66歩 「那古野(なごや)城陥落(1)」
時代跳躍しまくりかー?
とにかく話を進めましょ。
「木下藤吉郎ッ!」
「は? ははっ?!」
つい応答する。一瞬ながら勘十郎さんの威光に打たれちゃったんだ。
「儂は兄信長の正体を知っておる! いつぞやの酒の席で吐露しおったことがある。アヤツは幕末とか申す世から参った未来びとだそうじゃ! そのような胡乱な者が儂の兄を名乗っておるのだ!」
ば、幕末――!
あの織田信長が?!
俄かには信じ難い……というよりも、トクダネを発表されてわたしはオロオロしだした。
信じる信じないじゃないのっ。出任せにしては信憑性のある【幕末】って単語にとっさに反応できなかったのよ。藪から棒にナニを言い出すのっこの人!
「幕末って。じゃあ信長さんは志士のひとりだって言うの?!」
「志士? ……ああ、そんなコトを申しておったわ。才谷ナニガシとか申すが正しい名だともな。まぁそれ自体、ウソかマコトか分かったものじゃないが。……とにかく、そのような怪しげな男の下にいつまでもついているわけには行かぬのだ。それにこの話は美濃も存じておる。……藤吉郎、分かるな?」
「わ、分かるも何も……」
何なんだよ才谷って! 織田信長は織田信長でいーじゃんよ、だいたい今そんな話する必要ある? 美濃さまと進めてた段取りが狂っちゃうよ!
「とにかく! この末森城をいますぐ明け渡してくださいっ。さもないと、予告通り美濃さまの軍兵がなだれ込んできますよ」
「やるならやれ。儂は貴殿を人質に取り、城を枕に討ち死にするまで」
「どーしても降参したくないんですか」
……いや。
口にしたけれど、勘十郎さんはそんなカオしてない。一見押し問答しているようだけど、それは最後の【意固地グセ】が残ってるだけのようだ。
「織田信長につかなくても構いません。織田美濃と共に歩み、尾張を平穏な国にしましょう」
「織田美濃。アヤツも信長と同じようなものだ。以前にそう申しただろう」
そう言った勘十郎さんだが、やがて刀を置いて胡坐を組んだ。
そして数秒の瞑目。
「勘十郎さん」
「……相分かった。城を出る。但し、林と権六は己らで始末をつけよ。儂には最早あずかり知らぬ事じゃ」
有難いやら、無責任やら。彼らはあなたの命令で出撃したんじゃないさっ。
でもま、ここは穏便に対処してやろう。
「誠にかたじけなく」
額を床にこすりつけ、辞去しようとした。
早くケンカを止めなきゃならない。
「藤吉郎。両軍は千種村でぶつかった模様じゃ」
うわっ、いつの間に。
傍に侍った前野将右衛門さんが、わたしに合わせて平伏しつつ、小声で報告した。
同様にいつも付き従ってくれていた又左がわたしを護るように勘十郎さんとの間に立ち目礼する。
「勘十郎さん。城の前面に別働の美濃軍が展開しています。白い布を掲げて出て来てください。それが降参の合図です。彼らはゼッタイに攻撃しませんので」
「承知した」
わたしは飛び立つように奥座敷を後にした。




