70歩 「知多半島攻防戦(1)」
織田勘十郎信勝さんの葬儀は、信長さまの強い意向もあり盛大に営まれた。
それでも、居なくなった人はあっという間にみんなの記憶から消え去っていく。心の中の存在が薄れていく。残された人たちは例外なく次へ、次へ、新しい時代の求めに急き立てられていくから……。
葬儀の翌日には乙音ちゃんから新たな指令が下った。
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前将さんと又左、――そしてわたし。
3人は善照寺砦に築いた物見櫓に立ち、海沿いの堅城、鳴海城を遠望している。
「……鳴海城が今川陣営についたってのは間違いないんだよね?」
「城主の山口親子が清須方の出頭要請に応じないという点だけでも謀反と捉えられて仕方なかろうな」
だよね。乙音ちゃんの重囲に耐えられるのも時間の問題……なのかもだけれど、一刻も早く緒川城の救援に向かわなくちゃならない。
乙音ちゃんの指令は、熱田湊から海を挟んで東の知多半島までの海路を探る事。上陸に最適な地点を示すように言われている。
……東の方角かぁ。
前に香宗我部のバイクで刈谷のあたりまで行ったのを思い出した。
家康ちゃんと氏真にアポとっとこ。
「――前将さん、ちなみに桶狭間ってどのあたり?」
「桶狭間村か? それなら沓掛と鳴海の中間くらいだな」
沓掛、鳴海……。
戦国武将カードを片手持ちし、さらに現代の地図を広げたわたしは、今挙がったお城の位置を確認しとこうと、穴が開くくらい凝視した。……あ、そか。シルシつけとこ。赤丸、赤丸。
「……鳴海城以東は、水野さんの領地以外はほぼ今川の勢力下って見るべきでしょ?」
「そうさな。刈屋と緒川を固める水野藤七殿は、まったくの離れ小島となっておる」
丹下砦、中嶋砦、そしてここ、善照寺砦の統括を任されている佐久間右衛門尉さんに辞去の挨拶をして一旦熱田の手前、笠寺城を目指す事にした。信長さまと池田勝三郎(恒興)さんが逗留しているって聞いたからだ。
笠寺は鳴海の北西、目的地の熱田湊との中間に位置する。わたしら織田軍の絶対防衛ライン上にある重要拠点。
「笠寺が離反しました」
ザッ! と前将さんが、声のした方に身構えた。
密集した草木の間から、男が現れた。
「殿。耶麻亜紀です」
「おう耶麻亜か。笠寺がどうしたか?」
名乗った男は黙礼し、前将さんに近付いた。彼はわたしとも何度か接触がある。蜂須賀党の細作だ。
「丹羽五郎左さまからのご伝言です。笠寺の戸部新左衛門が門戸を固く閉ざし、謀反の真偽を質しに行った織田方の問使を、塀上から弓で射殺しました」
「な、なんですと!」
またまた裏切り者!
立ちくらみしそうだよ。とんでもない織田弾正忠家だ。勘十郎さんは亡くなるし、信長さまは引退宣言するし、重大トラブル多すぎでしょ!
「……知多緒川城の水野藤七殿からは、織田美濃さま宛てに急ぎ救援を求める密書が矢継ぎ早に届いておる様子。今川の攻囲がいよいよ本格化しておりまする。跡目を隠密に尾張に向かわせ、忠実の証を示される所存らしく」
「人質をよこすから、その引き換えに兵を送ってほしいと?」
「察するにそうじゃ。こちらも忠義を検めるためになんとしてもその者を迎え、美濃さまの元にお連れせねばならん」




