62歩 「織田勘十郎信勝の野心(1)」
末森城の織田勘十郎信勝さんは、叔父の織田孫三郎信光さんを殺した罪を問われ、清須城への出頭を命じられた。その一方で乙音ちゃんは那古野城に兵を入れ、末森城に対してググっと圧迫を強めた。
「末森城からの密使です。勘十郎兄は病に臥せっているそうです」
イヤイヤー。
完全に仮病ですよねー。けどもわたしが同じ立場なら同じ手を使うだろーが。
乙音ちゃんはアニサマの信長さまに言上し、末森城攻撃の許可を求めた。
「渋られました。血を分けた者同士でいがみ合うな……と。あの人ホントに戦国人なんでしょうか?」
それを言うなら乙音ちゃん。あなたこそホントニ現代人デスカ?
閉口していると、わたしのマヌケ顔が癇に障ったのか、
「陽葉センパイ。アニサマへの説得を命じます。アニサマに言って攻撃命令を許可させてください」
「あのねぇ、わたしにも出来ることと出来ないことがあってだねぇ……」
信長さまに会ったら例のエンゲージリング、催促されそうだし。
催促されたら渡さなきゃなんないだろうし。
そしたらあの信長さまのことだから、またいそいそと吉乃さんのトコに行って入り浸りになっちゃうだろうし。そうなりゃ、乙音ちゃんの癇癪玉がまた破裂しちゃうだろうし、なぁ。
「陽葉センパイ。昨日の浜辺での会話を、まさかと思いますが忘れてもーたんですか? センパイはわたしに尽くして、尽くして、尽くし尽くすって誓ってましたよね、確か」
「メチャクチャな日本語でメチャクチャな解釈すんなっての。ああ分かったよ! わたし、末森城の勘十郎さんに会ってくる」
「ハァッ? 今更会ってどーすんです? 首だけになって門前に晒されるだけですよ? そんなコトにもしなったら、ちょっと昭和に帰るのが難しくなりますって」
「難しいというより、不可能だね! さすがに首だけじゃね! ……違うよ! 病気見舞いじゃないよ。降伏勧告だよ」
「なっ?! 正気ですかッ、冗談抜きでホントに首が飛んじゃいますよッ!」
だからだよ。
本気で当たらななきゃ、相手には通じない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
以前に訪ねたときと違って城の内外はピリピリとした空気が張り詰めていた。
城門からすぐにある末森村の人々は戸口をしっかりと締め、あるいは戦火を恐れてとうの昔に家を空にしていた。
旗指物の林立する中を本丸の方に歩いて行くとヒゲモジャの大男に出迎えられた。
「女風情が。そっ首叩ききってやるわ」
「あー柴田の権六さん、お久しぶりです。その女風情があなたの主、勘十郎さんへの使者としてまかり越しました。案内してください」
……なーんて肝っ玉座ったように見せかけてるが、内心足ブルブル震えてるよ?
歯の根がまーったく合ってないよ?
でもさ、ここは堂々としてなきゃ逆に殺られちゃうよ。現に柴田さんはわたしに合わせて態度を改めた。苦虫をかみつぶしたような面相は相変わらずだったけど。
「ここで待て。いーな、勝手にうろうろするなよ!」
しねーよ! それともそれは「うろうろしろよ」の合図?
あのねぇ、さすがに人んち勝手にうろうろ……しようかな。
極度の緊張に襲われると人ってなに仕出かすかワカンナイよね。ツイ……と立ち上がったわたしは隣の間とのふすまをそー……っと開けた。
「――ッ!」
額に鉢がねを巻いた足軽装束の男たちが、眼をギラギラさせてこっちを見ていた!
ヤッバあぁぁー!
そっと閉じる。
ドッと滝の汗。
アイツら、勘十郎さんの「斬れ」の一言でたちまちわたしをみじん切りにしてしまいそうだ。
あー独りで来たの失敗だった? せめて又左がいてくれたら。
なんてオロオロ、あたふた。
「殿がお会いになられます。こちらへ」
「うっわ! ひゃいっ」
取次の声に思わず悲鳴が出ちゃったよ。




