75歩 「小六という男」
おでこをポリポリ掻いた前将さん。
小六殿の肩に腕を回し、わたしから少し距離をとりヒソヒソ話。
時折、チラリとわたしを見る。……実に不愉快。
「――そーかそーか、アンタ藤吉郎だったか。久しぶりだのう」
やがて、やや判然としない顔つきで挨拶される。
わたしだって同じだ。
久々も何も、こんなヤツに会ったコトもない。
「イヤ。おそらくお嬢は、小六のヤツに会うのは初めてじゃからな」
小六殿は、わたしと入れ替わる前の木下藤吉郎を知っていたらしい。
目の前に立つわたしが木下藤吉郎だと認識しているはずなのに、なんだか釈然としない面持ちをしていたのは、元の藤吉郎と今の藤吉郎のわたしが、あまりに違ってたからだと前将さんが弁護した。
「以前のテメエはずんぐりむっくりで浅黒い、オッサンみたいな子供だったんでなぁ。それがまさかこんな可愛らしい娘になりやがったとはな……。良かったなぁ、藤吉郎!」
「お言葉ですが小六どの。わたしはアンタを一切存じ上げません。馴れ馴れしく呼び掛けないでください」
小六さん、キョトンとしてわたしを眺めた。
「……あのさ、小六どの。わたし、織田美濃さまからある指令を受けてやって来たんだ」
手短に説明する。一言で言えば「今川勢の進軍を妨害しろ」。
小六どのが方言交じりに笑い飛ばす。
「妙な話だ! オリャ織田美濃に雇われてるワケじゃなか、フザけたらいかんわ!」
「じゃあ、誰に雇われて今回の悪事を働いてるの?!」
「あ、悪事だと?!」
わたしは小六どのに憎しみを抱いている。勘十郎さんを殺したからだ。(そう断定してるからだ)
「じゃあ、なんですか? 通行妨害して領民から大事なお金をむしり取ってるのが正道だと? お天道様に胸張って言えるマトモな任務だと? へーそーなんだ? 蜂須賀党の小六さんって、どんな仕事でもウキウキと引き受けるとーっても便利屋さんなんだ?」
セリフの後半は怒りがこもりすぎて自分でもナニ言ってんだか判んなくなった。……ちーっと言い過ぎたかも知れないと思った。
小六どの、イラついたのか? さっきの丸坊主さんの襟首をつかみ寄せ、グーパンチした。彼は前話に引き続き今回もぶっ倒れた。さすがに気の毒この上ない。
「藤吉郎」
「な、なによ?」
歯をぎりぎり鳴らし、目をそれ以上ないってほどおっびろげてわたしを睨む。
わたしだって負けるもんか。
歯をイーッっとして、ファイティングポーズをとって対抗した。
「藤吉郎!」
「だからなによッ!」
「テメー、度胸満点だな」
……は?
何なのよ、それ?
「口で敵わないから、腕っぷしを奮ってヤルゾって言いたいの?」
ブーッ!
――っと小六どのが吹いた。
「違う違う。言葉通りだ。おりゃ感心したのよ。嬢ちゃんなかなか気骨があるな、とよ」
「……え?」
小六殿、川べりの小屋を指す。あっちで話そうってらしい。
「ヤダ。わたし、小六どのをゼンゼン信用してない」
「じゃあ、どーすれば信用すんだ?」
やたら挑戦的。メチャメッチャにハラ立ってきた。
クッソー、じゃあねえ! ニヤッと妙案思い付いた。
「ひざまずいて、わたしのつま先にチューでもしてよ。そんで家来になるって誓いなさいっ!」
どーだ、できまいっ!
「なんだ、そんなコトでいーのか?」
「はい? ……そんなコト?」
小六どの、素早くしゃがみこんでわたしの足にチュウ。
き、き、き……。
「きゃあああ!」
「家来になりマース! ……これでいいのか?」
な、な、な、なんなの? コイツ……。
陽葉「今度こそ?」(ブクマ15件目御礼!)




