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72歩 「知多半島攻防戦(3)」


 蜂須賀党の細作の優秀さには頭が下がる。


 今川義元在陣を確認した彼らは、前将さんの指示で敵方の侍大将主従に扮した。


「ところでその衣装。いったいどこから調達したの……?」

「……聞くな。女子供は知る必要ない。知ったところでソイツらの――」

「いい。もう聞かない」


 面頬(めんぼう)のはじっこに血が付いているのに、わたしが気付かないはずがない。答えを聞いたら後悔しそうなので、それ以上の詮索は止めといた。


 蜂須賀党と言えば、先日勘十郎さんを殺害した容疑が掛かってる。


 結構荒っぽい集団だと思う。

 こんなのが敵側になったら……ああ、ゾッとする。まったく味方で良かった。


 前将さんとわたしは、その侍大将の従者のひとりって設定で、大胆にも今川の陣中に紛れ込んだ。


 そこは、付け城を強化するために送り込まれた土木者の陣地だったので、いわゆる戦闘部隊特有の緊張感や警戒感はほとんどなかった。とにかく手を休めないことに注力している様子だった。


 そのために、わたしたちが混じっても目も合わさず、むしろ「ヤベぇ、また監督官が見回りに来やがったよ」ってなビクビクオーラを背中からにじませている雰囲気だった。

 

「おうおう、そのほうどもの精勤ぶりはあっぱれじゃ。御屋形様はたいそう感激しておられた。もう良い、本日は天候が優れぬため、地盤が不安定になっておる。人死が出てからでは遅い。御屋形様も悲しまれるであろう。ここらで切り上げよ。()()()で済まぬが、これで酒宴を張るがよいわ」


 前将さんが路銀のつまった麻袋を投げた。ワッと群がる。

 ――ちょ、待って! 袋に付いたそのワンポイントの花柄。……それ、わたしのオサイフだよね?!

 手持ちのお金、全部そこに入ってたんですけど! ()()()じゃないんですけど!


「許せ、お嬢。必要経費というヤツじゃ」


 前将さんのアホーッ、バカーッ!

 必要経費とかって現代用語使って誤魔化すな! だったら自分の投げろっ。うえーん。


「そこの者。御屋形様はいずこに向かわれた?」

「へえ。畏れ多くて、ワシらの村衆は誰もしかと見届けておりませぬ」

 

 すると、くたびれた野良着の上に、ヨレヨレの胴丸をつけた男が近づいて来た。他に防具らしいものは何もつけてない。


「オラが案内するずら」

「貴公が? ……尾張衆ではないな。甲州者か?」

「ほんな、流れ者ずら。あっち行かだあ」


 ……ついて来いってコトかな。


 前将さんと又左、うなづき合い、わたしに目配せした。

 ふたり、隠した刃物の位置に手を当てている。なるたけ物騒なことはやめてね……。


 急斜面の雑木林をくぐり、うっそうとした草が生い茂った岩間に到達したわたしたちは、小さな村落の一角が見下ろせる場所を探り当て、そこから今川本陣を確認した。


 村長の家らしき一等大きな建物の周囲に幔幕が張られ、警護に当たっている武装集団で埋まっている。コテコテの鎧兜で固めた上級武士もいれば、軽装の槍衆や弓衆もいる。それに鉄砲衆の数も多い。でも、カンジンの義元本人を目視できない。


「もう少し近付く?」

「命知らずも大概にせい」

「前将どの。さきほどの男がおらぬ」

「――な?!」


 前将さんはあわてて周囲を駆け回った。こんなに狼狽ぶりをさらけ出してるところを初めて見た。この人でもこーゆーコトあるんだな。


「お嬢! 引くぞ! マズイぞ! 騙されたやも知れぬ」


 わたしはこっけいな前将さんに「ぷっ」と小バカな笑いを向け、ガケの跨道っぽくなっているところを降って行った。さっきのイジワルのお返しだ。


「お嬢!」

「さっき、あの男の人が手招きしながらここを降りてったよ。信じてくしかないよ」


 いつの間に用意していたのか、大きなお魚を三方に載せて、例の男の人がわたしたちを待ち構えていた。他の村人たちと思しき人たちもおり、彼はその輪に入って行った。


「今川のお侍さま方とお見受けいたしました。わたしどもは平素、織田のお殿さまに御料貢を納めさせておりますが、決して今川さまに逆らう気はございません。どうかなにとぞ、寛容なるご処置をお願いいたします」


 ――ああ。そういう事か。

 わたしたちを今川のお役人か何かと勘違いしてる。


「あい分かりました。この贈り物のお魚は、わたしたちが御屋形様のところまで届けてあげましょう。しっかり村の宣伝をしておきます。あなたたちは今川に逆らう気はない……と」


「ははぁ。おねげいしますだぁ」


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