8歩 「コスプレイヤー?」
天文21年春――。
「――ぷっはぁぁっ!」
フルフルと顔を振ったわたしは、大きく息をついた。
「なんなの?っ! いったい何なのよぉっ!?」
わたし、今の今までシャワー浴びてたよね……?
……などと誰に問いかけているんだか。
まわりに人の気配はなさそうなのに。
じゃなくって、ちょ、待て!
ここは、いったいどこですかぁぁぁぁ! 教えてーーーッ。
もちろん、答えをくれる人など無く。自分の目と耳で確認するしか、無し。
右みて左みて、また右を見る。耳もそばだてる。
うんうん。ナルホド。
……って、わかるわけないよ。だいたい夜だし。よく見えないし。
どこかの田舎道なのね。それは判ります。
で、あぜ道で膝を抱えているわたし。シャワーを浴びようとしてたんだから、トーゼン、全裸ですよね。ええそうです、一糸まとわぬ姿。あられもない痴態。
「まあいいか、おおまかには把握できたし」
――そうねぇ。まず、第一に。
非常に哀れな状況であることは何とか理解したよ。
勇気を振り絞り、最大の努力を傾けた結果得た成果。でもそれが何だっていうんだ? そんな薄っぺらな、首をかたむけたら瞬時に入手できる情報なんて! ましてやそれを知ったところで、何かが好転したってのか? いや、してない! と強く反語を述べてみる!
「へくしッ、くしッ、くしゅ、……うぅ……ズズ」
イヤだぁ、さみぃよぉ。コワイよぉ~。
「おかぁさぁぁん」
誰ガァ、ワダジニ服ヲグダザイ~~。
実は……ホントウはさ、10歩ほど先に小屋が見えてんだ。暗いけど月明りでボンヤリそれだと判ってたんだけどさ。
――でもダメだし。
立てないし。
……だって手だけじゃ、そのさ……隠しきれないじゃん! いろいろと!
何回も言うけど服着てないんだよ? わたし。
「オイ、そこの女!」
咎めるような男の声。何の前置きも無しに。
「うひゃゃああああ?!」
ダレ、ダレ、ダレッ?! ゼッタイに今、わたしに話しかけてるよね? ね?
「ごめんなさいっ、ごめんなさ……!」
バサッと頭の上に、おっきな布切れが被された。
「とりあえずそれを被って、あの小屋まで行け。服がある」
「は?」
「あっち向いててやる。走れ」
「あ、ありがとう」
とにかく男の背中におじぎ。そして、ダッシュ! んで、コケた!
暗い場所をあわてて、しかも裸足で駆けだしたら、わたしでなくても転ぶよ、きっと。
上半身が右によれた。などと覚ったところで川面にドバンッ。
水底にシリモチをついたわたしは、ビショビショになったまま、夜空を仰いだ。これは居直り。一種の放心状態だよ、ったく。
「……わあっ……キレイ……」
強烈な精彩を放っている星々。
こぼれ落ちてきそうな宝石の粒。
「――女!」
「は、はいッ」
「……だいじょうぶか」
手を差し出した男は……。
「レイヤー?」
一つくくりで結い上げた髪。
薄黄色の着物。
その上にはおった真っ赤な陣羽織には、睨み合う二頭の獅子がデカデカと刺繍で表現されていて。
一見して傾奇者だと知れた。
男……いや、よく見ると、まだ少年の面立ちをした傾奇者……は、怪訝に眉をひそめ……、わたしにむかって救いの手を延ばしてくれている。
ただのコスプレイヤーなのか、ちょっとアレな犯罪者さんなのか、わたしのオツム程度では判別不能だ。まあいいや。とりあえず、すがるしかない。