76歩 「小六、家来になる?」
絵本太閤記、矢作川の一幕……を強引に再演?
「怪しいヤツって言ったって、ソイツあ表向きだ。水野家の跡取り息子をひっ捕まえろってお達しだよ」
今川軍に攻囲されてた緒川城の息子さんだ。
先日の攻防戦で刈屋と緒川の両城は今川の脅威からいったん解放されたんだが、尾張に向かわせたはずの水野の息子さんが行方知れずになってる。
今川本軍がふたたび来襲すれば緒川城はまた窮地に陥るんだが、息子さんが捕まってしまえば水野家は今度こそ今川の言いなりになるだろう。
なので蜂須賀の小六は今川義元に雇われて、その息子を捕まえろと言われている。
……で。なんでわたしが三河にやって来たかって話はしてなかったよね?
わたしはわたしで織田美濃さまに命じられてその子を探しに来ている。
つまりはわたしら、目的がかち合ってると言う事で。
「小六どの。いーや、小六! アンタ、わたしの家来になるって言ったよね? わたしの足、ナメたよね?」
「あー、言ったさ。ナメたさ。オレたち蜂須賀党はオマエの家臣団だ」
「だったら織田美濃さまの命令に従え。今川の指令は破棄しろ」
うんにゃ。と首を振る小六。
「オレは織田美濃の部下じゃない。木下藤吉郎の部下だ。オマエが命令した事を行う」
「は?」
「オレはオマエをヨメにする。正直、ホレた。だからオマエに従う」
天を仰ぐわたし。
……ああ。コイツの脳波を測ってやりたい。
丸坊主さんがお茶を運んでくれた。ぬるいので一気飲みする。……うまい!
又左の余計な口出し。
「舞い上がんな。落ち着け」
「又左! わたしは舞い上がってない! カン違いすんなッ! ……いーか、小六! わたしは織田美濃さまのただの一家来でなんの後ろ盾もいない。……あー、そんな話じゃなくって、……アンタのさ、その軽すぎる言葉と重過ぎる行動がわたしにはとーっても不安なの! 誰かの依頼とは言えスグにヒョイヒョイ人殺しとか悪事を実行したり、と思ったらその場その場で調子のいいコトをべらべらと。――ダレがそんなの信用するっての!」
ガラリと小屋のトビラが開いた。
小六の部下のようだ。
案外ナイショ話してたのに、まったくお構いがないな。
「オヤビン。村はずれで川を渡ろうとしてたヤツらがいやした」
「あー? 首刎ねて晒しとけ。ズル働いたらこーなるって見せしめだ」
な、何だとォ?!
「あー、アカンアカンッ! 藤吉郎が命じるっ。その人たちから事情聴いて、真っ当な理由だったら通してあげて。通行料は取っていいから」
「あーでも。一人は既に斬っちまったし、もう一人は逃げちまった。後はガキだけでさぁ」
この時代の人はほんとうカンタンに人を殺すよな。人権とか命の尊さとか、ゼンゼン斟酌してないカンジ。まったく理不尽きわまりない。
「小六。わたしが預かるよ、その子。ここにいたら、いったいどーなっちゃうのか、分かったもんじゃないし」
「連れていきな。と言いたいがなぁ。ダメだ。ひょっとすれば水野の小せがれだって可能性もある。金になりそうなシロモンかもだろーよ?」
小六う!
「アンタ、とにかくお金に目敏いね!」
「藤吉郎」
「なにさ!」
「怒ったカオ、カワイイな」
「……じゃあ、アンタの前ではヘラヘラ笑っとく」
「藤吉郎」
「なによッ!」
「お前の考えは理解した。――がよ。オレたち一派は生きて行かなきゃなんねえ。戦ばかりの毎日をやり過ごさなけりゃなんねぇ。キレイごとでメシは喰えねぇのよ」
「いちいち理屈言う人だよね……もう。とにかくまずはその子に会わせてよ」
「ヤダね」
ナヌッ、断られた?!
「あ、アンタ……!」
「ヨシ、わかった。んじゃ、こうしよう。オリゃいま、この矢作川に橋を架けるための金を集めているって名目で旅人たちを通せんぼしている。その資金をオレの前に耳を揃えて積んだら、考えてやってもいい。通行料取る理由も無くなるしな。それまでガキ所有の権利は日銭の支払いでゆずってやるとしよう」
……あきれた。
あきれたけど、あまりに腹が立ったんでわたしはその提案を受け入れた。
ゼッタイのゼッタイに、このオトコの鼻を明かしてやる!
――ひとまずその子はわたしの用事が終わるまでの間、わたしの食客として小六が預かるというカタチをとった。にしても、その子のボディガード代として「1日につき50文いただく」だって。最上級に世知辛いヤツ。
「小六よ。いちいち揉め事が起こるのも、おぬしが手荒なまねをするからじゃぞ」
「耳の痛いこと言うなよ、将右衛門」




