68歩 「家督継承」
織田美濃さまの弾正忠家家督の継承。
織田信長さまの素性が明らかに。フィクション全開です。
心の整理がつかないまま、とにかく乙音ちゃんに勘十郎さんの死を報せた。
通話口の向こうの彼女は、絶句したり急に声を荒げたり取り乱してた。
結果的に乙音ちゃん陣営の勝利が確定したわけだけど、未だ那古野城の動向は知れない。柴田権六さんが開門に応じていなかった。
「林は勘十郎さまの死を知り、観念したようじゃ。――が、柴田は依然那古野城から出ようとせん」
「肝心の織田の殿は?」
「それが在処不明だ。美濃さまの陣に入られたか、那古野に居るものだと思ったが」
末森城を池田勝三郎恒興さんに任せ、千種村の陣を払って那古野城を包囲した織田美濃軍は城中の柴田権六さんに最後通告を発した。
その半刻後、柴田陣営に動きがあった。ある重大な声明がだされたのだ。
「那古野城は織田弾正忠信長の隠居城とする。織田弾正忠家の家督は織田美濃に譲るものとする」
急使が大音声で読み上げたのは織田弾正忠信長さま直々の書状だった。
この瞬間、織田信長は尾張国の筆頭領主から一郡の主に格落ちした。代わって織田美濃こと乙音ちゃんが尾張の惣領として名乗りを上げることになった。
そう。女戦国大名の誕生だ。こりゃ前代未聞の出来事だろう。
そもそもこの世界が戦国武将ゲームの盤上である故なのか?!
とにかくわたしの知ってる歴史とはゼンゼン違う様相になってきた。
『信長が出頭しました』
「殿が?!」
乙音ちゃんからの連絡。
張本人が供一人つけず、あらわれたという。
大慌てになったわたしは、前将さんと又左を連れ乙音ちゃんの陣に馳せ参じた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
本営、幔幕の手前で乙音ちゃんがわたしを待ち構えていた。
「間違いなく信長です。用件はただひとつ、那古野城を売りたいとの事です」
「な、那古野のお城を売る?!」
「ええ。得たお金で大型の船を購入したいと。アニサマは海外にでも行きたいんでしょうか?」
とっさにわたし、勘十郎さんの言葉を頭によぎらせた。
「乙音ちゃんは、織田の殿が幕末の志士だって話、聞いたコトある?」
前将さんと又左の方を睨み、一呼吸おいて乙音ちゃんが答える。
「知ってますよ? アニサマは幕末の志士、坂本龍馬だそうです」
「へ? 坂本? 龍馬? ……へ?」
いまいち歴史に疎いわたしでも。その名前はよく存じ上げてます!
「戦国に飛んだ時にショックで記憶を失くしてたようですが、最近徐々に思い出してるそうなんです。ついこないだも、薩摩だとか長州だとか信憑性のある昔話をしてくれました」
……ダメだー。気持ちが追いついて行かない。
「なんて呼べばいい? 信長さま? それとも坂本さん?」
「そーゆーコトはどーでもいいんです! アニサマはアニサマですっ!」
「どーでもいくないっ! 今は戦国時代だよ?! ここに来て織田信長って存在が掻き消えたら他の戦国武将ゲームのプレイヤーがどういう動きを見せるかワカンナイよ?!」
うっとなり、二の句が継げなくなる乙音ちゃん。渋々ながら「もっともですね」と首を折った。
「恐れながら美濃さま。なんにしても織田の殿は、家督を美濃姫さまに譲ると宣言なされた」
発言した前将さんのカオを睨む乙音ちゃん。真剣な面持ち。次に来る彼の助言を期待している様子。
「――このこと公になる前に早々に織田弾正忠殿との和談に応じ、同時に各方面へ手はずを整えておくことが肝要と存じまする。些末なこだわりや迷いは不要にございまする」
……その通りかも知れない。
「――納得したわ。織田信長が出した条件はすべて呑みます。それと早急に犬山城の織田十郎左衛門と三河の徳川家康、緒川城の水野藤七郎に家督の襲名を伝え、その旨認めるよう要請します」
「家康ちゃんならわたし先んじて連絡しちゃった。『願っても無いコト』って言ってた。氏真ともども今川義元からの自立に動き出すって。これ誓詞のつもりだって」
スクリーンに家康ちゃんの学生証が映ってる。
力強く乙音ちゃんがうなづいた。
何度も申しますが、空想歴史ファンタジーです。




