭勘定を案じておったのか? それなら問題ないぞ。美濃さまからたんと支度金を頂いた」
「それ、すぐには使えないんだよ。換金しないとダメでさ。割とメンドーなんだって」
小判とかね。一見有難いが、古銭屋にケッコウ叩かれるんだよねぇ。
「……で又左の方は何モジモジしてるの?」
「刀。無いと落ち着かん」
「持ち歩いてたら警察に捕まっちゃうの。申し訳ないけど」
ふたりともイチゾーに準備してもらった衣装で街をうろついてるから別に目立たずにいる。
前将さんは天性の即応力で昭和人になり切ってるし。ボトムズにジャケット姿がやたら似合ってる。一方の又左はその点、神経質な性分らしく……。
「身体が動かしにくい。いざというときに後れを取りそうだ」
なんて具合にズボンを履くのさえ嫌がった。
さんざ言い合いして結局ハーフパンツに落ち着いた。それでも胴回りが窮屈だとかモンク言ってたっけ。ガマンしろっ、それ以上のモンは無いっ。
前将さん、マイクをしげしげ観察。
説明はしない。したらややこしそうな目に遭う。ゼッタイ遭う。
「お嬢、これ! 清須の城で若武衛さまと氏真どのが謡会に使っていた物であろう? ワシも試していいか?」
「ダメ。わたしも歌うのガマンしてんだから」
「ケチ」
さっきからダンマリを続けてるイチゾーが部屋を出てった。
直ぐに又左もそれに続いた。
「わたし、トイレ」
「ほー、逃亡か? 作戦会議とやらを始めるんじゃないのか?」
「もーっ。分かったよ。演歌登録しといたからわたしが戻るまでは歌ってていーよ」
「演歌?」
モニターに画面が映り、前将さんの目が輝いた。
「ひよぉぉ?!」
音楽が流れる。
「画面に字が出るからそれに合わせて歌うんだよ。ガイド機能つけとくから聞きもって練習して」
「よっしゃあ、いーぜ! サッサと厠、行って来い。……いや、ゆっくりでいーぞ?」
厠とか大声で言うな、はっずかしいなぁ、もお!
ダッシュでふたりの後を追う。
さっきイチゾーが又左に合図を送ってたのに、わたしは気付いていた。
わたしは何故かそれが気になったんである。




