74歩 「蜂須賀党の若」
「前将さん。蜂須賀党っていったい何なのさ」
織田勘十郎信勝さん殺害に直接手を下した人物。その名前は戦国に跳んでからしょっちゅう耳にしてたが一度も会ったことが無い。
わたしは、前将さんと又左を引き連れて三河国の国境付近まで足を延ばしていた。
「蜂須賀党の頭領は上尾張、蜂須賀郷の小六って若造だ。土着の士分だの。このところ名を馳せてやがるお調子者だ」
「蜂須賀郷の小六ねえ」
興栄の太閤立身伝ってゲームに登場してたよね、コイツ?
その彼が、三河境の河岸で道行く旅人を足止めし、渡河料をせしめているって話。なんでも、「そこに橋を架けるから協力しろ」などとそれらしい理由をつけて脅しかけているらしい。
強行軍の末、尾張国の東端、三河国との境を流れる矢作川って大きな河のたもとにたどり着いた。この河を渡れば三河国、そのまま進むとすぐに岡崎の城下町に出くわす。今川の絶対的支配圏になる。
前将さんが言うには、岡崎城の本来の持ち主は、旧松平家当主であるところの徳川の家康ちゃんなんだけど、実際は今川義元の息のかかった直臣、山田新左衛門尉景隆って奉行人が幅を利かせているそうだ。松平改め徳川家はカンゼンに今川の足下に這いつくばってる状態なんだよな。
――さて。
ここいらは、矢作地域の村落。河の両岸に沿って、家々が草地に埋もれるようにしてぽつり、ぽつりと点在している。まるで自然の脅威にかしづくかのよう。けれども東西にわたる街道が横切る一帯は、さすがに小規模ながらも活気ある宿場村が形成され、町間の交易を結ぶ行商人や、諸国を練り歩く遊行人らを相手にそれなりに恩恵のある営みを築いているようだった。
その中の一軒、ひときわ目立つ場所に軒をひろげた大宿が、幾重にも柵を巡らし、大きく門戸を開いて、往来する人々を半ば強引に店の内側に誘導していた。
関所というヤツか? しかも私設の。たいそうな物々しさだ。尾張の東端とはいっても昨今、大敵今川家の支配がとことん進行しているこのご時世、織田のために活動してるなんて、あぶなかっしいことこの上ない。バカじゃないか? 今川の兵にいつ襲われてもゼンゼンおかしくないぞ。
前に出た前将さんが番士の頭越しに小六さんの名を呼ばわると、すぐにそこの責任者らしき大柄の男が戸外に飛び出して来た。
「今日、親分は留守か?」
前将さんに問われた男は丸坊主のアタマを突き出し、ペロンと撫で上げた。「フン」と鼻を鳴らした。なかなかの気骨です、ハイ。
気が付けばぞろぞろと10人以上、日本刀をはじめ槍やナタなんかをかざした、とーってもお育ちの悪そうな殿御方がわたしらを取り囲んでいた。
――もしかしてわたし、詰んだ?
「いや待て、このガキの方。……コイツたぶん、相当強ええ」
ガキってのは前田又左のコトだ。ヨカッタね、高評価されてるよ。
仲間らに丸坊主が自重をうながす。ところでこの人、まだ自分のアタマを撫で続けてる。それってクセなの? あぁ、わたし、どーでもいーコトが気になってるし。
「……待てよ……ひょっとして若の知り合いか?」
妙に落ち着き払ってるわたしらに、丸坊主は、何か勘付くところがあったのだろう。
――あ、そうか。じぶんのアタマをナデナデするのはオツムを働かせるのに必要不可欠な動作だったんだ。なっとく、なっとく。
「若? ……そうだよ。わたしら蜂須賀の小六殿に会いに来ました」
殿の部分を強調して持ち上げてみた。
そしたらどうだろ、丸坊主が隙っ歯をみせた。
「おう。やはりお知り合いか。若は奥にいるゾ」
突然、丸坊主の大きい図体が、5メートルほど先にぶっ飛んだ。ぶっ飛ばした相手がフラリとあらわれた。
「……アホウか、オメエは? ベラベラと主の居所を人さまに教えるんじゃねぇよ」
「ぐほッ……そうさな。すまねぇ。若」
若ぁ?
ひょっとしてこの乱暴者の若さまが蜂須賀……小六さんか。
わたしはあらためて若を観察する。
丸坊主よりかは、見劣りする体格。なのになぜか大きく見える。
笑みをたたえる口元には歯さえのぞかせているが、眼をこうこうと光らせてるあたり、陽気さや豪胆さとともに、周囲への抜け目のなさがにじんでいる。
鹿かウリ坊のものと思しき毛皮を腰に巻き、上半身、素肌の上に直接鎖帷子を羽織っている。ソレ痛くないのかな? 脚絆をグルグル巻きした脚は、わたしのウエストくらいありそうな気がするほど極太。
「よォ、兄弟。久しぶりだな」
「誰かと思えば将右衛門じゃねぇか。何の用だ?」
なんだよ、もう。
ふたりは知り合いなんじゃないかよー。
それならそうだと、先に言って欲しかった!




